ふらつきが出た患者にドネペジルを即中止するのは、かえって認知機能を急激に悪化させる選択です。
ドネペジルはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)を阻害し、シナプス間隙のアセチルコリン濃度を高めることで認知機能を改善します。この作用は脳だけに限定されず、末梢のコリン作動性神経全体に影響を与えます。
問題の核心はここです。迷走神経への刺激が増強されると、心拍数が低下(徐脈)し、場合によっては失神・血圧低下を引き起こします。 ふらつきはその前段階として患者が訴える最初のサインとなることが多いのです。
参考)https://medical.nihon-generic.co.jp/a.php?id=384
つまり「ふらつき=コリン作用の亢進シグナル」と理解するのが基本です。
さらに見落とされがちなのが錐体外路症状です。ドネペジルは添付文書上、錐体外路障害を重大な副作用として記載しており、振戦・筋強剛・歩行困難がふらつきの形で表れることがあります。 レビー小体型認知症患者では特にこの機序が強く出る傾向があります。
意外ですね。アルツハイマー型認知症の薬なのに、レビー小体型認知症患者への使用が適応外でないこと、そして後者においてふらつき頻度がより高い点は、診断の見直しを促す重要な手がかりです。
参考)https://www.ncgg.go.jp/dementia/cure/023.html
夜間のふらつきについても整理が必要です。ドネペジルを夜間投与した場合、コリン作動性作用によりレム睡眠が延長し、夜中に何度も目が覚める「中途覚醒」が増加するという報告があります。半覚醒状態でトイレに立った際の転倒は、このメカニズムで説明できるケースが多い。夜間服用が問題なら、朝への変更で改善できるケースがあります。
「少しふらつくだけ」と軽視しがちですが、転倒の結末は深刻です。これは見逃せない数字です。
認知症患者が骨折で入院した場合、その後1年以内に死亡または要介護度が大きく上昇する割合は非常に高く、転倒1回が患者の残存機能を大きく損ないます。ドネペジル服用者では転倒リスク薬剤(睡眠薬・抗精神病薬・降圧薬など)との併用が珍しくなく、複数薬剤によるリスクの重なりが問題です。
参考)https://minoh-hp.jp/patients/pdf/tentoutokusuri.pdf
| 薬剤分類 | 転倒リスクへの影響 | 具体的な薬剤例 |
|---|---|---|
| AChE阻害薬(ドネペジル) | 徐脈・低血圧・錐体外路症状 | アリセプト、ドネペジル各社GE |
| 睡眠薬・抗不安薬 | 鎮静・筋弛緩 | ゾルピデム、トリアゾラムなど |
| 抗精神病薬 | パーキンソン様症状・起立性低血圧 | リスペリドン、クエチアピンなど |
| 降圧薬 | 起立性低血圧 | Ca拮抗薬、ARB、利尿薬など |
| 抗凝固薬・抗血小板薬 | 転倒時の出血リスク増大 | ワーファリン、DOACなど |
骨折後の出血リスクが「転倒そのもの」と同じくらい危険です。ドネペジル服用患者が抗凝固薬を併用している場合、骨折時の内出血が致命的になりうることを念頭に置く必要があります。
ふらつきの評価には「Timed Up and Go(TUG)テスト」が有用です。立ち上がりから3m歩行・折り返し・着席までの時間を計測し、12秒以上で転倒リスクが高いとされます。外来でも2〜3分で施行できるため、ふらつきを訴えた患者に積極的に取り入れる価値があります。
また、ドネペジルの添付文書に記載された「心室頻拍・心室細動・洞不全症候群・高度徐脈」などの重大な心臓への副作用も、ふらつきとして最初に表れることがあります。 PMDAが直近3年度に集積した心室頻拍・心室細動関連の国内症例は11例(うち因果関係が否定できない症例11例)、高度徐脈関連は13例(うち因果関係が否定できない症例7例)と報告されています。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000145436.pdf
重要なのが条件です。心電図でQT延長や高度徐脈が確認された場合、ふらつきを「単なる副作用」として流してはいけません。
副作用は用量が多いほど出やすい。これが原則です。
ドネペジルは3mg→5mg→10mgと段階的に増量する設計になっており、増量後数週間以内にふらつきなどの副作用が出やすい時期があります。 増量タイミングとふらつき出現を時系列で照合することが、因果関係を特定する最初のステップです。
