脱水症は、体内の水分だけでなく、ナトリウムなどの電解質を含む体液の不足または喪失によって、循環・腎機能・中枢神経機能に影響が及ぶ状態です。高齢者では若年者よりも総体水分量が少なく、少量の水分喪失でも循環血液量や血清浸透圧が変動しやすい点に注意が必要です。
さらに、加齢に伴って口渇感が鈍くなること、腎臓の濃縮力が低下すること、移動能力や認知機能の低下によって飲水行動が妨げられることが、脱水症の発症に関与します。独居、認知症、嚥下障害、片麻痺、トイレを避けるための飲水控え、介助依存、失禁への不安なども、実臨床や介護現場で確認すべき背景因子です。
また、発熱、感染症、下痢、嘔吐、暑熱曝露、過度の発汗、利尿薬の使用、高血糖による浸透圧利尿、経管栄養時の水分不足は、短時間で体液収支を悪化させます。特に肺炎、尿路感染症、胃腸炎などによる食事・飲水量低下が重なった場合は、もともとの予備能が低い高齢者で急速に重症化する可能性があります。
高齢者の脱水症は、「水を飲みたがらない」という訴えだけで始まるとは限りません。急な活気低下、いつもより会話が少ない、食事が進まない、歩行が不安定、昼間からうとうとしているといった非特異的な変化が、初期サインとなることがあります。本人の平常時を知るスタッフや家族の観察情報は、早期発見において重要です。
脱水症状の評価では、口渇の有無だけに依存せず、意識、循環、尿、皮膚・粘膜、体重、経口摂取量、排泄量を時系列で確認します。口腔内や舌、口唇、腋窩の乾燥、尿量低下、濃い尿、便秘、倦怠感、めまい、ふらつき、起立時の不安定さは、比較的早期からみられうる所見です。東京都の高齢者向け資料でも、トイレ回数の減少、便秘、腋窩乾燥、舌の乾燥、手足の冷たさ、皮膚をつまんだ後の戻りの遅れなどが確認項目として示されています。
参考)https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/5_31
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 意識・認知 | 傾眠、反応の鈍さ、せん妄、見当識障害、普段と異なる言動 | 認知症の進行と決めつけず、急性変化として評価する |
| 循環 | 頻脈、血圧低下、起立時の血圧低下、冷感、毛細血管再充満遅延 | 基礎の心疾患、不整脈、降圧薬使用も併せて確認する |
| 尿 | 尿量減少、排尿回数低下、濃い尿、失禁パターンの変化 | 尿閉、腎機能低下、利尿薬使用との鑑別も必要となる |
| 皮膚・粘膜 | 舌や口腔の乾燥、腋窩乾燥、口唇乾燥、皮膚ツルゴール低下 | 高齢者の皮膚ツルゴールは加齢で低下し、単独判定は避ける |
| 体重・摂取 | 急な体重減少、食事量低下、飲水量低下、嘔吐・下痢・発熱 | 日ごとの入出量、体重、バイタルの推移が有用となる |
皮膚ツルゴールは広く知られた所見ですが、高齢者では皮膚の弾性低下や浮腫、低栄養の影響を受けます。そのため、手背の皮膚所見のみで脱水の有無を決めず、腋窩・口腔粘膜の乾燥、尿量、血圧、脈拍、体重、意識状態などの複数所見を統合することが大切です。
急性疾患や暑熱環境においては、普段との比較がとくに重要です。例えば、通常は自力で食事を完食し会話も保たれている患者が、半日程度で食事摂取量の低下、会話量減少、排尿減少、立位時のふらつきを示した場合、目立つ口渇の訴えがなくても脱水症を積極的に疑います。
日本老年医学会:一般救護者用 災害時高齢者医療マニュアル
高齢者の脱水症では、意識状態、循環動態、経口摂取の可否を優先して評価します。意識障害、呼びかけへの反応低下、けいれん、ショックを疑う血圧低下、著しい頻脈、呼吸苦、持続する嘔吐、血便・黒色便、尿がほとんど出ない状態がある場合は、経口補水のみで様子を見るのではなく、速やかに医師への連絡、救急受診の検討、必要時の救急要請につなげる必要があります。
