左心房は、4本の肺静脈から酸素化された血液を受け取り、僧帽弁を介して左心室へ送り出す心腔である。単に血液が通過する部屋ではなく、左室の収縮と拡張に合わせて血液を一時的に貯留し、圧較差を利用して左室流入を調整する。したがって左心房の働きを理解することは、左室拡張機能、肺うっ血、僧帽弁疾患、心房細動、心不全の病態を読み解くうえで不可欠である。
左室が収縮している間、僧帽弁は閉鎖している。この時相にも肺静脈から左房への血液還流は継続するため、左心房は血液を受け止めて蓄える。左室が拡張して左房圧より左室圧が低下し、僧帽弁が開放されると、蓄えられた血液は左室へ移動する。さらに拡張末期には洞調律下の左房収縮が加わり、左室への血液充満を補助する。
左心房は薄い壁を有する伸展性のある構造であり、比較的長期間にわたる圧・容量負荷に対して容積を増加させる。この性質により、左房容積は一時点の血行動態だけではなく、左室充満圧上昇などの慢性的な負荷履歴を示唆する情報として臨床的価値を持つ。一方で、急性の肺水腫や急性僧帽弁逆流では左房がまだ拡大していなくても左房圧が著明に上昇し得るため、左房サイズが正常という所見だけで急性病態を否定してはならない。
左心房の後壁近傍には肺静脈が流入し、左房耳は左房本体とは異なる解剖学的・機能的特徴を持つ。特に心房細動では左房耳内の血流うっ滞が血栓形成に関与し、塞栓症リスクの臨床的な問題となる。左心房を評価する際は、単なる径や容積だけでなく、リズム、流入血流、僧帽弁疾患、肺静脈還流、左房耳機能といった周辺情報を統合する姿勢が必要である。
左心房の機能は、一般にリザーバー機能、導管機能、ブースターポンプ機能の3つに分けて説明される。この3機能は独立しているわけではなく、左室の弛緩能・コンプライアンス、左房自体のコンプライアンス、心拍数、房室伝導、僧帽弁機能、循環血液量などの影響を受けながら連続的に変化する。
| 機能 | 主な時相と内容 | 臨床上の着眼点 |
|---|---|---|
| リザーバー機能 | 左室収縮期から等容弛緩期に肺静脈還流を受け、左房内に血液を貯留する機能 | 左房コンプライアンス、左室基部下降、僧帽弁逆流、左房圧の影響を受ける |
| 導管機能 | 左室拡張早期に、肺静脈から左房を経て左室へ血液を受動的に通過させる機能 | 左室弛緩、左室早期拡張圧低下、僧帽弁通過血流E波との関連をみる |
| ブースターポンプ機能 | 拡張末期の左房収縮により左室へ追加的に血液を送り込む機能 | 洞調律で評価可能であり、心房細動では消失する。拡張機能低下例で寄与が増す |
リザーバー機能は、左室収縮期に左房が肺静脈還流を受け止める働きである。左室基部が心尖方向へ移動することで左房内圧が相対的に低下し、左房に血液を引き込む効果も生じる。左室収縮能の低下、左房の線維化、左房圧上昇、容量負荷などは、この機能に影響を及ぼし得る。
導管機能は、僧帽弁開放後の左室急速充満期に重要となる。左房に貯留されていた血液だけでなく、肺静脈から還流してくる血液も左房を通過して左室へ流れる。若年者など左室弛緩が良好な状態では早期左室充満が円滑であるが、加齢や高血圧性心疾患などで弛緩が障害されると、導管としての血流動態も変化する。
ブースターポンプ機能は、左房収縮による左室充満の最終的な上乗せである。左室コンプライアンスが低下した症例や拡張機能障害では、拡張末期の左房収縮への依存が増すことがある。このため、心房細動の発症により有効な心房収縮が失われると、左室拡張末期容量が低下し、息切れ、肺うっ血、低拍出症状の悪化につながる場合がある。とくに左室肥大、HFpEF、僧帽弁狭窄、頻脈などを伴う症例では、心房収縮消失の血行動態的影響を慎重に評価する。
左房拡大は重要な異常所見であるが、左房容積の増加と、その時点の左房圧上昇は同義ではない。左房容積は、持続的または反復性の圧負荷・容量負荷に対する構造的な反応として増加する。高血圧、左室肥大、左室拡張機能障害、僧帽弁逆流、僧帽弁狭窄、心房細動、肥満、睡眠呼吸障害などは、左房拡大と関連し得る背景として確認する。
左室拡張機能障害では、左室が拡張期に十分に弛緩しない、または左室コンプライアンスが低下することで、左室へ血液を充満させるためにより高い圧が必要となる。負荷が慢性化すると左房圧の上昇が反復・持続し、左房は拡大しやすくなる。そのため左房容積は、左室充満圧上昇の慢性性を推定する補助的情報として用いられる。
成人の左房サイズは前後径のみで判断せず、心尖部四腔像と二腔像で左房を描出し、容積として評価することが推奨される。体格差を考慮するため、左房容積を体表面積で補正した左房容積係数、すなわちLAVIを用いる。ASE/EACVIの心腔定量ガイドラインでは、LAVIの正常上限は34 mL/m²とされ、左房拡大を考える目安の一つとなる。ただし、この値は診断を確定する単独の閾値ではなく、病態や測定条件を踏まえて用いる必要がある。
参考)https://www.asecho.org/wp-content/uploads/2018/01/ChamberQuant_Japanese.pdf
日本心エコー図学会 ガイドライン
急性期では、左房容積が十分に増大する前に左房圧が急上昇することがある。急性僧帽弁逆流、急性心筋虚血、急性左室拡張不全、急激な容量負荷では、左房が拡大していなくても肺静脈圧上昇と肺うっ血を来し得る。逆に慢性僧帽弁逆流では容量負荷により左房が大きく拡大していても、適応した左房コンプライアンスのため安静時左房圧が必ずしも著明に高くないことがある。形態所見と瞬間的な圧指標を分けて読むことが重要である。
