
多発性筋炎は、骨格筋の炎症を主病変とする特発性炎症性筋疾患の一つです。臨床では、亜急性から慢性に進行する左右対称性の筋力低下が中心症候となります。典型的には、肩甲帯、上腕、骨盤帯、大腿、頸部屈筋など、体幹に近い部位の筋群が優位に障害されます。遠位筋の筋力低下が先行する場合、著明な感覚障害を伴う場合、左右差が大きい場合は、多発性筋炎以外の神経筋疾患を含めて鑑別を広げる必要があります。
患者の自覚症状は「筋肉痛」よりも「力が入らない」「以前はできた動作がつらい」という形で現れることが少なくありません。たとえば、椅子や床から立ち上がる、階段を上がる、しゃがんだ姿勢から立つ、洗濯物を干す、棚の上の物を取る、重い鍋を持ち上げる、仰臥位から頭を持ち上げるといった日常動作が困難になります。筋痛や筋圧痛を伴うことはありますが、筋痛の有無だけで疾患活動性を判断することはできません。
近年の診療では、多発性筋炎・皮膚筋炎を広い特発性炎症性筋疾患の枠組みで捉え、症候、自己抗体、画像、病理、臓器病変を統合して評価する考え方が重視されています。多発性筋炎では皮膚筋炎に特徴的な皮疹を欠くことが前提となりますが、皮膚症状がないからといって筋炎関連肺疾患や悪性腫瘍の評価が不要になるわけではありません。近位筋優位かつ左右対称性の筋力低下は、問診と徒手筋力検査で必ず確認したい基本所見です。
参考)特発性炎症性筋疾患 - 06. 筋骨格系疾患と結合組織疾患 …
MSDマニュアル プロフェッショナル版:特発性炎症性筋疾患
診察では、患者の主観的な「だるさ」や「疲れやすさ」を、筋力低下、疼痛、全身倦怠感、呼吸困難、活動量低下に分解して聴取することが重要です。特に、高齢者では加齢、廃用、関節疾患、心肺疾患、低栄養、うつ状態などが筋力低下の訴えに重なり得るため、発症時期、進行速度、左右対称性、動作特異性を確認します。数週から数か月の経過で、近位筋を中心に進行する運動機能低下は、炎症性筋疾患を疑う重要なパターンです。
徒手筋力検査では、肩関節外転・屈曲、肘屈曲、股関節屈曲、股関節外転、膝伸展、頸部屈曲などを左右比較しながら評価します。筋力は一時点の数値だけではなく、経時的変化と生活機能に結び付けて解釈します。治療後にCK値が改善しても筋力低下や持久力低下が残ることがあり、逆に筋萎縮、脂肪置換、廃用、ステロイドミオパチーが筋力低下に関与していることもあります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 上肢近位筋障害 | 整髪、洗顔、洗濯物干し、棚上の物を取る動作が困難になる | 肩甲帯・上腕の筋力低下を疑う |
| 下肢近位筋障害 | 椅子からの立ち上がり、階段昇降、しゃがみ立ちが困難になる | 骨盤帯・大腿筋群の障害を示唆する |
| 頸部屈筋障害 | 仰臥位で頭を持ち上げにくい、頭部保持がつらい | 体幹筋を含む筋炎の評価に有用 |
| 筋痛・筋圧痛 | 自発痛、把握痛、運動時痛がみられることがある | 欠如していても筋炎は否定できない |
| 筋萎縮 | 進行例や慢性経過で認められることがある | 不可逆的変化、廃用、治療遅延も考慮する |
多発性筋炎の診断基準では、上肢または下肢の近位筋筋力低下、筋肉の自発痛または把握痛、CKまたはアルドラーゼ上昇、筋電図変化、筋生検所見、筋MRI所見、筋炎特異的自己抗体などが評価項目となります。ただし、症状だけで診断を確定することはできず、筋原性酵素、自己抗体、画像、電気生理、病理、鑑別診断の検討を統合することが不可欠です。
多発性筋炎では、四肢・体幹筋だけでなく、咽頭筋、喉頭周囲筋、食道上部の横紋筋が障害されることがあります。嚥下障害は、食事に時間がかかる、むせる、飲水で咳き込む、食べ物が喉につかえる、湿性嗄声が続く、食後に痰が増える、体重が減少したといった形で現れます。患者自身が症状を加齢や義歯の問題と捉えて申告しないこともあるため、筋力低下を認めた場合には能動的な問診が必要です。
嚥下障害は、低栄養、脱水、誤嚥性肺炎、窒息、服薬困難を引き起こし、予後や治療継続に大きく影響します。急な嚥下機能悪化、反復する誤嚥、呼吸状態の悪化、咳嗽力低下がある場合は、速やかに入院を含む管理の必要性を検討します。必要に応じて、言語聴覚士との連携、嚥下内視鏡検査、嚥下造影検査、栄養介入、食形態の調整を行います。
