
医療情報の二次利用とは、診療、会計、保険請求、医療機関内での通常の管理といった一次利用とは異なる目的で、診療記録、検査値、画像、レセプト、検体情報などを研究、教育、品質改善、医薬品安全性監視、AI開発、行政施策などに活用することを指すのが一般的です。
重要なのは、「研究だから二次利用」「院内だから一次利用」と機械的に分けないことです。実際には、患者に対して公表・通知した利用目的、データの内容、利用者、外部提供の有無、加工の程度を総合して判断します。たとえば、院内の診療の質改善活動は診療関連業務として整理できる場合がありますが、同じデータを用いて外部企業と共同で予測モデルを開発する場合は、第三者提供や新たな研究利用の論点が生じます。
個人情報保護法上、個人情報取扱事業者は、原則として本人の同意なく、特定した利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱えません。医療情報は病歴、検査結果、処方歴などを含み、要配慮個人情報に該当し得るため、一般的な顧客データ以上に慎重な設計が求められます。
これらはすべて「二次利用になり得る」活動です。ただし、二次利用であることだけで直ちに違法となるわけではありません。利用目的の範囲、本人同意、研究倫理指針、加工方法、提供先の管理体制を順に確認することが実務の基本になります。
厚生労働省は、医療・介護関係事業者に対し、本人同意なしに特定した利用目的の達成に必要な範囲を超える取扱いをしてはならないことを示しています。診療データを使う前に、「取得時に何を説明していたか」を確認する工程を省略しないことが重要です。
厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」
二次利用で最も多い誤解は、「包括同意があるから何でも使える」「オプトアウトを掲示すればよい」という理解です。結論として、本人同意の有無は重要ですが、同意書の名称ではなく、患者がどの程度具体的に利用目的、対象データ、利用者、外部提供の可能性を理解できる状態だったかで評価する必要があります。
診療時の掲示や院内ホームページのプライバシーポリシーに、研究、教育、医療の質向上などが記載されていても、利用目的の合理的な関連性を超える利用や、外部への提供まで無制限に正当化するものではありません。特に、企業との共同研究、営利目的を含む解析、データベース構築、再提供を伴うプロジェクトでは、通常の診療目的との距離が大きくなります。
本人同意なしの取扱いが検討される場面では、学術研究機関等による学術研究目的、公衆衛生の向上のため特に必要で本人同意の取得が困難な場合、法令に基づく場合など、法令上の例外に該当するかを個別に検討します。しかし、「後ろ向き研究で同意取得が手間である」ことと、「本人同意を得ることが困難である」ことは同義ではありません。
| 利用場面 | 主な確認事項 | 注意点 |
|---|---|---|
| 院内の品質改善 | 既存の利用目的、実施主体、閲覧権限 | 結果を外部公表・企業提供する場合は別途検討する |
| 観察研究 | 研究倫理審査、情報公開、拒否機会 | 研究目的とデータ項目の必要最小限化を行う |
| 共同研究 | 提供先、契約、責任分界、再提供禁止 | 共同利用か第三者提供かを曖昧にしない |
| 症例報告 | 識別可能性、写真・画像、希少性 | 少数例でも組合せにより再識別され得る |
医療従事者が見落としやすいのは、データに氏名や患者IDがない場合です。年齢、性別、受診時期、希少疾患、居住地域、画像、自由記載を組み合わせると、本人を推測できることがあります。直接識別子を削除しただけで、直ちに匿名化されたと判断するのは危険です。
医療情報の二次利用では、加工の区分を正しく理解することが不可欠です。代表的な概念として、匿名加工情報と仮名加工情報があります。両者は名称が似ていますが、再識別可能性、利用目的の柔軟性、第三者提供の可否に大きな差があります。
