
身体表現性障害という旧来の用語で語られてきた病態では、患者は明確でつらい身体症状を経験する。代表的には頭痛、胸痛、腰痛、腹痛、関節痛、四肢痛などの疼痛、悪心、嘔吐、下痢、便秘、腹部膨満感といった消化器症状、動悸、息切れ、胸部圧迫感、発汗などの自律神経症状である。しびれ、脱力、めまい、感覚異常、嚥下しにくさ、喉のつかえ感、頻尿、皮膚のかゆみなど、訴えは多彩で、複数臓器にまたがることも少なくない。
重要なのは、症状が「気のせい」ではない点である。痛み、吐き気、息苦しさなどの主観的体験は患者にとって現実であり、仕事、家事、通学、睡眠、対人関係を障害しうる。医療従事者が症状を心理的問題へ早急に還元すると、患者は否定されたと受け取り、医療機関を転々とする結果につながりやすい。
旧分類では、症状の現れ方やとらえ方により身体化障害、心気障害、疼痛性障害、自律神経機能不全などが区別されていた。例えば、診断名への強いこだわりや重大疾患への恐怖が前景に立つ場合と、診断よりも「この症状を何とかしてほしい」という治療要求が強い場合では、面接上の重点が異なる。症状の部位だけでなく、患者が症状をどう解釈し、どの程度の時間と行動を費やしているかを確認する必要がある。
身体表現性障害でみられうる消化器、循環器、泌尿器、皮膚の症状と、反復受診に至る臨床像については、時事メディカルの解説が参考になる。
時事メディカル:身体表現性障害〔しんたいひょうげんせいしょうがい〕
現在の診療・記録では、「身体表現性障害」という言葉だけで病態を固定的に理解しないことが重要である。DSM-5では、DSM-IVの身体表現性障害に相当するカテゴリーは「身体症状症および関連症群」へと改められ、代表的な診断が身体症状症(Somatic Symptom Disorder)である。
この変更には臨床的に大きな意味がある。従来は「医学的に説明できない身体症状」が強調されがちだったが、身体症状症では、身体疾患が併存していても診断対象となりうる。評価の中心は、症状の原因が完全に説明できるかどうかではなく、身体症状がつらく生活を妨げていることに加え、症状や健康への不釣り合いで持続的な思考、強い不安、過度の時間・労力という認知・感情・行動面の特徴があるかである。
| 観点 | 身体表現性障害としての旧来の理解 | 身体症状症としての現在の理解 |
|---|---|---|
| 中心となる焦点 | 説明困難な身体症状 | 身体症状による苦痛と過剰な認知・感情・行動 |
| 身体疾患の併存 | 診断上、除外が強調されやすい | 併存していても、反応が過剰なら評価対象となりうる |
| 臨床での注意点 | 「異常がない」ことに注目しやすい | 機能障害、不安、確認行動、医療利用を総合的にみる |
ただし、この枠組みは身体疾患の探索を省略する根拠ではない。新たな胸痛、労作時呼吸困難、体重減少、発熱、消化管出血、進行性の局在神経症状などがあれば、まず緊急性を含めた身体的評価を行う。既存の器質的疾患があっても、その症状への反応が不釣り合いかを評価するには、疾患活動性、治療反応、薬剤影響、生活背景を並行して確認する。
身体表現性障害から身体症状症への変更と、診断で重視される認知・感情・行動の特徴は、日本精神神経学会の解説で詳しく確認できる。
精神神経学雑誌:DSM-5における身体症状症および関連症群の解説
「検査で異常がない」と言われた経緯があっても、身体表現性障害や身体症状症を前提にして診療を始めてはならない。身体症状は時間とともに変化し、初診時には顕在化していなかった器質的疾患が後から明らかになることがある。診断は一回限りのラベルではなく、経過観察の中で更新する仮説として扱う。
特に、以下の所見や経過がある場合には、心理社会的要因の聴取と並行して、身体疾患の再評価を検討する。
