
腹圧性尿失禁は、咳嗽・くしゃみ・笑う・物を持ち上げるなど、お腹に力が入った時に尿道括約筋の閉鎖圧が腹圧上昇に追いつかず、尿が漏れてしまう状態です。
参考)尿もれの治療や対処について | 国立長寿医療研究センター
病態生理
腹圧性尿失禁の発症機序には、主に2つの要因が関与しています。
参考)https://www.med.nagoya-u.ac.jp/haisetsu/manual/hainyo/html/42gekateki.html
女性では出産による骨盤底筋の損傷、加齢による筋力低下、肥満による腹圧上昇などがリスク因子となります。40歳以降の女性の40%以上が経験するとも言われ、決して稀な疾患ではありません。
治療の階層化
腹圧性尿失禁の治療は、保存療法から手術療法まで段階的に進めます。
第一選択:保存療法
軽症から中等症の症例では、まず保存療法を試みます。
- 仰向けで両足を軽く開き、リラックスした状態で開始
- 肛門・尿道を「おしっこを我慢する」イメージで締め、10秒間維持
- 10回1セットを1日数回、最低3ヶ月継続
- 腹部・大腿・臀部に力が入らないよう注意
第二選択:薬物療法
第三選択:手術療法
保存療法で改善しない中等症〜重症例では、手術療法の適応となります。
参考)尿失禁:日経メディカル
- 近年ではスリングに張力をかけない「no-tension sling」が一般的
- 尿道過可動性が原因の症例で特に有効
- ISD症例では改善率が低下する傾向
切迫性尿失禁は、強い尿意(尿意切迫感)を突然感じ、トイレに間に合わずに尿が漏れてしまう状態です。過活動膀胱(OAB)の症状の一つとして現れ、40歳以上の日本人の12.4%(推定810万人)がOABを持つと報告されています。
病態生理
治療アプローチ
第一選択:行動療法
薬物療法の前に、まず行動療法を試みることが推奨されます。
第二選択:薬物療法
抗コリン薬(ムスカリン受容体拮抗薬)
β3アドレナリン受容体作動薬(β3作動薬)
β3作動薬の利点:
抗コリン薬とβ3作動薬の有効性はほぼ同等(レベル1)ですが、安全性の面ではβ3作動薬が優れている(レベル1)と報告されています。
第三選択:三次治療(難治性OAB)
ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法
仙骨神経刺激療法(Sacral Neuromodulation: SNM)
1. 試験刺激(数日〜1週間)で効果を確認
2. 効果があれば、ペースメーカー様装置を皮下に埋め込み
溢流性尿失禁は、膀胱に尿が溜まりすぎて、尿道括約筋の閉鎖圧を超えて尿が少しずつ漏れ出てしまう状態です。
病態生理
溢流性尿失禁の背景には、必ず排尿障害(尿閉)が存在します。
診断
参考)https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/guidelines.pdf
治療
溢流性尿失禁の治療は、原因疾患の治療が最優先です。
重要な注意点: 溢流性尿失禁に対して抗コリン薬を投与すると、膀胱収縮力がさらに低下し、尿閉が悪化する危険性があります。残尿量の評価を必ず行い、50ml以上の残尿がある場合は抗コリン薬の投与を避けてください。
機能性尿失禁
機能性尿失禁は、排尿機能自体は正常にもかかわらず、身体運動機能や認知機能の障害により、トイレに間に合わずに尿を漏らしてしまう状態です。
原因
対応策
機能性尿失禁の治療は、薬物療法ではなく、環境調整と介護・リハビリテーションが中心となります。
環境調整
- トイレの扉を手前に開くタイプから横開きに変更、または常時開けておく
- 便器のふたを常に開けておく
- トイレ内に手すりを設置し、立ち座りを安定させる
- 自動洗浄便器の導入(流し忘れ防止)
- 夜間のトイレ移動が困難な高齢者には、ポータブルトイレや採尿器を寝室近くに配置
リハビリテーション
排泄介助
このセクションでは、一般的なガイドラインにはあまり記載されていない、医療従事者が知っておくべき意外な事実と最新知見を紹介します。
1. 混合性尿失禁の治療優先順位
意外な事実: 腹圧性尿失禁に対して手術(TVT/TOT)を行った場合、約20-30%の症例で術後に「de novo detrusor instability(新規発症の排尿筋過活動)」が発生し、切迫性尿失禁様の症状が出現することがあります。 術前の十分な説明と、術後のフォローアップが重要です。
2. 電気刺激療法・磁気刺激療法の有効性
干渉低周波療法は、腹圧性尿失禁・切迫性尿失禁に対して保険収載されており、治癒率30-40%、改善率60-70%と報告されています。
磁気刺激療法も一部の施設で実施されていますが、現時点では保険収載されていません。
3. 体重減少の驚くべき効果
4. 抗コリン薬の認知機能への影響
5. 仙骨神経刺激療法の適応拡大
仙骨神経刺激療法(SNM)は、当初は難治性過活動膀胱のみの適応でしたが、現在は機能性便失禁に対しても保険適用が拡大されています。 また、一部の施設では尿閉(非閉塞性)に対する適応も検討されています。
参考)難治性過活動膀胱に対するボトックス療法と仙骨神経刺激療法 -…
6. 間欠導尿の自己実施率
神経因性膀胱による溢流性尿失禁で間欠導尿が必要な症例において、自己導尿を継続できる患者は約60-70%と報告されています。 残りの30-40%は、家族介助または医療者による導尿が必要です。自己導尿の継続には、患者の認知機能、手指の巧緻性、動機付けが重要です。
参考)EBMに基づく尿失禁診療ガイドライン - Mindsガイドラ…
7. 骨盤底筋訓練の継続率
骨盤底筋訓練は有効性が確立されていますが、3ヶ月以上の継続率は約30-50%と報告されています。 継続率を向上させるためには、以下の工夫が有効です。
8. 手術療法の長期成績
参考リンク
日本泌尿器科学会 女性下部尿路症状診療ガイドライン 第2版(2024年修正・追加)
女性尿失禁の診断・治療の最新エビデンスに基づいた診療ガイドライン。
過活動膀胱診療ガイドライン 第3版(2022年)
過活動膀胱(切迫性尿失禁)の診断・治療の標準的アプローチを網羅。
高齢者尿失禁ガイドライン(国立長寿医療研究センター)
高齢者特有の尿失禁の病態と、介護・リハビリテーションを含めた対応策。
MSDマニュアル プロフェッショナル版 尿失禁の治療薬
尿失禁治療薬の一覧表。作用機序、用量、副作用が簡潔にまとまっている。
日本排尿機能学会
尿失禁・過活動膀胱の最新研究と臨床情報を発信。
日本女性骨盤底医学会 ガイドライン
骨盤底筋訓練を含む保存療法の詳細なプロトコルが記載されている。