代替薬に切り替えれば問題ないと思っていたなら、マクロライド耐性を誘導するリスクがあなたの目の前にあります。

エリスロマイシン(EM)の出荷調整は、2024年7月に一時的な限定出荷として始まり、その後も段階的に規制が強化されてきました。 ヴィアトリス製薬(旧マイランEPD)が製造・販売するエリスロシン® 錠100mg・200mgが供給不足に陥ったことを皮切りに、点滴製剤、ドライシロップ(DS)10%、顆粒W 20%へと影響が波及しています。
参考)エリスロマイシンに関する追加情報 - お知らせ|一般社団法人…
とくに深刻なのが、DS 10%の扱いです。
日本呼吸器学会が2025年8月に発表した情報によると、DS 10%については「在庫がなくなり次第終了、見込みなし」とされており、事実上の供給停止状態です。 一方、沢井製薬が製造・販売する「エリスロマイシン錠200mg『サワイ』」については、2025年7月に一部の限定出荷が解除されるなど、通常の生産体制が維持されているとの情報もあります。
参考)https://med.sawai.co.jp/file/pr27_81_1.pdf
つまり、メーカーによって状況が大きく異なります。
医療機関によっては、2025年1月以降に新規処方を一時停止し、既存患者のみへの限定的な運用に切り替えた事例もあります。 こうした状況では、薬剤部との密な連携なしに処方を維持することはほぼ困難です。最新の供給情報を随時確認する体制を整えることが基本です。
参考)https://www.gifu-upharm.jp/di/dinews/drugsupply2025_01.pdf
📎 エリスロマイシン供給状況のリアルタイム確認に活用できるデータベース。
エリスロマイシン錠200mg「サワイ」 供給情報 – DSJP(Drug Shortage Japan)
「同じエリスロマイシンなのだから代替調剤できる」と考えるのは誤りです。
エリスロシン® 錠の一般名は「エリスロマイシンステアリン酸塩」であり、沢井製薬の「エリスロマイシン錠」の一般名「エリスロマイシン」とは異なります。 一般名が異なる以上、薬局での代替調剤には疑義照会が必須となります。これを見落とすと、調剤上のトラブルにつながりかねません。
製剤設計の違いも重要です。
エリスロマイシンは胃酸に不安定なため、エリスロシン錠ではステアリン酸塩として「プロドラッグ化」することで消化管での分解を防いでいます。一方、エリスロマイシン錠「サワイ」は腸溶性フィルムコーティングで対応しています。 どちらも胃酸への対策をとっているものの、そのアプローチが異なる点を理解しておく必要があります。
さらに、適応症の範囲にも違いがあります。エリスロマイシン錠「サワイ」の方がより広範な適応菌種・適応症をカバーしているため、処方変更の際には効能・効果の差異を確認することが不可欠です。 代替調剤の実務では「一般名の確認」「適応範囲の確認」「疑義照会の要否判断」の3ステップが原則です。
| 製剤名 | 一般名 | 分類 | 胃酸対策の方法 |
|---|---|---|---|
| エリスロシン® 錠 | エリスロマイシンステアリン酸塩 | 先発・後発以外 | プロドラッグ化(ステアリン酸塩) |
| エリスロマイシン錠「サワイ」 | エリスロマイシン | 後発医薬品(GE) | 腸溶性フィルムコーティング |
マクロライド系の代替薬として、まず候補に挙がるのはクラリスロマイシンとアジスロマイシンです。 どちらもエリスロマイシンと同じ機序(50Sリボソームへの結合による翻訳阻害)を持ちながら、改善された薬物動態を示します。
ここで注意が必要です。
クラリスロマイシン(CAM)は14員環マクロライドで、胃酸安定性・組織移行性・副作用プロファイルいずれもエリスロマイシンより優れています。1日2回投与で服薬負担も軽減できます。 ただし、CAMは非結核性抗酸菌(NTM)症の治療薬でもあります。日本結核・非結核性抗酸菌症学会が警告するように、MAC感染の有無を確認せずにCAMへ切り替えると、NTMに対するマクロライド耐性を誘導するリスクが生じます。 これが「代替薬に切り替えれば問題ない」とは言えない理由です。
参考)日本結核・非結核性抗酸菌症学会【公式】 on X: "エリス…
アジスロマイシン(AZM)は15員環マクロライドで、組織内滞留時間が非常に長く、1日1回投与・短期間での治療完了が可能です。 14員環マクロライドによる治療が困難な症例では、AZM 250mgを週2〜3回投与する代替治療も選択肢となります。ただしAZMもNTM治療に使用されるため、CAM同様に耐性誘導への注意が必要です。
