エリスロマイシン(クラリス)に安易に切り替えると、MAC症患者の8.9%以上でマクロライド耐性が誘導されるリスクがあります。

エリスロシン(エリスロマイシンステアリン酸塩)の供給問題は、2024年7月の限定出荷開始にさかのぼります。製造販売元のヴィアトリス製薬合同会社(旧マイランEPD)が発表した内容によると、海外製造所からの出荷遅延が主因でした 。
参考)https://www.jrs.or.jp/information/file/20241029_viatris.pdf
つまり、単一の原因ではありません。製造工程の複数個所で同時多発的に問題が生じた点が、この供給危機の深刻さを物語っています。
2025年6月時点で、岐阜大学医学部附属病院など多くの医療機関がエリスロシン錠の院外処方を停止し、供給再開時期は「未定」としました 。これは医療機関として相当異例の対応です。
参考)Redirecting to https://www.gif…
出荷停止の背景には、医薬品製造特有の構造的な課題があります。製法変更に起因する問題が顕在化した点も注目されています。
これは氷山の一角です。医薬品製造における問題のパターンとして整理すると。
| 問題カテゴリ | 具体的な内容 | 影響製品 |
|---|---|---|
| 海外製造所トラブル | 製造ラインでの技術的問題・品質管理強化 | 錠剤・点滴製剤 |
| 認定作業者不足 | 製法変更後の手順習熟が追いつかない | 顆粒製剤 |
| 製造委託先の問題 | 委託工場における設備・品質上の事象 | ドライシロップ |
| 需要集中による在庫枯渇 | 一部剤形停止後、残余剤形への需要急増 | 全剤形に波及 |
問題の連鎖が全剤形に及んだのが、今回の危機の特徴です。特に、錠剤の供給不足によって顆粒・ドライシロップへの需要が急増し、代替剤形にも在庫枯渇が波及するという悪循環が発生しました 。
医療機関・薬局での在庫管理の厳格化が求められた背景には、こうした供給側の脆弱性があったことを、医療従事者として認識しておく必要があります。
「出荷停止なら他のマクロライドに切り替えれば良い」と考えている医療従事者は多いかもしれません。これが危険な思い込みです。
エリスロシン(エリスロマイシン)の少量長期療法は、単なる抗菌作用ではなく、好中球遊走の抑制・バイオフィルム形成阻害・クオーラムセンシングの遮断・気道分泌の抑制といった多面的な薬理作用を持つ治療法です 。これは代替薬で必ずしも同等に再現されるものではありません。
参考)【続報】エリスロシンに関するご連絡 - お知らせ|一般社団法…
最大の問題は耐性菌です。日本結核・非結核性抗酸菌症学会の見解によれば、肺MAC症(非結核性抗酸菌症)の可能性がある患者にクラリスロマイシン(CAM)やアジスロマイシン(AZM)を単剤で使用すると、マクロライド耐性を誘導するリスクが8.9%以上に達するという報告があります 。
結論はシンプルです。NTM感染を除外せずにCAMへ切り替えることは、患者の将来の治療選択肢を永久に奪いかねない行為になり得ます。
一方で、びまん性汎細気管支炎(DPB)においては、1970年代に日本で確立されたEM療法(エリスロマイシン少量長期療法)が生存率を劇的に改善した歴史があり、代替薬の選択肢が限られています 。DPBにとって、この療法は他に代えがたいものです。
日本結核・非結核性抗酸菌症学会:エリスロマイシン・エリスロシン供給不足に対する学会見解(PDF)
上記のリンクでは、疾患別・患者背景別の詳細な対応フローが記載されており、DPB・気管支拡張症・MAC症それぞれの実臨床に即した判断基準が確認できます。
供給不足という現実に対して、学会は疾患別・状況別の具体的な対応フローを提示しています。これを知らずに機械的に代替薬を処方することは、患者に不利益をもたらす可能性があります。
🫁 気管支拡張症(BE)の場合
増悪の既往があり理学療法・去痰薬でも喀痰症状が持続する症例、または増悪リスクが高い症例が対象です 。
🫁 びまん性汎細気管支炎(DPB)の場合
マクロライド療法のみが治療薬。EM供給不足時はCAMが選択肢となる 。これは例外的な状況です。
参考)https://www.kekkaku.gr.jp/wp-content/uploads/2025/12/12f8a3bd813ceeb0ed63a054b26ce9c9.pdf
🦠 肺NTM症(MAC症等)の場合
状況が最も複雑です。
代替薬の候補として整理すると以下の通りです。
| 代替薬 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| クラリスロマイシン(CAM) | 14員環マクロライド、1日2回、胃酸安定性高い | MAC症単剤使用で耐性誘導リスク |
| アジスロマイシン(AZM) | 15員環、長い半減期、1日1回、週2〜3回投与も可 | 同上、肝代謝に注意 |
| レボフロキサシン | 広域スペクトル、マクロライド耐性時に有効 | QT延長、腱障害リスク |
| β-ラクタム系(ペニシリン・セフェム) | 細菌性感染症に確実な効果 | 非結核性抗酸菌症には無効 |
代替薬の使用判断は1ステップで終わりません。培養検査の実施→感受性確認→患者背景の考慮という順序が原則です 。
日本化学療法学会:気管支拡張症に対するマクロライド系抗菌薬の適正使用のお願い(PDF)
このリンクでは、気管支拡張症患者に対するマクロライド使用の適正化と、供給不足時の優先度評価についての学会見解が読めます。
出荷停止の情報を知るだけでは不十分です。医療の質を守るための具体的なアクションが必要です。
① 在庫状況の継続的モニタリング
ヴィアトリス製薬合同会社の供給関連コールセンター(フリーダイヤル:0120-170-523、受付9:00〜17:30)で最新の供給状況を確認できます 。医療機関・薬局とも定期的な在庫確認が必要です。
参考)https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/news/gakkai/gakkai_erythromycin_250925.pdf
② 既存患者のリスク層別化
エリスロシン投与中の患者を以下の視点で分類することが急務です。
③ 疑義照会フローの整備
エリスロシン錠(エリスロマイシンステアリン酸塩)とエリスロマイシン錠「サワイ」(エリスロマイシン)は、同成分でも塩の形が異なるため代替調剤ができません 。疑義照会が必要なケースを事前に整理しておくことが、現場での混乱防止につながります。
④ 患者への情報提供と治療継続性の確保
供給不足を患者に説明する際は、単に「薬がない」と伝えるだけでは患者の不安を高めます。「代替薬の選択肢がある」「経過観察でも安全な場合がある」という具体的な見通しを提示することが重要です。治療継続性の確保が最優先です。
2026年3月以降も日本呼吸器学会は続報を発信しており、限定出荷の状況は流動的です 。常に最新情報を確認する習慣が求められます。