長生堂製薬の川内工場は、同社が運営するセフェム系抗生物質製剤専用の製造拠点として、国内において重要な役割を担っています 。同工場は徳島県徳島市川内町加賀須野463番地に位置し、2001年の稼動開始以来、一貫してセフェム系抗菌薬の製造に特化した運営を行ってきました 。
特筆すべきは、この工場が「セフェム系抗生物質製剤専用工場」として設計・運営されている点です 。これは、異なる活性成分の交叉汚染リスクを徹底的に排除するための戦略的な設備配置であり、特に抗菌薬のような慎重な製造管理が求められる製品群において、品質保証の観点から極めて合理的なアプローチと言えます。
川内工場が製造する主な剤形には以下のものがあります :
参考)https://www.choseido.com/manufacture/
これらの製造ラインを有する川内工場は、国内のセフェム系抗生物質製剤市場においてトップシェアを維持しており 、長生堂製薬の主力生産拠点として機能しています。また、同工場は受託製造(CMO)にも対応しており、他の製薬企業からの委託を受けてセフェム系抗生物質製剤の製造を行っています 。

川内工場の製造ラインは、セフェム系抗生物質という特定の製品カテゴリーに最適化された設計がなされています。この専用化により、以下のような製造上のメリットが得られます。
まず第一に、交叉汚染リスクの最小化が挙げられます。セフェム系化合物はβ-ラクタム系抗生物質に分類され、ペニシリン系など他の抗菌薬との交叉反応性や、製造設備への残留による汚染リスクが懸念されます 。専用工場として運営することで、これらのリスクを構造的に回避できる設計となっています。
参考)https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=78084
第二に、製造プロセスの標準化と効率化です。セフェム系抗生物質は化学構造が類似しているため、製造工程(混合、造粒、乾燥、打錠、カプセル充填など)を共通化しやすくなります。これにより、バリデーションの効率化や、製造担当者への教育訓練の標準化が可能となります。
第三に、品質管理の専門化です。セフェム系抗生物質に特化した分析手法(高速液体クロマトグラフィーによる純度試験、溶出試験、微生物試験など)を確立し、品質保証部門の専門性を高めることができます。
実際の製造フローは以下の通りです :
1. 原料受入・保管:活性医薬成分(API)および添加剤の受入検査
2. 調合・混合:所定の配合比率で原料を混合
3. 造粒:湿式造粒または乾式造粒による顆粒化
4. 乾燥:流動層乾燥機などによる水分調整
5. 整粒:粒度分布の調整
6. 打錠またはカプセル充填:錠剤またはカプセル剤の成形
7. 包装:アルミパック、PTP、瓶詰めなど
8. 出荷前検査:品質規格適合の確認
この一連の工程において、各ステップで製造指図書に基づく厳格な管理が行われ、製造記録が適切に保管されます。
川内工場は、長生堂製薬の自社製品だけでなく、他社からの受託製造(CMO:Contract Manufacturing Organization)にも対応しています 。これは、同工場が有するセフェム系抗生物質製造の専門性と、余剰製造能力を有効活用する戦略です。
受託製造のメリットとしては、委託企業側にとって以下のような点が挙げられます。
長生堂製薬は、受託製造において「高い品質と緊密なパートナーシップで委託企業さまへの貢献を果たします」と明言しており 、GMP基準に準拠した製造管理体制を提供しています。
受託製造に対応可能な剤形は、前述の通り粉粒剤、錠剤、カプセル剤など多岐にわたり 、委託企業のニーズに応じた柔軟な製造が可能です。また、2001年の稼動以来、多くの製薬企業からの要望に応えながら、多数の受託製造実績を積み上げてきました 。
2024年5月、長生堂製薬の川内工場において製造管理上の不備が発覚し、同工場での製品出荷および製造停止の措置が講じられました 。その後、2025年3月27日には徳島県より、医薬品医療機器等法に基づく行政処分(32日間の業務停止命令および業務改善命令)が下されました 。
この行政処分は、川内工場で製造される経口用セフェム系抗生物質製剤について、医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(GMP省令)に基づく製造・品質関連業務を適切に行わなかったことが主な理由です 。
参考)当社グループ会社(長生堂製薬株式会社)に対する行政処分に関す…
具体的には、以下のようなGMP省令違反が指摘されています :
① 承認事項を遵守した製造を実施しなかった
② 実効性のある医薬品品質システムを構築せず、品質方針及び品質目標を達成するため、必要な資源を配分するとともに、定期的に医薬品品質システムを照査し、その結果に基づいて所要の措置を講じていなかった
③ 医薬品製造管理者が業務を行うに当たって支障を生ずる状況であった
④ 製造・品質関連業務を適正かつ円滑に実施しうる能力を有する責任者を含む人員を十分に確保していなかった
