「行動障害」は、医療・福祉・教育の現場で広く用いられる一方、単一の疾患名や診断名として一律に扱える言葉ではありません。本人または周囲の安全、健康、生活、対人関係、社会参加に大きな支障を及ぼしうる行動が、頻回、持続的、あるいは強い強度で生じる状態を指して用いられます。したがって医療従事者は、目の前の行動を単に「問題行動」「困った行動」とラベリングするのではなく、本人が置かれた状況に対する表出、すなわち支援ニーズのサインとして捉える必要があります。
とりわけ障害福祉領域でいう「強度行動障害」は、激しい自傷、他害、異食、危険な飛び出し、器物破損、長時間続く激しい泣きや興奮などが著しく高い頻度で起こり、特別に配慮された支援を要する状態です。厚生労働省は、これを本人の健康を損ねる行動や周囲の生活に影響を及ぼす行動が高頻度に生じるため、特別な支援が必要になっている状態として説明しています。すなわち、強度行動障害は「その人の人格」ではなく、支援体制を要する生活上の状態像です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000995582.pdf
行動の背景は一つに決めつけられません。知的障害や自閉スペクトラム症の特性、精神疾患、認知症、せん妄、脳器質性疾患、疼痛、便秘、睡眠障害、てんかん、薬剤性アカシジア、感覚過敏、コミュニケーションの困難、予測不能な環境変化などが重なり得ます。新規出現、急な悪化、時間帯や場面の偏りがある場合には、心理社会的な要因に先行して身体疾患、急性精神症状、薬剤影響、虐待・不適切ケアの可能性を含めて評価する姿勢が重要です。
行動障害の種類を整理する目的は、本人を分類することではありません。安全上のリスク、緊急性、必要な診察や検査、環境調整、支援方法を検討しやすくすることにあります。複数の行動が同時にみられる場合も多く、「自傷だけ」「こだわりだけ」と切り離して理解すると、行動の機能や誘因を見誤るおそれがあります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 自傷行為 | 頭部を打つ、顔面を叩く、皮膚を掻き壊す、咬む、眼球周囲を押すなど、自らの身体を傷つける行動 | 疼痛、感覚刺激、要求伝達、回避、常同行動、急性精神症状などを検討する |
| 他害行為 | 叩く、蹴る、噛みつく、引っ掻く、頭突き、つばを吐く、威嚇するなど、他者への危害につながる行動 | 対象者、直前の働きかけ、距離、環境刺激、被害の程度を具体的に記録する |
| 破壊行為 | 家具や窓、壁、所持品、衣類などを壊す、投げる、荒らす行動 | 本人・周囲の受傷、飛散物、二次的な退去や孤立のリスクも評価する |
| 異食・危険な摂食行動 | 食品ではない物を口に入れる、飲み込む、過食、窒息や中毒につながる摂食行動 | 消化管症状、鉄欠乏、口腔内問題、薬物誤飲リスク、保管環境を確認する |
| 多動・飛び出し | 落ち着かず移動し続ける、交通路や高所へ急に向かう、居室外へ離脱する行動 | 転倒、交通外傷、行方不明の危険と、活動量を調整する環境設計が課題となる |
| こだわり・儀式的行動 | 順序、物の位置、人、場所、時刻、予定の固定を強く求め、変更時に激しく混乱する状態 | 予告、視覚支援、選択肢の提示、段階的変更が有効な場合がある |
| 睡眠の乱れ・激しい興奮 | 昼夜逆転、夜間覚醒、長時間の泣き叫び、うなり、パニック、著しい不穏 | せん妄、躁状態、精神病症状、疼痛、便秘、睡眠時無呼吸、薬剤影響を除外する |
強度行動障害の説明では、自傷、異食、危険な飛び出し、他害、物を壊す行動、長時間続く激しい泣きなどが例示されています。また、過去の厚生労働省調査資料では、直接的他害、間接的他害、同一性保持への強いこだわり、多動、うなり、飛び出し、器物破損、自傷などが整理されています。
なお、同じ「大声」でも、疼痛を訴える代替手段である場合、要求が通らないことへの抗議である場合、予測不能な場面への不安である場合、幻覚妄想やせん妄に伴う興奮である場合があります。見た目の行動形式だけでは原因も介入法も判断できないため、行動の前後関係を含む評価が不可欠です。
医療機関、施設、訪問診療、外来のいずれでも、初期対応では安全の確保と情報の構造化を同時に行います。最初に、本人、家族、同室者、職員への切迫した危険があるかを確認し、受傷時には必要な救急対応を優先します。そのうえで、行動を抽象語で記録せず、「右手で自分の側頭部を壁に3回打ちつけた」「スタッフの前腕を噛み、皮膚損傷があった」のように、観察可能な形で記載します。
行動の理解には、ABC分析が実用的です。Aは先行事象であり、予定変更、待機、騒音、特定の声かけ、要求の提示、空腹、排便前後、照明、混雑などを指します。Bは行動そのもので、行動の形、持続時間、回数、強度、対象、危険性を記録します。Cは結果であり、要求が取り下げられた、注目が集まった、静かな場所へ移れた、好みの物が得られた、疼痛刺激が変化したなどを確認します。ABCは「本人が意図的に周囲を操作している」と決めつける枠組みではなく、行動が続く条件を理解し、予防的支援に結び付けるための記録法です。