とくに、嚥下障害や意識低下がある人に飲水を促すことは、誤嚥や窒息の危険につながります。本人が安全に嚥下できる状態かを確認せずに、水や経口補水液を無理に飲ませないことが重要です。飲水困難、嘔吐持続、循環不全、意識障害を伴う場合には、静脈路確保や輸液を含む医療的介入が必要となることがあります。
脱水によるせん妄や意識変容は、感染症、低血糖、脳血管障害、薬剤性、電解質異常などと症状が重なります。「暑い日だったから脱水だろう」と単純化せず、発症時刻、バイタルサイン、血糖、服薬、排泄、感染徴候、神経学的異常を確認し、必要に応じて鑑別を進めます。
高齢者では高張性脱水、低張性脱水、等張性脱水のいずれも起こりえます。水分不足が主体で高ナトリウム血症を伴う場合もあれば、嘔吐・下痢・利尿薬などでナトリウム喪失が目立つ場合もあります。脱水の型や腎機能、心機能、血清電解質により補正方法は異なるため、医療者は漫然とした補水ではなく、検査値と臨床経過に基づく評価を行います。
初期評価では、まずABCDEの観点から気道、呼吸、循環、意識を確認し、体温、脈拍、血圧、呼吸数、SpO2、必要に応じて血糖を測定します。そのうえで、普段のバイタルサイン、基礎疾患、飲水量、食事量、尿量、排便状況、発熱、発汗、嘔吐、下痢、服薬内容を聴取・記録します。利尿薬、SGLT2阻害薬、下剤、抗精神病薬、抗コリン薬などは、体液バランスや口渇、排泄行動に影響しうるため、確認が欠かせません。
経口摂取が可能で、意識が清明であり、嘔吐や嚥下障害がなく、循環不全を示唆する所見が乏しい場合には、少量を頻回に補水する方法が基本です。発汗、下痢、嘔吐などで水分と電解質の喪失が考えられる場合、状況によっては経口補水液が選択肢となります。ただし、腎機能障害、心不全、厳格な水分・塩分制限が必要な患者では、自己判断での多量摂取を避け、主治医または担当医療職の指示に従う必要があります。
入院、施設、在宅療養のいずれでも、評価を一度きりで終わらせないことが重要です。飲水後に意識や循環状態が改善するか、尿が出るか、嘔吐が再発しないか、バイタルサインが安定するかを経時的に確認します。症状が改善しない場合、摂取不能となった場合、尿量低下や意識変容が続く場合は、再評価と医師への報告を速やかに行います。
臨床検査では、血清ナトリウム、カリウム、塩素、BUN、クレアチニン、血糖、血清浸透圧、血液ガス、尿比重、尿浸透圧などが、原因や重症度の把握に役立つことがあります。ただし、検査値のみで脱水症の有無を確定するのではなく、身体診察、摂取・排泄状況、体重変化、循環所見と併せて総合的に判断します。
高齢者の脱水予防では、「のどが渇いたら飲む」だけに頼らず、飲水の機会を生活スケジュールに組み込むことが有効です。起床時、服薬時、食前後、入浴前後、リハビリテーション前後、就寝前などに、本人の嚥下機能や心・腎機能に応じた飲水計画を設けます。食事に含まれる水分も水分摂取量の一部として捉え、汁物、ゼリー、果物、やわらかい副菜など、個別の食形態に合わせた工夫も検討します。
飲水量の目標は、年齢だけで一律には決められません。体格、活動量、気温、発熱、発汗、食事内容、腎機能、心不全の有無、医師からの水分制限などにより適切量が変わります。医療従事者は、既往歴や治療方針を踏まえて個別目標を共有し、「水分を多く摂るほどよい」という単純な説明を避ける必要があります。
施設や訪問看護では、摂取量と排泄量を記録するだけでなく、飲めなかった理由を記録することが再発予防につながります。例えば、嚥下時のむせ、手の届かない場所への飲料配置、好みでない飲み物、トイレへの不安、介助者不足、認知症による飲水忘れ、夜間頻尿への懸念など、原因は多様です。原因に応じて、コップの形状変更、飲料の温度・味の調整、少量容器の活用、トイレ動線の整備、声かけのタイミング変更などを行います。