男性不妊症は、妊娠を望むカップルにおいて男性側の要因が受胎を妨げている状態を指す。臨床的には、精子濃度、総精子数、運動性、形態、生存率などの精液所見の異常が注目されやすい。しかし、男性不妊症の原因は精液中の精子数の低下に限定されない。精子形成障害、精路閉塞、内分泌異常、遺伝学的異常、勃起・射精機能の問題、感染・炎症、全身疾患、薬剤、生活習慣などが重なり合っている場合もある。
診療の中心となるのは、妊娠しにくい理由を男性だけ、あるいは女性だけの問題として切り分けることではない。カップル全体の妊娠までの時間、女性側の年齢・卵巣予備能・卵管因子、性交頻度やタイミング、既往治療、妊娠歴を共有しながら、男性側に介入可能な原因がないかを早期に探索する姿勢が求められる。
精液検査は男性不妊症評価の基本であり、精子形成、精路通過、射精・精液分泌の状態を把握する重要な入口となる。代表的な異常には、精子濃度または総精子数の低下を示す乏精子症、運動性の低下を示す精子無力症、正常形態率の低下を示す奇形精子症、精液中に精子が認められない無精子症がある。複数の異常が併存する乏精子無力奇形精子症では、精巣機能、精索静脈瘤、遺伝学的背景、熱・毒性曝露、全身状態などを幅広く検討する。
無精子症を認めた場合は、精路が物理的に閉塞している閉塞性無精子症と、精巣内での精子形成が高度に障害される非閉塞性無精子症の鑑別が極めて重要である。前者では精巣容積や内分泌所見が比較的保たれることがある一方、後者では精巣萎縮やFSH高値を伴うことがある。ただし、単一の所見のみで機械的に分類せず、触診、精液量、精巣上体・精管の所見、ホルモン値、超音波検査、遺伝学的評価を統合する。
| 項目 | WHO第6版の参照下限値 | 評価上の注意点 |
|---|---|---|
| 精液量 | 1.4 mL | 低値では採取不全、射精管閉塞、逆行性射精、アンドロゲン低下などを考慮する |
| 総精子数 | 3,900万/射精 | 濃度と精液量の両方に左右されるため、単独で解釈しない |
| 精子濃度 | 1,600万/mL | 乏精子症では精巣機能、精索静脈瘤、遺伝学的背景などを評価する |
| 総運動率 | 42% | 発熱、禁欲期間、採取・輸送条件、感染や酸化ストレスなどの影響も考える |
| 前進運動率 | 30% | 低下が持続する場合は精子機能、炎症、精索静脈瘤などを含めて検討する |
| 正常形態率 | 4% | 検査室間差が生じやすく、他の精液パラメータや臨床経過と併読する |
WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen, sixth edition
精巣性の原因では、造精機能障害が中心となる。先天性または後天性の精巣障害、停留精巣の既往、精巣炎、ムンプス精巣炎、精巣外傷、精巣腫瘍に対する治療歴、抗がん薬や放射線治療、重篤な全身疾患などは、精子形成に影響し得る。加齢そのものを単独原因と短絡することは適切ではないが、年齢とともに精子DNA損傷や併存疾患、服薬、生活環境の影響が増える可能性を踏まえた評価が必要となる。
精索静脈瘤は、男性不妊症で評価すべき代表的な治療可能因子の一つである。陰嚢内静脈のうっ血により、精巣周囲の温度上昇、酸化ストレス、局所循環・代謝環境の変化などを介して造精機能に影響することが考えられている。触知可能な精索静脈瘤があり、精液所見異常と不妊が併存する場合には、カップルの状況を踏まえて手術的治療を含む選択肢を検討する。一方で、画像所見のみの潜在性精索静脈瘤を見つけたことだけを根拠に介入を決めるべきではない。
精路の閉塞も見逃してはならない。先天的な精管欠損、精巣上体や精管の炎症・手術後変化、射精管閉塞などでは、精巣内で精子が作られていても精液中に到達しない。精液量低値、酸性側の精液所見、精管の触知所見、精巣上体の変化などが評価の手掛かりとなる。閉塞が疑われる症例では、精子回収や顕微授精を含む生殖補助医療だけでなく、閉塞部位やカップルの希望に応じて再建術を検討する場合がある。
内分泌異常としては、視床下部・下垂体性の性腺機能低下、甲状腺疾患、高プロラクチン血症、糖尿病を含む慢性疾患などが妊孕性に関与する。FSH、LH、総テストステロンを中心に、病歴・診察所見に応じてプロラクチンなどを測定する。特に妊孕性を希望する男性へのテストステロン補充療法は、視床下部—下垂体—精巣系を抑制して精子形成を低下させ得るため、治療歴と現在の使用状況を必ず確認する。
