一般に「過食症」と呼ばれる状態には、神経性過食症(bulimia nervosa)とむちゃ食い障害(binge-eating disorder)が含まれて語られることがあります。しかし、両者は代償行動の有無をはじめ、診断・身体リスク・治療上の着眼点が異なります。神経性過食症では、反復するむちゃ食いに加え、自己誘発嘔吐、下剤・利尿薬の乱用、絶食、過度な運動など、体重増加を防ぐための不適切な代償行動がみられます。一方、むちゃ食い障害では過食後の代償行動が持続的にみられない点が重要です。
うつ病は、抑うつ気分または興味・喜びの喪失を中核に、睡眠、食欲、精神運動、易疲労性、集中力、自己評価、希死念慮などの変化を伴う疾患です。過食症の患者では抑うつ症状がしばしば認められますが、「過食があるからうつ病」「落ち込んでいるからすべてうつ病」と短絡的に判断することは適切ではありません。栄養摂取の乱れ、睡眠障害、自己嫌悪、対人回避、代償行動に伴う身体的不調によっても、抑うつに似た症状が増幅されるためです。
臨床では、過食行動、代償行動、体重・体型に関する認知、食行動のコントロール感、気分症状、自傷・自殺念慮、物質使用、月経・妊娠の状況、身体所見を横断的に確認します。過食症とうつは一方向の因果関係ではなく、抑うつが過食を誘発し、過食後の恥や罪悪感がさらに抑うつを強める循環として理解することが、患者支援の出発点になります。
NICE:Eating disorders: recognition and treatment
過食症の発症を単一の出来事や性格だけで説明することはできません。素因と環境因子、認知・感情調整の特徴、食事制限や体重へのこだわりが複雑に重なり、発症後は過食と代償行動そのものが症状を維持します。患者が「意志が弱い」「食べることを止められない自分がだめだ」と語ることがありますが、責める枠組みは羞恥と秘密化を強め、受診・治療継続の妨げになり得ます。
とくに神経性過食症では、厳格な食事制限や「食べてはいけない食品」の設定が、空腹や心理的剥奪感を強め、過食を誘発することがあります。過食後に嘔吐や絶食で帳尻を合わせようとすると、一時的に不安が軽減したように感じられても、代償行動が強化され、次の制限と過食につながる悪循環が形成されます。医療者は、体重だけではなく、この循環のどこに患者固有の誘因と維持因子があるかを丁寧に言語化する必要があります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 生物学的要因 | 家族集積、気分・不安症状への脆弱性、食欲・報酬系やストレス反応の個人差などが関与し得る | 単一遺伝子や単一神経伝達物質で説明できる疾患ではない |
| 心理的要因 | 低い自己評価、完璧主義、感情調整の困難、衝動性、失敗への過敏さ、身体像のゆがみ | 過食が苦痛な感情から一時的に逃れる手段となる場合がある |
| 食行動の要因 | 極端な制限、欠食、不規則な食事、体重への過度なこだわり、禁止食品の設定 | 制限と過食・代償行動の循環を評価する |
| 社会・対人要因 | いじめ、体型に関する批判、家族・職場・学校のストレス、孤立、トラウマ体験 | 原因と断定せず、患者の語りに沿って影響を把握する |
| 併存精神疾患 | うつ病、不安症、強迫症、PTSD、アルコール・薬物使用症、人格特性の問題など | 症状の重症度と治療優先度を個別に判断する |
診察では、「何を食べたか」だけでなく、「その直前に何があったか」「どのような感情や身体感覚があったか」「過食後に何をしたか」「一時的に何が軽くなり、その後に何が残ったか」を確認すると、機能分析につながります。食事内容の聴取が監視や叱責と受け取られないよう、患者が抱える苦痛と対処努力を認める姿勢が重要です。
抑うつ状態では、悲哀感、無価値感、無力感、焦燥、孤独感、イライラ、睡眠の乱れなどが持続し得ます。こうした感情を言葉にしたり他者に助けを求めたりすることが難しい場合、食べる行為が短時間の気分転換、感情の麻痺、緊張の緩和、自己処罰などの機能を果たすことがあります。患者は過食を「空腹ではないのに止められない」「食べている間だけ考えずに済む」と表現することがあります。
また、うつ病では食欲・体重の変化がみられることがありますが、うつ病に伴う食欲増加と、主観的なコントロール喪失を伴う反復性のむちゃ食いは区別して把握します。短時間に多量を摂取すること、食べる速度が速いこと、苦しいほど食べること、空腹でなくても食べること、ひとりで隠れて食べること、食後に強い嫌悪感や罪悪感を抱くことなどは、むちゃ食いの評価に有用な情報です。
逆方向の影響も重要です。過食や嘔吐を隠し続ける負担、金銭的問題、対人関係の回避、歯や消化器症状への不安、体重・体型への強い自己批判は、抑うつを深化させます。とくに「また失敗した」「自分には治せない」という認知は再発リスクに関わるため、症状を道徳的失敗として扱わず、治療可能な疾患の一部として再構成する支援が求められます。