呼吸器症状としては、呼吸筋障害による換気不全に加え、特発性炎症性筋疾患に関連する間質性肺疾患を見逃さないことが重要です。労作時呼吸困難、乾性咳嗽、安静時低酸素、呼吸数増加、SpO2低下、画像上の間質性陰影などがあれば、筋症状の強さにかかわらず緊急性を評価します。とくに急速進行性間質性肺疾患が疑われる臨床像では、呼吸器内科、膠原病内科、放射線科、集中治療部門などと連携し、迅速に対応する必要があります。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000089962.pdf
多発性筋炎では、発熱、易疲労感、全身倦怠感、食欲低下、体重減少などの全身症状を伴うことがあります。これらは非特異的ですが、炎症活動性、感染症、悪性腫瘍、薬剤有害事象、低栄養などの可能性を並行して考える必要があります。関節痛や関節炎、レイノー現象、機械工の手、発熱、肺病変などがある場合には、抗ARS抗体症候群を含む筋炎オーバーラップ病態を念頭に置きます。
皮膚症状は多発性筋炎そのものでは原則として欠く所見ですが、紫紅色の眼瞼浮腫性紅斑であるヘリオトロープ疹、手指関節背面のゴットロン丘疹、関節背面のゴットロン徴候などを認める場合は、皮膚筋炎を考慮します。皮膚筋炎と多発性筋炎の区別は、皮膚所見だけでなく、自己抗体、筋病理、肺病変、悪性腫瘍リスク、治療方針にも関係するため、皮疹の有無を診察時に必ず確認します。
また、成人発症の炎症性筋疾患では悪性腫瘍との関連が重要な臨床課題です。筋炎症状に加えて、原因不明の体重減少、発熱、貧血、リンパ節腫大、腹部症状、血便、婦人科症状などがある場合は、年齢、性別、喫煙歴、自己抗体プロファイル、既往歴を踏まえた悪性腫瘍スクリーニングを検討します。スクリーニング内容や頻度は一律ではなく、患者のリスクと病型を踏まえ、関連診療科と協働して個別化することが重要です。
厚生労働省:皮膚筋炎・多発性筋炎の疾病情報
多発性筋炎が疑われる場合、症状評価は診断の入口であると同時に、重症度判定と治療反応判定の基盤となります。まず、近位筋優位かつ左右対称性の筋力低下、亜急性の進行、筋痛・筋圧痛、全身症状、嚥下障害、呼吸器症状、関節症状、皮膚症状を系統的に把握します。そのうえで、CK、アルドラーゼ、AST、ALT、LDHなどの筋逸脱酵素を確認し、筋炎関連自己抗体、炎症反応、血算、腎肝機能、甲状腺機能、電解質などを臨床像に応じて評価します。
CKは有用な活動性指標ですが、CK値と筋力低下の程度が常に並行するわけではありません。慢性期の筋萎縮・脂肪置換、治療後の残存障害、ステロイドミオパチー、封入体筋炎、神経原性筋萎縮などでは、CKが正常または軽度上昇であっても機能障害が目立つことがあります。したがって、血液検査のみで病勢を判断せず、徒手筋力検査、起立・歩行・階段昇降などの機能評価、患者報告アウトカム、嚥下・呼吸状態、MRIや必要時の筋電図・筋生検を組み合わせます。
鑑別では、薬剤性ミオパチー、内分泌性ミオパチー、代謝性ミオパチー、感染性筋炎、筋ジストロフィー、筋萎縮性側索硬化症などの運動ニューロン疾患、末梢神経障害、重症筋無力症、封入体筋炎を含めて検討します。特にスタチン関連免疫介在性壊死性ミオパチー、長期ステロイド投与中のステロイドミオパチー、甲状腺機能異常は、日常診療で遭遇し得る重要な鑑別です。病歴では、薬剤開始・変更時期、サプリメント、飲酒、感染徴候、家族歴、悪性腫瘍歴、運動負荷との関連も確認します。
治療は一般に副腎皮質ステロイドを中心に検討され、病勢、臓器病変、再燃リスク、副作用リスクに応じて免疫抑制薬、免疫グロブリン大量静注療法、生物学的製剤などを組み合わせます。ただし、治療選択は症状だけでは決められず、病型、抗体、間質性肺疾患の有無、感染症リスク、悪性腫瘍の評価、併存疾患を踏まえた専門的判断が必要です。筋力低下が進行する患者、嚥下障害・呼吸症状を伴う患者、急速な全身状態悪化を認める患者では、早期の専門医紹介と多職種連携を優先します。