重度の乏精子症や無精子症では、染色体異常やY染色体微小欠失などの遺伝学的要因を考慮する。クラインフェルター症候群を含む染色体異常は、非閉塞性無精子症や重度の造精機能障害の背景として重要である。また、先天性両側精管欠損が疑われる場合には、CFTR遺伝子変異との関連を念頭に置く。遺伝学的検査は、単に原因名を得るためだけの検査ではない。精巣内精子採取の見通し、子への遺伝の可能性、生殖補助医療の選択、カウンセリングの必要性に関わるため、適応と結果の意味を十分に説明して実施する。
射精障害、逆行性射精、勃起障害、性交痛、性交頻度の不足、タイミングの不一致も、妊娠成立を妨げる重要な因子である。糖尿病性神経障害、骨盤内手術、脊髄疾患、前立腺・膀胱頸部の治療、向精神薬やα遮断薬を含む薬剤、心理的負担は、射精や勃起に影響する可能性がある。問診では「性交ができているか」という表面的な確認にとどまらず、膣内射精の可否、射精量の変化、オーガズムの有無、性交時の困難、治療によるプレッシャーを丁寧に把握する。
男性不妊症の診療では、原因が明確にならない「特発性」の症例も少なくない。だからこそ、原因不明を早期に結論づけるのではなく、重症度に応じた遺伝学的評価、身体所見、内分泌評価、精液検査の再現性、カップルの時間的制約を統合し、見落としやすい可逆的因子を確認することが重要である。男性不妊の評価は、将来的な男性本人の健康問題を把握する契機にもなり得る。
喫煙、過量飲酒、肥満、運動不足、睡眠不足、慢性的なストレス、違法薬物、蛋白同化ステロイドの使用は、男性の生殖機能に悪影響を及ぼす可能性がある。これらは精子形成に直接影響するだけでなく、性腺ホルモン、勃起機能、代謝状態、性交頻度、治療継続性にも関係する。生活指導は「これだけで必ず妊娠できる」と説明するものではないが、治療可能性を損なう要因を減らし、全身健康の改善にもつながる基本的介入である。
精巣は体温より低い環境で機能するため、高温曝露についても問診する。高熱を伴う感染症の後には、精液所見が一時的に悪化することがあり、精子形成の周期を踏まえて経時的な再評価が必要となる。職業上の高温環境、長時間の座位、化学物質への曝露、農薬、溶剤、重金属、放射線などについては、曝露量や因果関係の評価が一律ではないものの、職業歴を聴取し、回避できる曝露を減らす実務的な助言を行う。
サプリメントや抗酸化療法については、患者から相談を受ける機会が多い。酸化ストレスと精子機能の関係は研究されている一方、すべての男性不妊症例に一律の製品使用を推奨できるだけの確立した臨床的利益があるとは限らない。過量摂取、薬剤との相互作用、費用負担、治療開始の遅れにも注意し、精索静脈瘤、閉塞、内分泌異常、遺伝学的疾患といった病因検索をサプリメントで代替しないことが大切である。
男性不妊症の原因検索は、検査値を並べる作業ではなく、妊娠までの時間を意識して介入の優先順位を決めるプロセスである。初期評価では、詳細な生殖歴と既往歴、身体診察、少なくとも1回以上の精液検査を実施し、所見異常または不妊を示唆する病歴がある場合には、男性生殖医療に習熟した泌尿器科医・生殖医療専門施設で精査を進める。AUA/ASRMガイドラインでも、初期評価に生殖歴と精液検査を含め、異常精液所見や異常な生殖歴がある男性では、身体診察と選択的な検査を専門的に行う必要性が示されている。
参考)https://www.auajournals.org/doi/10.1097/JU.0000000000001521
治療方針は原因別に異なる。精索静脈瘤では適応を見極めたうえで外科的治療を検討し、内分泌異常では原疾患への対応や妊孕性を損なわない薬物選択を行う。閉塞性無精子症では再建術または精子回収を、非閉塞性無精子症では遺伝学的評価や顕微鏡下精巣内精子採取の可能性を含めて説明する。射精障害では原疾患・服薬の見直し、採尿後精子回収などを含む個別対応を考える。重度の精液異常や時間的制約が大きい場合には、人工授精、体外受精、顕微授精を適切な時点で選択肢に加える。
医療従事者が患者へ説明する際は、「精液検査が悪いから妊娠できない」「生活改善だけで解決する」といった単純化を避けるべきである。検査結果には変動があること、原因によっては治療や回収技術の選択肢があること、女性側の年齢や検査結果も治療の緊急度に影響することを共有する。男性が責められたと感じず、カップルが同じ情報を基に意思決定できる支援こそが、原因検索と治療継続の質を高める。
日本泌尿器科学会「男性不妊症診療ガイドライン 2024年版」掲載情報