あなたの処方が、認知症薬の効果を消すかもしれません。

ベシケア(コハク酸ソリフェナシン)は、膀胱のムスカリン受容体を遮断して過活動膀胱の症状を抑える薬です。しかし、ムスカリン受容体は脳内の記憶や注意機能の調節にも関わっています。ベシケアが血液脳関門をある程度通過することで、中枢のアセチルコリン伝達が阻害されるリスクが生じます。
参考)医療用医薬品 : ベシケア (ベシケア錠2.5mg 他)
これが認知機能障害につながるメカニズムです。
添付文書でも「認知症又は認知機能障害のある患者」は慎重投与に分類されています。実際の市販後調査では、口内乾燥が最多で98件、便秘52件、尿閉50件と続き、認知機能障害は頻度こそ低いものの長期服用では無視できないとされています。これは、毎日ハガキ1枚分くらいの小さなリスクが、何年も積み重なるイメージに近いといえます。
認知症を抱える高齢患者が過活動膀胱を合併しているケースは珍しくありません。アルツハイマー型認知症の標準治療薬であるドネペジルやリバスチグミンは、脳内のアセチルコリンを増やして症状の進行を緩やかにする薬です。
ところがベシケアはこれと真逆の作用を持ちます。アセチルコリンの働きをブロックするため、両者を併用すると効果が打ち消し合う形になります。結果として認知症の症状が急激に悪化したり、夜間のせん妄として急性発症するケースも報告されています。
つまり、処方の組み合わせ自体が治療の足を引っ張ることになるわけです。
処方前にMMSEなどの認知機能スクリーニングを実施し、お薬手帳で併用薬を確認する習慣が、こうしたリスクの早期発見につながります。
ベシケアの添付文書情報(認知機能障害・神経系副作用の詳細)はこちら
「ベシケアだけ処方しているから大丈夫」という考えは、ポリファーマシー状態の高齢患者では危険です。日本老年薬学会が2024年5月に公開した「日本版抗コリン薬リスクスケール(第2版)」では、158薬物に抗コリン作用のスコア(1〜3)が付与されています。
複数の薬剤のスコアを合算し、総抗コリン負荷として評価する考え方です。
たとえば、ベシケアに加えて胃腸薬・睡眠改善薬・抗ヒスタミン薬を服用している患者では、総抗コリン負荷がまったく異なります。市販の総合感冒薬や睡眠改善薬にもジフェンヒドラミンなど抗コリン成分が含まれていることがあり、見落としやすいポイントです。複数の弱い抗コリン薬が重なると、強い抗コリン薬1剤分以上のリスクになることもあります。これは使えそうな視点です。
処方箋確認時にこのスケールでスコアを合算し、総抗コリン負荷が高い患者を多職種でスクリーニングする運用が、認知機能保護に役立ちます。
日本版抗コリン薬リスクスケール第2版(158薬物のスコア一覧)はこちら
認知症患者や認知機能低下リスクの高い高齢者には、代替薬への切り替え検討が重要な選択肢になります。現在、抗コリン薬以外の過活動膀胱治療薬として、β3アドレナリン受容体作動薬が存在します。
代表例はミラベグロン(ベタニス)とビベグロン(ベオーバ)です。膀胱の平滑筋にあるβ3受容体を刺激して弛緩させる仕組みで、アセチルコリン系には作用しません。理論上は抗コリン作用に由来する認知機能障害のリスクがないということです。
ただし注意点もあります。
ベタニスは血圧への影響があり、コントロール不良な高血圧患者には禁忌とされています。ビベグロンは血圧影響が比較的少ないとされ、高齢者への使いやすさで近年注目されていますが、効果については症例によって抗コリン薬に劣る可能性も指摘されています。切り替え後は2〜4週間ほど排尿症状の変化をモニタリングすることが基本です。
多くの医療従事者は、ベシケアの副作用を「口の渇きや便秘」の範囲で捉えがちです。しかし実際には、認知機能への影響は単剤の問題では終わりません。
フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の下部尿路機能障害に対する診療ガイドライン2021では、こうした患者に対して抗コリン薬の全身的副作用を避けることを推奨し、β3受容体作動薬や骨盤底筋訓練といった非薬物療法の優先を示しています。代替薬への積極的な検討が原則です。
英国の研究では、抗コリン薬を3年以上服用していた認知症患者は、服用していなかった患者に比べて発症リスクが1.25〜1.29倍になると報告されました。日本の認知症患者数は2022年時点で約443万人とされており、こうした薬剤管理の見直しが将来の患者数増加の抑制につながる可能性があります。意外ですね。
ベシケアを継続する場合も、最低有効用量から開始し、せん妄様症状や記憶障害の増悪が見られたら速やかに処方医へ報告する体制が、副作用リスクの最小化につながります。多職種チームでの薬剤レビューに総抗コリン負荷の評価を組み込むことが条件です。