評価では「なぜ起きたか」を早急に単一要因へ還元しないことが重要です。たとえば、採血や診察を拒むように見える行動でも、針への恐怖だけでなく、待機時間の長さ、見通しのなさ、説明が理解しにくいこと、感覚過敏、前回の痛みの記憶、空腹、周囲の騒音が重なっていることがあります。身体症状の確認、環境面の観察、本人の意思を補う支援を並行させることで、必要以上の身体拘束や鎮静的な介入を避けやすくなります。
厚生労働省「強度行動障害とは」
「行動障害」と「強度行動障害」は同義ではありません。前者は広い臨床・支援上の表現として用いられ、後者は著しい頻度や強度の行動により、特別に配慮された支援を必要とする状態を示す行政・福祉上の概念です。強度行動障害は、診断名そのものではなく、本人の暮らしと支援体制に着目した状態像として理解する必要があります。
障害福祉サービスにおける評価では、行動関連項目を用いた判定が運用されます。厚生労働省の資料では、強度行動障害判定基準表に基づいて評価し、24点中10点以上の人に対して手厚い支援が提供されることが示されています。一方で、点数のみを臨床診断、入院適応、危険性の唯一の根拠として扱うことは適切ではありません。評価点は支援ニーズを把握する入口であり、実際の介入では生活環境、身体・精神状態、コミュニケーション特性、家族・事業所の支援力を総合的に見る必要があります。
医療従事者にとって重要なのは、福祉制度上の判定に必要な情報を過不足なく提供しながら、医学的評価を独立して行うことです。たとえば「自傷がある」という情報に対しては、発生部位、受傷程度、頻度、誘因、疼痛の有無、睡眠・排便との関連、発作や意識変容、精神症状、既存の支援計画、これまで有効だった対応を診療録に残します。このような情報は、主治医意見書、サービス等利用計画、個別支援計画、退院支援、地域移行支援における共通言語になります。
また、医療と福祉では「危機」の見え方が異なることがあります。救急外来では他害や興奮の急性期対応が優先される一方、居宅や通所先では、睡眠の乱れ、予定変更時の混乱、入浴拒否、外出時の飛び出しなど、日常的に蓄積する困難が重大な課題となります。診察室で行動が落ち着いて見えたとしても、生活場面の情報を軽視せず、家族・事業所の記録を診療に取り込むことが重要です。
行動障害への支援の中心は、行動を力で止めることではなく、本人が安全に生活し、意思や不快を別の方法で表現できる条件を整えることです。医療者は、身体疾患や精神症状の診断・治療、薬剤評価、睡眠・栄養・排泄への介入を担うと同時に、福祉支援者が実行できる具体的な支援方針に落とし込む役割を持ちます。
予防的支援では、まず本人にとって理解しやすい見通しを用意します。予定表、写真、絵、文字、実物、タイマーなどを使い、何をするか、どの順番か、いつ終わるか、変更があるかを事前に伝えます。次に、感覚過敏や疲労を考慮し、待機場所、照明、騒音、動線、混雑、スタッフ数、休憩の取り方を調整します。要求や拒否を伝える代替コミュニケーションが乏しい場合には、カード、指差し、選択肢、AAC、ジェスチャーなど、本人が使える方法を整備します。
薬物療法は、併存する精神疾患、睡眠障害、てんかん、疼痛、アカシジアなどの医学的問題に応じて検討されるべきであり、「支援上扱いにくいから鎮静する」という目的での漫然投与は避けるべきです。投薬を行う場合は、標的症状、開始前のベースライン、期待する効果、有害事象、見直し時期を明確にし、家族・支援者と共有します。行動頻度が減ったとしても、活動性、意思表出、食事、水分、睡眠、転倒、便秘、日中の覚醒度が悪化していないかを確認する必要があります。
危機場面では、刺激を減らし、短く一貫した言葉で伝え、必要以上に多人数で囲まないことが原則です。安全な距離を確保し、逃げ道を残し、危険物を除去し、本人が落ち着ける場所や信頼関係のある支援者を活用します。身体拘束・隔離・緊急投薬などの制限的介入は、切迫性、非代替性、一時性を慎重に検討し、最小限かつ短時間にとどめ、実施理由、開始・終了時刻、観察内容、解除に向けた条件を記録します。危機後には、本人の回復を支えるとともに、責めるためではなく再発予防のために経過を振り返り、支援計画を更新します。
厚生労働省は、強度行動障害を有する人について、特性に適した環境調整や支援が行われない場合に生活上の困難が深刻化しうることを示しています。医療機関だけで完結させず、相談支援専門員、訪問看護、障害福祉サービス事業所、学校、家族、自治体と情報をつなぎ、本人の暮らし全体を支える体制を構築することが、行動の重症化予防と権利擁護の両面で重要です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/001001553.pdf