乳酸リンゲル液は「同じ薬」なのに、施設によっては3種類以上の別名で呼ばれており、あなたが知らない商品名が隣の病棟で使われているかもしれません。
乳酸リンゲル液は一般名が同じでも、複数のメーカーから異なる商品名で発売されています。代表的な製品をまとめます。
| 商品名 | メーカー | 主なラインナップ | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| 🔵 ラクテック® 注 | 大塚製薬工場 | 250mL・500mL袋 | 国内使用実績が最も豊富なブランドの一つ |
| 🟢 ソルラクト® | テルモ | TMR輸液(マルトース加含む) | 糖加タイプ(ソルラクトTMR)も展開 |
| 🟡 ラクトリンゲル液″フソー″ | 扶桑薬品工業 | 200mL・500mL 瓶/袋 | ハルトマン系統に相当 |
| 🟠 ハルトマン液(各社) | ニプロ・テルモほか | 500mL袋 | 欧米での呼称(Hartmann's Solution)と同一 |
「ラクテック、ソルラクト、ハルトマン液は別の薬」と思っている医療従事者は少なくありません。これが基本です。3つはすべて一般名「乳酸リンゲル液」であり、組成もほぼ同一です。
参考)「とりあえず生食」はもう古い? 細胞外液補充液の使い分け完全…
施設が変わると商品名が変わることがあります。転職・異動・応援に行った際に「知らない輸液」に戸惑わないよう、まず商品名と一般名を対応させて覚えておくことが重要です。
参考:乳酸リンゲル液とその同効薬の組成・薬価比較(くすりすと)
乳酸リンゲル液の同効薬比較 — くすりすと(医療従事者向け医薬品比較データベース)
乳酸リンゲル液は、生理食塩水よりも実際の血漿組成に近い輸液です。その違いを数字で見ると明確です。
| 製剤 | Na⁺(mEq/L) | Cl⁻(mEq/L) | K⁺(mEq/L) | 緩衝剤 | 浸透圧 |
|---|---|---|---|---|---|
| 生理食塩水 | 154 | 154 | 0 | なし | 308 |
| 乳酸リンゲル液 | 130 | 109 | 4 | 乳酸28 | 273 |
| 血漿(参考) | 140 | 100 | 4.5 | HCO₃⁻24 | 285 |
生理食塩水のCl⁻濃度は154mEq/Lと、血漿(約100mEq/L)より約54%も高い値です。意外ですね。「生理的食塩水」という名前に反して、実は最も非生理的な輸液とも言えます。
一方、乳酸リンゲル液のCl⁻は109mEq/Lで血漿に近い値です。含まれる乳酸ナトリウムは体内で代謝されてHCO₃⁻(重炭酸イオン)となり、代謝性アシドーシスを是正する作用もあります。つまり生食よりも「バランスが取れた」輸液です。
参考)リンゲル液、乳酸リンゲル液の使い分けを教えてください。|医療…
ただし浸透圧が273mOsm/Lと血漿(285)よりわずかに低い点が後述するTBIでの注意点につながります。これは使えそうな知識です。
参考:乳酸リンゲル液の作用機序と代謝性アシドーシスとの関係(扶桑薬品FAQ)
乳酸リンゲル液の使い分け — 扶桑薬品工業 医療従事者向けFAQ(2026年更新)
2018年以降、複数の大規模RCTとメタアナリシスが「どの輸液をいつ使うか」の基準を塗り替えました。まず結論から言うと、「原則バランス液(乳酸リンゲル液)を第一選択・TBIと高カリウム血症だけは生食」が現在のスタンダードです。
以下に代表的なエビデンスをまとめます。
数字があると説得力が違います。OR 0.48というのは、急性膵炎で乳酸リンゲルを使った場合、生食に比べて重症化リスクがほぼ半分ということです。東京ドームで例えるなら、満員(55,000人)のうち約28,600人分の重症化リスクが消える計算になります。
大きなメリットです。
乳酸リンゲル液を避けるべき場面を正しく知ることも、同様に重要です。