⑤ 検証された手順と異なる手順で製造設備を清掃していた
⑥ 製造指図書に記載されている製造条件や手順と異なる方法で製造していた
⑦ 虚偽の製造指図書及び製造記録を作成し、製造管理の結果を適切に品質保証部門に報告しなかった
⑧ 製造管理の結果が適切でなかったにもかかわらず、製造所から製品を出荷していた
⑨ 製造手順等について、製品の品質に大きな影響を及ぼすおそれがある変更を行っていたにもかかわらず、バリデーションをはじめ、必要な業務を行っていなかった
⑩ 製造手順等からの逸脱が生じていたにもかかわらず、その内容を記録せず、必要な業務を行っていなかった
⑪ 教育訓練の実効性を定期的に評価し、必要に応じて改善を図っていなかった
これらの違反項目は、GMPの基本的な原則である「文書化された手順の遵守」「逸脱の適切な記録と報告」「品質保証部門への適切な情報共有」「製造管理者の監督責任」など、医薬品製造の根幹に関わる事項に及んでいます。
GMP違反の中心的な問題は、「承認書に記載のない打錠用粉末の追加乾燥」の実施でした 。これは、経口用セフェム系抗生物質製剤(具体的にはセフジニル錠100mg「サワイ」など)を製造する際、承認申請時に提出した製造方法とは異なる工程を追加していたというものです 。
参考)長生堂製薬、徳島・川内工場で製造に不備「自主回収の要否検討」…
医薬品の製造において、承認書に記載された製造方法は法的拘束力を持ち、これを変更する場合には変更承認申請が必要です。承認書に記載のない工程を追加することは、薬機法(旧薬事法)およびGMP省令に明確に違反する行為です。
なぜ追加乾燥が問題となったのでしょうか。乾燥工程は、製剤の水分含量、結晶形、溶出特性、安定性などに直接影響を与える重要な工程です。承認時に想定されていない乾燥工程を追加することで、以下のリスクが懸念されます。
長生堂製薬は、これらの不備について従業員からの報告を受けて社内調査を実施し、製造工程において承認書に記載のない打錠用粉末の追加乾燥を行っていたほか、逸脱処理を適切に実施していない不備が判明したと公表しました 。
同社は、「これまでに製造された製品は品質試験に適合しており、健康被害のリスクは極めて低い」と判断していますが 、GMPの観点からは製造手順からの逸脱そのものが重大な違反となります。
GMP違反のもう一つの重大な点は、「虚偽の製造指図書及び製造記録を作成し、製造管理の結果を適切に品質保証部門に報告しなかった」ことです 。これは、GMPの基本的な原則である「データの完全性(Data Integrity)」および「品質保証部門への適切な情報共有」に反する行為です。
製造記録は、製品が承認された製造方法に従って製造されたことを証明する重要な文書です。虚偽の記録を作成することは、製品のトレーサビリティを損ない、万一の品質問題発生時の原因究明を困難にします。
また、製造管理の結果を品質保証部門に適切に報告しないことは、品質保証部門が製品の出荷可否を判断する上で必要な情報を欠くことになり、GMPが求める「品質保証部門による独立した出荷承認」の機能を阻害します。
徳島県は行政処分において、「医薬品製造管理者は製造所の従業者への監督や製造所の構造設備及び医薬品、その他の物品の管理を適切に行わず、必要な注意を払わなかった」と強調しています 。これは、製造管理者の監督責任が十分に果たされていなかったことを示唆しています。
さらに、「製造・品質関連業務を適正かつ円滑に実施しうる能力を有する責任者を含む人員を十分に確保していなかった」との指摘もあり 、人員体制の不備も違反の一因となった可能性があります。
実は、川内工場のGMP違反は今回が初めてではありません。2021年10月にも薬機法違反による業務改善命令を受けており、その改善策を推進中であったにも関わらず、2024年5月に再度製造管理上の不備が発覚しました 。
参考)https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=80345
2021年の業務改善命令後、長生堂製薬は業務改善計画に基づき業務改善を推進していましたが、2024年の不備発覚時に「改善の取り組みが不十分であることが確認された」とされています 。これは、前回の改善策が実効性を伴っていなかった、あるいは組織文化としてのGMP遵守が浸透していなかった可能性を示唆しています。
参考)https://www.choseido.com/news/pdf/240524.pdf
この再発防止策の不十分さについて、長生堂製薬は2024年5月24日の公表において、「改善の取り組みが不十分であることが確認されたため、業務改善計画に基づく業務改善施策の強化に向けて検討を開始いたしました」と報告しています 。
その後、2025年3月の行政処分を受け、長生堂製薬は改めて業務改善計画書を提出し、GMP体制の強化に取り組むことになりました 。
参考)https://www.yakuji.co.jp/entry118037.html