📎 マクロライド系薬適正使用に関する学会の見解。
気管支拡張症に対するマクロライド系抗菌薬の適正使用のお願い – 日本感染症学会(PDF)
マクロライド系薬への切り替えが難しい場合や耐性菌感染症が疑われる際は、フルオロキノロン系やβ-ラクタム系も検討対象になります。
フルオロキノロン系の活用が注目されています。
レボフロキサシンやモキシフロキサシンは、広域スペクトルを持つニューキノロン薬として呼吸器感染症への有効性が確立されています。 特にレボフロキサシンは肺炎・非定型肺炎に対する適応があり、外来・入院を問わず使用しやすい点でメリットがあります。ただし、高齢者や腎機能低下患者では用量調整が必要であり、腱断裂リスクなどの特有の副作用にも注意が必要です。
ペニシリン系・セフェム系のβ-ラクタム抗生物質は、エリスロマイシンとは作用機序が全く異なり(細胞壁合成阻害)、マクロライド耐性菌に対しても効果を期待できます。 ただし、非定型病原体(マイコプラズマ・クラミジアなど)には効果がないため、疾患の種類に応じた使い分けが必要です。
非定型肺炎が疑われる場合はβ-ラクタムだけでは不十分です。
このように、代替薬は「エリスロマイシンの代わり」として一律に選べるものではなく、対象疾患・病原体・患者背景の3つを同時に検討したうえで決定する必要があります。臨床微生物検査の活用と、感受性試験の結果を確認してから最終的な薬剤選択を行うことが理想的です。
出荷調整による影響を最も受けやすいのは、長期投与を継続中の慢性疾患患者です。 呼吸器内科では、びまん性汎細気管支炎(DPB)・慢性気管支疾患・非結核性抗酸菌症などでマクロライド系薬の長期投与が行われており、急に代替薬へ切り替えることで治療効果が損なわれるリスクがあります。
治療継続性の確保が最優先です。
こうした長期投与患者への対応では、代替薬への切り替えタイミングを慎重に見計らうこと、切り替え前後での効果判定と副作用モニタリングを強化することが求められます。 また、患者・家族への十分な説明なしに変更すると、服薬アドヒアランスの低下につながる恐れがあります。
ペニシリンアレルギー患者への対応も重要です。従来、エリスロマイシンはペニシリンアレルギー患者の代替薬として重要な役割を果たしてきました。 供給不足の今、このカテゴリの患者には詳細なアレルギー歴の聴取と交差反応リスクの評価が必要であり、必要に応じて皮膚テストも検討されます。
小児患者では、体重あたりの用量調整と味覚・剤形への配慮が必要です。高齢者では腎機能低下による薬物蓄積と、多剤併用時の相互作用リスクが高まります。 特に高齢者でのフルオロキノロン系使用は、QT延長リスクのある薬剤との併用がないか確認してから選択するのが基本です。
📎 日本結核・非結核性抗酸菌症学会の供給不足に関する公式見解。
エリスロシン供給不足に対する本学会の見解 – 日本結核・非結核性抗酸菌症学会(2026年1月15日最終更新)
出荷調整の終息見通しは2026年6月現在も明確に示されていません。 ヴィアトリス製薬製品については製剤ごとに供給状況が異なるため、定期的な情報収集が欠かせません。特にDSW 20%・顆粒W 20%については依然として限定出荷中であり、小児や嚥下困難な患者への対応が継続的な課題となっています。
参考)エリスロマイシン、エリスロシン供給不足に対する本学会の見解(…
情報更新の頻度が対応力を左右します。
医療機関として整備すべき実務対応を以下に整理します。
「代替薬があるから問題ない」と安易に考えるのは禁物です。
代替薬への切り替えが耐性菌誘導という新たなリスクを生む可能性があることを念頭に置き、各薬剤の特性・患者背景・疾患種別を照らし合わせた慎重な処方判断が求められます。 日本感染症学会・日本呼吸器学会・日本結核・非結核性抗酸菌症学会が発出している各種通知や適正使用指針を随時参照しながら、エビデンスに基づいた対応を続けることが、医療の質を守ることにつながります。
参考)https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/news/gakkai/gakkai_macrolide_250521.pdf
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