⚠️ 外傷性脳損傷(TBI):乳酸リンゲルは選ばない
乳酸リンゲル液の浸透圧は273mOsm/Lです。血漿(285mOsm/L)より低張で、TBI患者に投与すると脳浮腫が悪化する可能性があります。ESICM 2024ガイドラインもTBIには生理食塩水を条件付きで推奨しています。
この場面では「ラクテック」「ソルラクト」「ハルトマン液」のいずれを使っても同じリスクがある、ということを覚えておきましょう。商品名が違っても成分は同一です。これは原則です。
⚠️ 重度高カリウム血症(K⁺ >6.0mEq/L):カリウムフリーの生食へ
乳酸リンゲル液はカリウムを4mEq/L含んでいます。重度の高カリウム血症では生食(K⁺ゼロ)が第一選択です。ただし中等度の場合、生食による代謝性アシドーシスがかえってK⁺を細胞外にシフトさせるため、慎重に判断が必要です。
🔶 肝不全:実は問題になることは稀
「肝不全では乳酸を代謝できないから乳酸リンゲルは禁忌」という言い方が長年広まっています。厳しいところですね。しかし実際には、乳酸リンゲル液の乳酸は28mEq/Lに過ぎず、体内で1時間に産生される乳酸(1,000〜1,500mEq)に比べてごくわずかです。臨床的に問題になることは稀とされています。
心配な場合は、酢酸リンゲル液(ヴィーンF®・ソルアセトF®)や重炭酸リンゲル液(ビカネイト®・ビカーボン®)への切り替えが妥当な選択肢です。
参考:細胞外液補充液の種類・病態別使い分けの詳細解説
【完全版】細胞外液補充液の使い分け|生食・リンゲル液を病態で選ぶ(医知創造ラボ、2026年3月)
「乳酸リンゲル液」と名がついていても、糖加(ブドウ糖入り)タイプは別物として扱う必要があります。この混同が現場で意外と多いのが実情です。
参考)医療用医薬品 : ソルラクト (ソルラクトTMR輸液 他)
代表的な糖加乳酸リンゲル液の商品名は以下の通りです。
糖加リンゲル液のポイントはブドウ糖が加わることで、約200kcal/Lのエネルギー補給が可能という点です。これは使えそうです。
ただし純粋な蘇生・補液目的には不適です。ブドウ糖が代謝されると浸透圧が低下し、自由水が細胞内に移行します。出血性ショックや敗血症の初期蘇生に糖加リンゲルを使うのは避けましょう。
また、糖加タイプは高血糖になりやすいという側面も持ちます。ICU患者や糖尿病合併患者では投与中の血糖モニタリングを忘れずに。糖加か非糖加かを確認することが条件です。
参考:大塚製薬工場「輸液についての基礎知識」(一般・医療従事者向け解説)
水・電解質輸液 — 輸液についての基礎知識(大塚製薬工場 公式)
輸液は「とりあえず」で選ぶ時代が終わりつつあります。ESICM 2024-2025ガイドラインが体系化したFluid Stewardship(輸液適正管理)は、抗菌薬適正使用と同じ考え方を輸液に応用したものです。
ROSE modelの4フェーズで考える:
輸液を「薬物」として管理する視点は、現場では意外と定着していないのが実情です。商品名を正確に把握し、どのフェーズにいる患者にどの輸液が適切かを意識することが、質の高いケアにつながります。
輸液オーダー時に意識する4つの問いを習慣にすると便利です。
1. この輸液は本当に必要か(経口補充で代替できないか)
2. どの商品名・種類が最適か(乳酸リンゲルか、生食か、酢酸リンゲルか)
3. どのくらいの量・速度が必要か
4. いつ中止・切り替えをするか
これが原則です。輸液管理の「4ステップ」を一度でも意識すると、漫然投与を防ぐクセが自然につきます。
参考:ESICM 2024輸液療法ガイドライン(集中治療医学の権威ある学術誌・Intensive Care Med掲載)
ESICM 2024 clinical practice guideline on fluid therapy Part 1 — Intensive Care Medicine(英語原文・査読済みガイドライン)