2025年3月の行政処分後、長生堂製薬は川内工場のGMP体制強化に向けた業務改善計画を策定し、徳島県に提出しました 。この計画書では、不正を招いた原因として「品質保証に精通する人材の少なさ」や「製造部門と品質保証部門のコミュニケーションの欠如」が指摘されており、これらの課題に対する具体的な対策が盛り込まれています 。
業務改善計画の主な内容は以下の通りです :
参考)https://www.choseido.com/news/pdf/250425_01.pdf
1. 川内工場のGMP体制変更
2. 生産計画の適正化
これらの対策は、前回の改善策の不十分さを踏まえ、より実効性のあるものとするために策定されました。
GMP体制強化の一環として、工場長および製造管理責任者の刷新が実施されました 。具体的には、工場長は生産部門担当役員が当面兼任し、製造管理責任者には本社工場の業務改善経験者を登用しました。さらに、本社工場長代理またはその経験を有する者を1人増員しています 。
この人事刷新は、川内工場の製造管理に経験と知見を持つ人材を配置し、GMP遵守のリーダーシップを強化する意図があります。本社工場での業務改善経験者を登用することで、過去の改善施策の知見を川内工場の改善に活用することが期待されます。
品質保証部門の機能強化も重要な対策です。不正を招いた原因の一つに「品質保証に精通する人材の少なさ」が指摘されており 、品質保証部門の人員体制および専門性の強化が図られています。
また、「サイトQA(Site Quality Assurance)」の設置も計画されています 。サイトQAとは、製造サイト(工場)レベルで品質保証活動を統括する機能であり、製造管理のモニタリングを強化し、GMP遵守を継続的に監視する役割を担います。
行政処分後、川内工場の製造再開には相応の時間を要する状況となりました 。長生堂製薬は2025年10月1日現在、セファクロルカプセル250mg「JG」など17品目が出荷停止になっていることを医療関係者に公表しています 。
しかし、依然として多くの品目が出荷停止の状態にあり、医療現場への供給に影響が生じています。長生堂製薬は、「再発防止に向け、弊社川内工場の改善計画に全社一丸となって取り組んで参りましたが、製造を再開するまでに相応の時間を要する状況となっており」と説明しています 。
参考)https://www.choseido.com/medical/pdf/20251001.pdf
これは、GMP体制の抜本的な見直しと、その実効性の確認に時間を要していることを示しています。品質保証部門の機能強化、人員の教育訓練、製造手順の再バリデーションなど、多くの課題に取り組む必要があるためです。
川内工場の製造停止および出荷停止は、医療現場にも影響を及ぼしています。セフェム系抗生物質は、呼吸器感染症、尿路感染症、皮膚感染症など幅広い感染症治療に使用される重要な薬剤です。
長生堂製薬が製造するセフェム系抗生物質製剤は、多くのジェネリック医薬品として医療現場に供給されており、これらの出荷停止は以下の影響を及ぼす可能性があります。
医療従事者は、出荷停止品目の情報を把握し、必要に応じて代替薬の検討を行う必要があります。長生堂製薬は、医療関係者向けに「製品供給に関するご案内」を公表しており 、出荷停止品目一覧を確認することができます。
代替薬の検討に当たっては、以下の点に留意する必要があります。
また、セフェム系抗生物質は、耐性菌の出現を防ぐために適正使用が求められる薬剤です。代替薬への切り替えに際しても、抗菌薬の適正使用の原則(適切な薬剤選択、投与量、投与期間)を遵守することが重要です。
川内工場のGMP違反および行政処分は、日本の製薬業界全体に重要な教訓を残しました。特に、以下の点が注目されます。
第一に、GMP遵守は単なる手順の遵守ではなく、組織文化として根付かせる必要があることです。2021年の業務改善命令後も再発したことは、表面的な改善策では不十分であり、組織全体の品質意識の向上が必要であることを示しています。
第二に、品質保証部門の独立性と権限の重要性です。製造部門と品質保証部門のコミュニケーションの欠如が指摘されており 、品質保証部門が製造部門から独立して、製品の出荷可否を判断できる体制が不可欠です。
第三に、データの完全性(Data Integrity)の確保です。虚偽の製造記録の作成は、GMPの根幹を揺るがす重大な違反です。電子記録の管理、アクセス制御、監査証跡の整備など、データ完全性を確保するための技術的・管理的対策が必要です。
長生堂製薬は、これらの教訓を踏まえ、「全社一丸となって」再発防止に取り組むとしています 。川内工場の製造再開が、真に持続可能なGMP体制の確立につながることを期待します。
参考リンク。
長生堂製薬 工場紹介ページ - 川内工場の概要と製造ラインの詳細情報が記載されています
徳島県 県内製薬業者に対する行政処分について - 行政処分の詳細な理由と違反内容が記載されています
長生堂製薬 業務改善計画書の提出について - GMP体制強化の具体的な対策が記載されています