摂食障害の患者において、著明な抑うつ症状や強迫症状などの精神科的併存症のため入院の可能性が高い場合は、精神科病床のある医療機関での通院が望ましいとする国内の連携指針があります。また、摂食障害と他の精神疾患を併存する外来患者では、可能な範囲で同一の診療機関・チームが並行して治療を担うことが適切とされています。
参考)https://edcenter.ncnp.go.jp/edportal_pro/pdf/medical_cooperation_01.pdf
摂食障害全国支援センター:精神科領域における摂食障害の連携指針
神経性過食症では、外見上の体重が標準域であっても、嘔吐、下剤・利尿薬の乱用、脱水、低栄養、過度な運動などにより重大な身体合併症が起こり得ます。「痩せていないから重症ではない」という判断は危険です。嘔吐や下剤・利尿薬の使用は、低カリウム血症を含む電解質異常、代謝性アルカローシスまたはアシドーシス、腎機能障害、不整脈のリスクに結び付きます。
初診・再診時には、バイタルサイン、体重変化の速度、脱水所見、起立時症状、胸痛・動悸・失神、筋力低下、浮腫、腹痛・吐血、便通異常、月経や妊娠の状況を確認します。必要に応じて、血算、電解質、腎機能、肝機能、血糖、リン、マグネシウム、カルシウム、尿検査、心電図などを組み合わせます。検査値が一度正常でも、代償行動が継続していれば経時的な再評価が必要です。
救急対応や入院を含む高次医療への迅速な紹介を検討すべき状況には、失神、胸痛、持続する動悸、意識障害、けいれん、重度の脱水、吐血、強い腹痛、著明な電解質異常、不整脈、急速な状態悪化、自殺の切迫性などがあります。患者が症状を過小評価したり隠したりすることもあるため、本人の申告だけに依存せず、客観的所見とリスク因子を総合して判断します。
身体的評価は、摂食障害の治療を「体重を増減させること」だけに矮小化しないためにも重要です。安全確保のための検査・補液・内科的介入と、過食・代償行動を維持する心理社会的要因への治療を分断せず、精神科、心療内科、内科、歯科、管理栄養士、看護師、心理職などが連携できる体制を整えます。NICEは、摂食障害の治療において身体的健康と精神的併存症を評価・管理し、身体状態が著しく損なわれている場合には入院またはデイ患者治療を検討することを示しています。
参考)Overview
過食症とうつが併存する場合でも、治療は「抗うつ薬だけで気分を改善すれば過食も消える」と単純化できません。神経性過食症では、規則的な食事パターンの回復、極端な食事制限の修正、体重・体型に関する過度な自己評価への介入、感情や対人関係への対処スキルの獲得、再発予防を含む、摂食障害に焦点を当てた心理療法が基本になります。
NICEでは、成人の神経性過食症に対して、神経性過食症に焦点を当てたガイド付きセルフヘルプを第一段階として考慮し、受け入れられない場合、禁忌の場合、または4週間で効果不十分な場合には、個人CBT-EDを検討するよう推奨しています。個人CBT-EDは通常20週間で最大20セッションとされ、初期には治療への参加と教育、規則的な食事パターンの確立を重視し、その後、厳格な食事制限、体重・体型への懸念、苦痛な思考・感情に反応した過食傾向に取り組みます。
参考)https://www.nice.org.uk/guidance/ng69/resources/eating-disorders-recognition-and-treatment-pdf-1837582159813
薬物療法は、併存するうつ病、不安症、強迫症状などに対して検討されることがあります。また、過食・嘔吐の頻度低減を目的として抗うつ薬が用いられる場合もありますが、薬物療法を神経性過食症の唯一の治療として提供すべきではありません。NICEも、神経性過食症に対して薬物を単独治療として用いないよう示しています。 国内の厚生労働省資料でも、過食症ではカウンセリングを行いながら規則正しい食生活に戻すことを目標とし、抗うつ薬が使われることがあるとされています。
医療従事者が薬物療法を支援する際は、処方薬への期待を適切に調整するとともに、服薬アドヒアランス、過量服薬の危険、嘔吐による吸収不確実性、下剤・利尿薬・市販薬を含む併用、電解質異常や心電図異常の有無を評価します。抑うつ症状が強くても、過食・代償行動、食事制限、身体リスク、自殺リスクを毎回の診療で再確認し、治療の優先順位を柔軟に見直すことが重要です。
患者への声かけでは、「過食をやめられないことは、怠けや意志の問題ではありません」「気分のつらさと食行動は影響し合うため、両方を一緒に扱っていきましょう」「症状を隠さず話せること自体が回復に向けた大切な一歩です」といった、羞恥を減らし治療同盟を支える表現が役立ちます。体重や検査値の改善だけでなく、過食・代償行動へのとらわれの軽減、気分の安定、生活機能、対人関係、再発時の早期相談行動までを回復指標として共有することが、長期的な支援につながるでしょうか?