
アニオンギャップ(anion gap:AG)は、血清中で日常的な電解質検査では直接測定されない陰イオンと陽イオンの差を、簡便に推定する指標である。臨床では主として代謝性アシドーシスの病態分類に用いられ、乳酸、ケトン体、尿毒素、有機酸、毒性代謝物などの蓄積を疑う端緒となる。
電気的中性の原則から、血清中の陽イオン総量と陰イオン総量は本来等しい。しかし、一般的な採血検査で報告される主要な陽イオンはNa+、主要な陰イオンはCl−およびHCO3−であり、アルブミン、リン酸、硫酸、乳酸、ケトン体などは通常の電解質パネルに直接反映されない。この測定されないイオン群の差を概算するものがAGである。
現在、最も広く使われる標準式は以下である。
AG=Na+−(Cl−+HCO3−)
たとえば、Na 140mEq/L、Cl 104mEq/L、HCO3 24mEq/Lなら、AGは140−(104+24)=12mEq/Lとなる。Merck ManualでもAGはNaからClとHCO3の和を差し引く式として示されている。なお、一般に血中電解質のmmol/LとmEq/Lは、Na+、K+、Cl−、HCO3−のような1価イオンでは数値的に等しい。
参考)Acid-Base Disorders - Nephrolo…
ただし、AGの「正常値」は不変の12mEq/Lではない。分析装置、イオン選択電極法、検査室の測定系、対象集団、さらにカリウムを式に含めるか否かによって変動する。古典的には12±2mEq/Lと表現されることが多い一方、現代の測定法ではより低い基準範囲を採用する検査室もある。まず自施設検査室が提示するAGの基準範囲と、採用されている計算式を確認する姿勢が重要である。
カリウムを含める拡張式は、以下のとおりである。
AGK=(Na++K+)−(Cl−+HCO3−)
カリウムは血清中の主要陽イオンであるため、電気的中性を厳密に式へ表すなら含めることは理論的に正しい。一方、K+濃度はNa+に比べて小さく、健常時にはおおむね3.5~5.0mEq/L程度である。そのため、連続的な病態評価や日常診療の実用性を考慮して、標準的なAG計算ではK+を省略する慣行が広く定着している。
参考)Anion Gap Calculator
重要なのは、どちらの式が「正しいか」を競うことではなく、計算式と基準値を必ず対にすることである。K+を含めると、AGは含めない場合より原則としてその時点のK+値だけ高くなる。したがって、K+を加えたAGに対し、K+を含めない標準式の基準範囲を当てはめると、見かけ上の高AGと誤認する危険がある。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 標準AG | Na−(Cl+HCO3) | 日常診療で最も普及した形式。自施設の基準範囲を優先する |
| K含有AG | (Na+K)−(Cl+HCO3) | 標準AGよりK濃度分だけ高値になる |
| 古典的な標準AGの目安 | 12±2mEq/L | 測定法や施設差が大きく、一律のカットオフには用いない |
| K含有AGの目安 | 標準AGの目安にK濃度相当を加える | 文献上は16±2mEq/Lとされることがある |
| アルブミン補正AG | AG+2.5×(4.0−Alb[g/dL]) | 低アルブミン血症では特に重要 |
たとえば、Na 138mEq/L、K 4.2mEq/L、Cl 102mEq/L、HCO3 18mEq/Lの場合、標準AGは138−(102+18)=18mEq/L、K含有AGは(138+4.2)−(102+18)=22.2mEq/Lである。この4.2mEq/Lの差は病態悪化ではなく、K+を式に組み込んだことによる算術上の差である。
Merck Manual Professional:酸塩基障害とアニオンギャップ
通常の救急外来、病棟、集中治療、糖尿病性ケトアシドーシス、乳酸アシドーシス、腎不全などの評価では、原則として自施設標準のK非含有AGを一貫して用いれば十分に実用的である。時系列でAGの推移を追う場合も、毎回同じ式、同じ測定系、可能なら同じ補正手順で評価しなければ変化の解釈が崩れる。
一方、著明な高カリウム血症では、K+を完全に無視することの影響が相対的に大きくなる。たとえばK 7.5mEq/Lなら、K含有AGと標準AGの差は7.5mEq/Lとなる。厳密な電荷収支の検討、研究的評価、Stewartアプローチを含む詳細な酸塩基解析、または施設・診療科でK含有式を正式に採用している場合には、K+を含める意義がある。ただしその場合でも、参照値、補正方法、デルタ比の分母・分子などをK含有式と矛盾しない形で統一しなければならない。
