
査定対象とは、医療機関または保険薬局が提出したレセプトのうち、審査支払機関が保険診療としての支払いを認めない、または請求額を減額すべきと判断した診療行為、薬剤、特定保険医療材料、加算などを指します。実務上は「査定された項目」「査定理由が付された請求項目」という意味で使われることが多い言葉です。
査定が確定すると、レセプト全体が無効になるわけではありません。問題があると判断された部分について診療報酬が減額または不支給となり、残りの認められた請求額が支払われます。したがって、査定は請求書の形式不備を直して再提出する手続きではなく、審査結果として生じる減点処理と理解する必要があります。
診療報酬の審査では、診療行為が療養担当規則、診療報酬点数表、関連通知などに照らして適切に算定されているかが確認されます。社会保険診療報酬支払基金は、医科の審査情報提供事例を公開しており、検査、画像診断、薬剤、手術などを診療項目別に確認できます。査定対象を予測する際は、単に過去の査定履歴を見るだけでなく、このような公開情報も参照することが有用です。
社会保険診療報酬支払基金:審査情報提供事例(医科)には、医科の審査で参照される事例が診療項目別に整理されています。
査定と返戻は混同されやすいものの、発生する段階と医療機関側の対応が異なります。返戻は、資格情報、記載事項、コード、請求内容の形式などに不備があり、審査を進められない場合にレセプトが差し戻される処理です。原則として、内容を修正して再請求することになります。
| 区分 | 主な発生場面 | 支払い | 基本対応 |
|---|---|---|---|
| 返戻 | 資格・記載・請求データなどの不備 | 請求全体または対象分は支払前 | 内容を修正し、再請求する |
| 査定 | 算定要件・医学的必要性などの審査 | 認められない部分が減額または不支給 | 結果を分析し、必要時は再審査請求する |
たとえば、保険資格の記載や患者情報の不整合で請求が進められない場合は返戻に該当しやすい一方、検査や投薬の必要性、併算定の可否、回数・日数の上限などが論点となる場合は査定対象となり得ます。返戻は「請求を完成させてから出し直す」課題であり、査定は「その請求が保険診療として支払われる根拠を説明できるか」という課題です。
現場では、返戻をゼロに近づける点検と、査定を減らす診療録・病名・コメントの整合性確認を分けて設計すると、原因分析がしやすくなります。両者を同じ「請求エラー」として集計すると、対策が形式点検に偏り、医学的根拠や算定根拠の改善が後回しになるおそれがあります。
査定対象になりやすいのは、算定要件を満たしていることがレセプト上または診療録上で読み取れない請求です。代表例として、病名との関連が不明瞭な検査、同一目的の検査の重複、算定回数や算定間隔の上限超過、併算定できない項目の同時請求、施設基準・人員配置・届出を前提とする加算の誤算定などがあります。
重要なのは、医学的に妥当な診療であっても、保険請求上の算定要件や記録要件を満たさなければ査定対象になり得る点です。反対に、病名を多数付与すればよいわけでもありません。病名と検査・処方・処置の関係が不自然になると、請求の説明力をむしろ下げることがあります。
検査を例にすると、「糖尿病」という傷病名だけで複数の検査を並べるのではなく、治療評価、合併症評価、症状出現、薬剤変更前後の安全性確認など、実施時点の臨床的な目的が診療録に残っているかを確認します。レセプトコメントは診療録を置き換えるものではありませんが、審査上、個別事情を伝える補助線として機能します。
査定結果に異議がある場合、保険医療機関、保険薬局、訪問看護ステーションは再審査請求を行えます。ただし、再審査請求は「減額されたので戻してほしい」と述べる手続きではなく、該当請求が算定要件と医学的必要性を満たしていたことを、客観的資料とともに示す手続きです。
支払基金では、再審査請求・取下げについて、紙の再審査等請求書のほか、オンライン請求システムを使う方法を案内しています。オンライン請求医療機関等は、原則としてオンライン請求システムによる提出が求められ、添付資料がある場合には郵送対応となることがあります。
社会保険診療報酬支払基金:再審査請求(取下げ)の方法では、請求形態別の提出先や方法を確認できます。
再審査請求を検討する前に、次の順番で確認すると判断の質が上がります。
再審査請求を行わない判断も、必ずしも消極的な対応ではありません。明確な算定誤りであれば、無理に争うよりも、同様の請求を繰り返さない仕組みを作る方が実務的です。一方、医学的必要性があり、記録も整っているのに画一的な判断で査定されたと考えられる場合は、再審査請求の意義があります。
査定対策で見落とされやすいのは、請求担当者だけに点検を集中させないことです。レセプト作成時のチェックでは、既に診療が終わり、記録も確定しているケースが少なくありません。査定対象を減らす本質は、請求月の最終点検ではなく、診療、記録、オーダー、会計、請求という流れの各段階で根拠をつなぐことにあります。
特に意外な盲点になりやすいのは、正常所見の扱いです。検査結果が正常であっても、検査前に症状・所見・リスク・治療経過から実施理由が合理的に記録されていれば、正常結果そのものが不要な検査を意味するわけではありません。結果だけで必要性を後付け評価するのではなく、検査をオーダーした時点の臨床判断を記録に残すことが重要です。
院内での実装例として、査定通知を単に「減点一覧」として保管するのではなく、月次で診療科・項目・査定理由・金額・再審査結果・再発防止策に分けて集計します。査定額が小さくても、同じ理由が複数月にわたり繰り返されれば、個人の注意不足ではなく、電子カルテのテンプレート、オーダー画面の誘導、病名登録の運用、教育不足といった構造的な問題が隠れている可能性があります。
支払基金が公開する審査情報提供事例は、すべての患者・全医療機関に一律適用される算定基準そのものではありません。しかし、地域差や個別判断が生じやすい領域で、審査の考え方を把握する材料になります。現時点で医科では診療行為87事例、薬剤335事例が公表されており、定期的な確認は査定対象の予防に役立ちます。
参考)令和8年2月25日 審査情報提供事例(医科)を追加|社会保険…
査定対象を減らすために必要なのは、過剰に萎縮して必要な診療を控えることではありません。保険診療のルールに沿って、患者ごとの医学的判断、実施内容、算定根拠を一貫して記録し、レセプトに正しく反映させることです。診療の妥当性と請求の妥当性を別々に扱わず、同じ診療プロセスの中で管理する視点が、継続的な査定対策につながります。