海外では23mg/日まで使用可能とする研究もありますが、国内では10mgが上限であり、添付文書の用法・用量の範囲内でも個人差は大きいとされています。 特に低体重の高齢女性では5mgでも血中濃度が高くなりやすく、ふらつきが出やすい傾向があります。
これは使えそうです。腎機能・肝機能の低下は薬物の排泄に影響し、実質的な過量投与に相当する状態をつくります。
以下の患者特性は、標準用量でも副作用が出やすいリスク因子として覚えておくと役立ちます。
CYP3A4阻害薬との相互作用は特に盲点になりやすい点です。抗真菌薬の短期処方でドネペジルの血中濃度が上昇し、急にふらつきが出たというケースは実臨床でも起こりえます。薬歴の確認が不可欠です。
ふらつきが出ても、すぐ中止すれば解決とはなりません。これが条件です。
中止による認知機能の急激な悪化・BPSD(行動・心理症状)の再燃リスクがあるため、段階的なアプローチが推奨されます。以下のフローが基本的な考え方です。
ポリファーマシー評価ツールとして、日本老年医学会が公開している「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」が参考になります。転倒リスクの高い薬剤リストが網羅されており、外来での薬剤整理に活用できます。
日本老年医学会「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」 — 転倒リスクのある薬剤リストと処方見直しの指針が掲載されています
また、転倒リスクを具体的に評価する際の参考として、全国の病院が活用している転倒転落アセスメントスコアシートも有用です。認知症患者のふらつき評価に「薬剤性かどうか」の視点を組み込む際の根拠として活用できます。
日中の外来診察でふらつきが確認できないのに、家族から「夜中に何度も転びそうになっている」と報告されるケース。これは見逃されやすいパターンです。
この「夜間限定ふらつき」は、先述のレム睡眠延長による中途覚醒と、夜間の迷走神経緊張亢進による起立性低血圧が重なって起こると考えられます。日中は代償機能が働いているため外来で問題なく見えますが、夜間は体位変換時の血圧調整が遅れやすい状態です。
厳しいところですね。外来での観察だけでは「ふらつきなし」と評価してしまう危険があります。
対策として有効なのが、家族や介護者への具体的な観察依頼です。「夜中に立ち上がる回数」「フラついて壁をつかむ場面があるか」「ベッドからトイレまでの動線を確認しているか」といった具体的な質問を次回受診前に伝えることで、実態を把握しやすくなります。
また、ドネペジルを夜から朝に変更するだけで夜間ふらつきが改善したという報告は複数あり、服薬時刻の変更は低コストで試みられる有効な手段です。 患者・家族の生活スタイルに合わせて、朝食後投与が困難なケースでは昼食後という選択肢も検討できます。
朝への変更が原則です。ただし変更後2〜4週間は睡眠への影響(不眠が増える場合もある)を確認するフォローが必要です。
最後に重要な整理として、ドネペジルによるふらつきが「薬剤性」と確認できた場合でも、安易な中止は禁物です。認知症患者にとってドネペジルは認知機能・ADLを維持する重要な薬剤であり、中止後に認知機能が急激に低下したケースも報告されています。「ふらつきを取るか、認知機能を守るか」という二項対立ではなく、両立させる方策を医療チームで検討することが、質の高いケアにつながります。
国立長寿医療研究センター — ドネペジルの振戦・副作用への対応方針と中止・代替薬の考え方について解説されています
PMDA「ドネペジル塩酸塩の使用上の注意の改訂について」 — 心室頻拍・高度徐脈など重大な副作用の国内症例集積データが確認できます
| 禁忌条件 | 具体的な基準 |
|---|---|
| 重度腎機能障害 | eGFR 30 mL/min/1.73㎡未満 または透析患者 |
| 重度肝機能障害 | 乳酸代謝能が低下 |
| 心血管・肺機能高度障害 | 心不全・心筋梗塞・肺塞栓等 |
| 脱水状態 | 下痢・嘔吐・経口摂取困難の患者 |
| 1型糖尿病 | インスリンが必須 |
| 妊婦・妊娠の可能性がある女性 | 動物実験で催奇形作用の報告あり |
| 重症感染症・手術前後・重篤外傷 | インスリンによる管理が優先 |

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