また、薬剤性の症状も見落としやすい。刺激薬、甲状腺関連薬、気管支拡張薬、カフェイン、アルコール離脱などは動悸、振戦、不安、発汗を増悪させうる。抗コリン作用を持つ薬剤は口渇、便秘、排尿困難を、アカシジアを起こす薬剤は落ち着かなさや身体的不快感を生むことがある。処方薬、一般用医薬品、サプリメント、嗜好品まで含む薬剤歴の確認は、症状の「心理化」を避けるためにも欠かせない。
既往の検査結果をただ反復するのではなく、「いつ、どの症状に対して、何を除外したか」を整理して患者と共有するとよい。明確なフォローアップ計画があれば、患者は症状悪化時の相談先を理解しやすく、緊急受診と受診回避の両極端を減らしやすい。
身体表現性障害の症状を評価する際は、症状の強さと同じくらい、症状に対する解釈と行動に目を向ける。わずかな体感を「がんかもしれない」「心臓病に違いない」と受け止め、インターネット検索、脈拍や皮膚の反復確認、家族への安心の求め、救急受診、検査の要求を繰り返すことがある。一時的に安心しても、その安心が短時間で失われ、確認行動が再燃する循環が形成される。
反対に、重大な病気への恐怖から受診、検査結果の確認、身体活動を避ける患者もいる。症状が軽微またはほとんどないのに、重い病気にかかっている・かかることへのとらわれが中心である場合は、身体症状症とは異なる病気不安症を考える。病気不安症では、過剰な健康関連行動だけでなく、受診を避ける行動もありうることが臨床上の盲点となる。
問診では「痛みは10段階でいくつですか」だけに留めず、次のように具体化する。
ここでの目的は、「考えすぎ」と判定することではない。恐れている転帰を言語化し、検査・診察で確認済みの点と、今後再評価すべき変化を分けて説明することである。身体症状症では、症状が消失しなくても、症状に支配されない生活を再構築することが重要な治療目標となる。
身体表現性障害の症状に対する説明は、診断名を伝える場面だけで完結しない。「検査は正常なのでストレスです」「精神的な問題です」という二分法は、患者に身体症状の否定として伝わりやすい。一方、身体疾患だけを探索し続けて、不安を下げる目的の検査を反復すると、検査による一時的安心が確認行動を強化する場合がある。
実務では、身体と心理を対立させず、症状を増幅・持続させる要素を共同で整理する説明が有用である。例えば、「痛みや動悸は本当に起きています。睡眠不足、不安、身体への注意の集中、活動の回避は、神経系を敏感にして症状を長引かせることがあります。危険な病気の徴候は定期的に確認しながら、症状に振り回されにくい生活も一緒に取り戻しましょう」と伝える。
意外に重要なのは、医療者間で説明をそろえることである。複数診療科が関わる場合、各科が独自に「念のため」の検査や異なる病因説明を繰り返すと、患者の不確実性はむしろ増す。主治医またはコーディネーターを明確にし、身体疾患の評価範囲、検査を追加する条件、定期診療の間隔、相談先を共有する。
| 避けたい対応 | 望ましい対応 |
|---|---|
| 「異常なし」「気にしすぎ」とだけ伝える | 症状の苦痛を認め、評価済みのことと今後の方針を具体的に示す |
| 不安に応じて無計画に検査を反復する | 危険徴候と再検査の基準を決め、定期フォローを行う |
| 精神科紹介を身体疾患の否定として提示する | 症状の負担、不安、睡眠、生活機能を同時に扱うための連携と説明する |
| 症状消失のみを成功とする | 活動性、睡眠、就労・就学、受診行動、自己対処の回復も評価する |
治療は、支持的な継続診療、心理教育、認知行動療法などの心理療法、併存するうつ病・不安症・不眠への適切な介入を組み合わせる。薬物療法は身体症状症そのものを一律に薬で治すという位置づけではなく、併存精神疾患、疼痛、不眠、薬剤副作用を踏まえて個別に検討する。症状の訴えを「本物か、心理的か」という二択にしない姿勢こそが、治療同盟を保ち、不要な医療利用と見逃してはならない身体疾患の双方を減らす基盤になる。
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