
Froment徴候は、尺骨神経深枝が支配する母指内転筋(adductor pollicis)の機能を評価するための簡便な臨床テストです。患者は前腕を台の上に置き、肘を約90度屈曲、手関節は中間位に保ちます。検査者はA4用紙などを垂直に保持し、患者に母指の橈側と示指の橈側側面で紙を挟むよう指示します(key pinch)。その後、検査者が紙を下方に引っ張り、患者が握力を維持しようとする際の母指IP関節の動きを観察します。
陽性所見は、紙を保持しようとする際に母指のIP関節が屈曲する現象です。これは、尺骨神経障害によりadductor pollicis筋が弱化し、正中神経支配の長母指屈筋(flexor pollicis longus, FPL)が代償的に収縮するため生じます。陰性の場合、母指はIP関節を伸展したまま紙を保持できます。両側で比較評価することが推奨され、対側との筋力差や代償動作の有無を確認します。
Wartenberg徴候は、尺骨神経麻痺において小指が安静時でも外転位をとる現象を指します。これは、第3掌側骨間筋(小指内転筋)の弱化により、尺骨神経非支配の外側小指伸筋(extensor digiti minimi)の作用が相対的に優位になるため生じます。検査では、患者に手指を伸展させた状態で全ての指を揃えるよう指示し、小指が他の指から離れて外転位を呈するか観察します。
さらに、手指の外転・内転テストを併用することで、骨間筋群の機能をより詳細に評価できます。患者に手指を最大限に開かせ(外転)、その後閉じさせる(内転)動作を行わせ、検査者が抵抗を加えて筋力を評価します。尺骨神経障害では、小指および環指の内転が特に弱化し、紙を環指と小指の間で挟むテスト(paper grip test)でも保持困難を呈します。
参考)Hand nerve tests: Median, ulna…
Wartenberg徴候単独では、他の神経障害(例:橈骨神経麻痺による伸筋群弱化)との鑑別が難しい場合があります。そのため、Froment徴候やティネル徴候、感覚検査(小指・環指尺側のしびれ)と組み合わせ、尺骨神経支配域の運動・感覚障害を包括的に評価することが重要です。
参考)Wartenberg's sign – Prima…
ティネル徴候は、尺骨神経を肘の後内側(肘部管)で軽く叩打し、小指・環指尺側に放散するしびれやチクツキ感(Tinel sign)を誘発するテストです。文献によると、肘部管症候群におけるティネル徴候の感度は約62%、特異度は53%と報告されており、単独での診断確定には限界があります。ただし、陽性の場合、神経の興奮性亢進や圧迫部位の同定に有用です。
肘屈曲テストは、患者に肘を最大屈曲位(肩関節内転・内旋位を加える変法あり)で3分間保持させ、尺骨神経支配域の感覚異常が再現されるかを観察します。Novakらの報告では、肘屈曲+圧迫併用テストの感度91%、特異度高値とされています。一方、Ochiらの研究では、5秒保持で感度25%・特異度100%、肩内旋併用で感度87%・特異度98%と、手技の詳細により精度が変動します。
参考)Cubital tunnel syndrome: sympt…
これらのテストは、偽陽性(健常者でも36%で陽性)や偽陰性(早期・軽症例で検出困難)のリスクがあるため、電気生理学的検査(神経伝導速度・筋電図)や超音波検査と併用することが推奨されます。特に、症状が30秒以内に出現する場合は尺骨神経由来の可能性が高く、3分近くなってから出現する場合は非特異的と解釈されます。
参考)Elbow flexion test for cubital…
参考リンク:Cleveland Clinic: Ulnar Nerve Entrapment
日常診療では、まずFroment徴候とWartenberg徴候をスクリーニングとして実施し、陽性の場合にティネル徴候・肘屈曲テストで圧迫部位と重症度を評価するフローが効率的です。記録時には、各テストの陽性/陰性、症状の再現時間(肘屈曲テスト)、感覚障害の分布(小指・環指尺側)、筋力(MRCグレード)を明記します。特に、Froment徴候の代償動作の程度やWartenberg徴候の外転角度を定量化すると、経時観察に有用です。
| テスト名 | 陽性基準 | 感度・特異度 | 備考 |
|---|---|---|---|
| Froment徴候 | 母指IP関節屈曲 | 感度:報告により変動、特異度高 | Adductor pollicis筋弱化、FPL代償 |
| Wartenberg徴候 | 小指安静時外転位 | 感度:中程度、特異度:中~高 | Palmar interossei筋弱化、EDM相対優位 |
| ティネル徴候(肘) | 小指・環指尺側に放散痛 | 感度62%、特異度53% | 偽陽性36%、早期例で陰性あり |
| 肘屈曲テスト | 3分保持で感覚異常再現 | 感度36–87%、特異度98–100% | 肩内旋併用で感度向上、30秒以内出現が特異的 |
これらのテストを体系的に実施し、電気生理学的検査や画像診断と統合することで、尺骨神経麻痺の早期診断・適切な治療方針決定が可能となります。特に、手術適応の判断には、テストの経時変化と筋電図所見の相関が重要です。