また、持続性心房細動そのものも左房リモデリングの原因となり、左房拡大と左房筋機能低下を進める。左房拡大が心房細動を起こしやすくし、心房細動がさらに左房構造を変化させるという相互増悪の関係が生じるため、左房所見は病因・結果のどちらの側面も持ち得る。
日常診療における左心房評価の基本は、左房容積、LAVI、僧帽弁流入血流、僧帽弁輪部組織ドプラe′、E/e′、三尖弁逆流最高速度、左室形態・収縮能、弁膜症の有無を組み合わせることである。左房容積は、左房が最大となる左室収縮終期付近で測定し、心尖部四腔断面および二腔断面を使用した二平面法で算出する。左房を短縮して描出すると容積を過小評価するため、左房にフォーカスした適切な断面設定が不可欠である。成人の包括的経胸壁心エコー図検査ガイドラインでも、左房に特化した心尖部四腔・二腔断面による左房容積評価が推奨されている。
参考)http://www.jse.gr.jp/ASEguideline_TTE_2021-03-23.pdf
左室拡張機能を評価する際、LAVIは、e′、平均E/e′、三尖弁逆流速度などと併用される。2016年ASE/EACVIの推奨に基づく評価では、平均E/e′が14を超えること、中隔側e′が7 cm/s未満または側壁側e′が10 cm/s未満であること、三尖弁逆流速度が2.8 m/sを超えること、LAVIが34 mL/m²を超えることなどを総合して判断する。複数指標の方向性が一致するほど左室充満圧上昇や拡張機能障害の推定に役立つが、個々の数値だけから機械的に診断を確定してはならない。
参考)http://www.jse.gr.jp/contents/guideline/data/ASE-EACVIguideline%EF%BC%86base.pdf
洞調律では僧帽弁流入血流のE波・A波、肺静脈血流、左房容積変化、左房ストレインを組み合わせることで、左房の貯留・通過・収縮という時間的変化を観察できる。左房ストレイン、とくにリザーバー機能を反映する指標は、左房筋の機能低下を捉える補助情報として注目される。しかし、解析ソフトや測定法、心房細動、弁膜症、画像品質、心拍数、負荷条件の影響を受けるため、施設内の標準化と再現性の担保が前提となる。
心房細動ではA波が消失し、左房のブースターポンプ機能は評価できない。またR-R間隔の不規則性によりドプラ指標が変動するため、単一拍の値を過信しない。心拍数に近い周期長を持つ複数拍で測定し、臨床状態と整合するかを確認する。心房細動を伴う心不全患者では、心房収縮の喪失と頻脈による拡張時間短縮が左室充満を障害し、血行動態悪化に関与し得る。
参考)https://www.shiga-med.ac.jp/~hqeiyo/AHF2011.pdf
左心房の働きは、心房細動、HFpEF、僧帽弁疾患、肺高血圧、脳塞栓症リスクと密接に関係する。左房拡大や左房機能低下を見た場合、「左房が大きい」という形態診断で終わらせず、なぜ左房に負荷がかかったのかを臨床情報から逆算する。血圧管理不良、左室肥大、糖尿病、慢性腎臓病、肥満、睡眠時無呼吸、弁膜症、冠動脈疾患、心房細動の罹患期間、頻脈の有無、容量状態などを横断的に確認する。
HFpEFが疑われる患者では、LVEFが保たれていても左房拡大が左室拡張機能障害や慢性的な充満圧上昇を示唆する場合がある。もっとも、LAVI単独では左室充満圧の上昇を確定できない。E/e′、e′、三尖弁逆流速度、肺うっ血所見、BNPまたはNT-proBNP、症状の変動、血圧、腎機能、体液量、運動負荷時の変化を統合する必要がある。LAVIが34 mL/m²を超えることは拡張機能評価の一項目として位置付けられるが、他の指標との組み合わせが前提である。
参考)心不全を診る:左房機能評価を読み解く 石津 智子(筑波大学医…
僧帽弁逆流では左房は慢性的な容量負荷を受け、拡大しやすい。僧帽弁狭窄では左房から左室への流出抵抗が上昇し、左房圧上昇、肺静脈うっ血、心房細動の発症につながり得る。このように同じ左房拡大でも、僧帽弁逆流では容量負荷、僧帽弁狭窄では流出障害と圧負荷が中心になるなど、背景病態によって解釈は異なる。弁膜症の重症度評価、左室サイズ・機能、肺動脈圧推定、症状、運動耐容能と併せて評価することが必要である。
心房細動においては、左房の構造的リモデリングと線維化が不整脈の維持基盤に関与する。左房の大きさは、心房細動アブレーション後の再発リスクやリズムコントロールの成否を考える際の一情報となり得るが、治療適応や予後を左房径・LAVIだけで決めることはできない。年齢、症候性、心不全、左室機能、左房線維化、併存疾患、抗凝固適応、患者の治療目標を含む総合判断が求められる。
医療従事者が左心房を読む際の実践的な要点は、左房を「左室の慢性負荷を映す窓」であると同時に、「能動的に左室充満を支える機能臓器」と捉えることである。左房容積、左房機能、調律、左室拡張特性、僧帽弁病変、肺循環所見を一枚の心エコー所見として統合すれば、心不全や心房細動の病態把握はより立体的になる。

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