参考)http://medcraveonline.com/JACCOA/JACCOA-05-00190.pdf
臨床上よくある誤りは、「Kを入れたほうが精密だから」としてK含有AGを計算し、その結果を標準AGの正常上限と比較することである。たとえば標準AGが11mEq/L、Kが4.5mEq/Lなら、K含有AGは15.5mEq/Lになる。この値を標準AGの上限である12mEq/L前後と比べれば高値に見えるが、実際には計算式が異なるだけで、直ちに高AG代謝性アシドーシスを示すものではない。
AGを解釈するうえで、カリウムを含めるかどうか以上に臨床的影響が大きいことがあるのが、血清アルブミン濃度である。アルブミンは血漿中の主要な未測定陰イオンであり、低アルブミン血症では測定AGが低下する。そのため、敗血症、重症患者、肝疾患、悪性腫瘍、栄養障害、ネフローゼ症候群、炎症性疾患などでは、未補正AGのみで「正常」と判断すると、乳酸アシドーシスやケトアシドーシスなどを見逃し得る。
実務で広く用いられる補正式は次のとおりである。
補正AG=実測AG+2.5×(4.0−血清Alb[g/dL])
アルブミンが4.0g/dLより1.0g/dL低下するごとに、AGはおよそ2.5mEq/L低下すると考える。日本腎臓学会の教材でも、アルブミン1.0g/dLの低下に伴いAGが2.5mEq/L低下することが示されている。Merck Manualも、アルブミンが1g/dL低下するごとにAGの正常範囲を2.5mEq/L下方修正する考え方を提示している。
たとえば、Na 140mEq/L、Cl 108mEq/L、HCO3 20mEq/L、Alb 2.0g/dLの患者を考える。実測AGは140−(108+20)=12mEq/Lであり、未補正では「大きくは上昇していない」と受け取られるかもしれない。しかし補正AGは12+2.5×(4.0−2.0)=17mEq/Lとなる。施設基準値との照合は必要だが、低アルブミンに覆い隠された未測定陰イオンの増加を疑い、乳酸、βヒドロキシ酪酸、腎機能、毒物・薬剤曝露などの評価を進める契機となる。
カリウムを含むAGを採用する場合でも、アルブミン補正の必要性は変わらない。K含有AGであれば、まずその方式に対応する基準値を確認し、同じ方式で補正後の値を解釈する。標準式、K含有式、アルブミン補正値をカルテやカンファレンスで併記する際は、数式を明記して情報共有することが安全である。
AGは単独の診断名ではなく、代謝性アシドーシスの原因検索を効率化するスクリーニング指標である。まずpH、HCO3−、PaCO2から酸塩基異常の一次性変化を確認し、代謝性アシドーシスがある、または疑わしい場合にAGと補正AGを算出する。AGが高いと判断された場合は、乳酸アシドーシス、ケトアシドーシス、腎不全に伴う酸蓄積、サリチル酸、メタノール、エチレングリコールなどを含む中毒、薬剤性・代謝性の有機酸蓄積を鑑別に置く。
実践では、次の順序を習慣化すると計算の混乱を減らせる。第一に、採用するAG式を固定する。第二に、検査室のAG基準範囲を参照する。第三に、Albが低い、または測定されていない場合には補正の要否を意識する。第四に、代謝性アシドーシスがある場合は呼吸性代償が妥当かを確認し、必要に応じて混合性障害を検討する。第五に、AG上昇の原因を患者の病歴、循環動態、血糖、ケトン体、乳酸、腎機能、浸透圧ギャップ、投薬歴、曝露歴と統合して絞り込む。
たとえば糖尿病性ケトアシドーシスでは、治療に伴いβヒドロキシ酪酸などのケトン体が減少すればAGは閉鎖方向へ向かう。一方で大量の生理食塩液投与後には高Cl性代謝性アシドーシスが加わり、HCO3−がなお低くてもAGは改善して見えることがある。このような場面でAGの経過だけを治療終結の唯一の判断材料にせず、pH、HCO3−、Cl−、臨床状態、ケトン体の推移を併せて評価する必要がある。
結論として、日常臨床ではK非含有の標準AGを自施設基準値とともに用いることが基本となる。カリウムを含める場合は、数値が上がることを前提に基準範囲も切り替える。さらに、特に重症患者や低アルブミン血症では補正AGを確認し、見かけ上正常なAGに安心せず、未測定陰イオン増加の可能性を臨床情報と結び付けて判断することが重要である。