匿名加工情報は、特定の個人を識別できないように個人情報を加工し、元の個人情報を復元できないようにした情報です。適切な加工が行われた匿名加工情報は、個人情報保護法上、本人同意なしで一定の利用・第三者提供が可能になります。ただし、加工基準の遵守、加工方法等の公表、安全管理、再識別行為の禁止などが求められます。
一方、仮名加工情報は、氏名などを置き換えることで直ちに個人を識別できないようにした情報です。対応表を保有する医療機関では、条件次第で再識別の可能性が残ります。そのため、匿名加工情報ほど自由な外部活用を前提とした制度ではありません。仮名加工情報は、主に内部分析などにおいて、利用目的変更に関する規律を一部緩和する仕組みとして理解すると実務に即しています。
意外に重要なのは、希少疾患や特殊な治療経過を扱う場合、匿名化を強めるほど研究価値が下がる点です。年齢を10歳刻みにし、日付を月単位に丸め、地域を広域化すれば再識別リスクは下げられます。しかし、有害事象の発現時期、投与量変更、受診間隔、地域差などの情報が失われ、薬剤疫学やリアルワールドデータ解析として成立しにくくなることがあります。
したがって、最初に「匿名化できるか」を問うより、「分析に必要な最小データは何か」「誰がどの環境でアクセスするか」「個票の持出しを禁止できるか」を設計する方が有用です。厚生労働省・個人情報保護委員会の資料でも、医療情報の利活用では加工形態やアクセス権に応じたリスクベースの管理が論点とされています。
個人情報保護委員会「医療情報の利活用の促進と個人情報保護」
二次利用の実務でトラブルになりやすいのが、「共同研究だから第三者提供ではない」という説明です。共同研究であっても、データの提供先が独立した法人であり、提供先が自らの目的でデータを利用するなら、第三者提供に該当する可能性を慎重に検討する必要があります。
共同利用として整理する場合には、共同利用する個人データの項目、共同利用者の範囲、利用目的、管理責任者などを、あらかじめ本人が知り得る状態に置くことが必要です。「共同研究契約を締結した」という事実だけでは、個人情報保護法上の共同利用の要件を満たしません。
また、業務委託と第三者提供も混同されがちです。医療機関が、自らの利用目的の範囲内で解析業務を委託し、委託先が医療機関の指揮監督の下でのみ情報を取り扱う場合は、委託として整理できる余地があります。ただし、委託先がデータを自社製品の学習、他社向けサービス、独自研究に使うなら、単なる委託ではありません。
外部事業者にデータを渡す前には、少なくとも次の項目を文書で確認します。
最後の「学習済みモデル」は見落とされやすい論点です。元データを削除しても、モデルが特定患者の情報を過度に記憶している可能性や、モデル出力から訓練データの属性を推測されるリスクが議論されています。医療AIの二次利用では、データそのものだけでなく、生成物、特徴量、埋め込みベクトル、評価用データセットまで管理対象に含めて設計する必要があります。
二次利用の適法性は、同意書や契約書を整備すれば完結するものではありません。医療現場においては、患者が「自分の情報が、診療以外にどのように役立てられる可能性があるか」を理解でき、疑問や拒否の意思を表明できる状態をつくることが説明責任の中心になります。
独自に意識したいのは、患者から「研究には協力したいが、特定の企業には提供してほしくない」「希少疾患のため、匿名化しても自分と分かりそうで心配だ」と相談された場合です。こうした希望は、単純な同意・不同意の二択では拾いきれません。診療を受ける権利とデータ活用への意思を切り分け、拒否しても不利益を受けないことを明確に伝える運用が信頼の基盤になります。
医療機関の担当者は、二次利用の可否を次の順番で確認すると整理しやすくなります。
二次利用を「どこまでできるか」という許容範囲の問題としてだけ捉えると、形式的な同意取得や過剰な匿名化に偏りがちです。本来は、患者の信頼を損なわずに、研究・品質改善・創薬・安全性監視に必要なデータ価値をどう維持するかという設計の問題です。医療従事者は、法務、情報システム、研究支援部門だけに任せず、臨床上の必要性と患者への説明可能性を結び付けて判断する役割を担います。
医療・介護分野の個人情報ガイダンスは改正されることがあるため、運用開始前には最新の通知・Q&A、所属機関の規程、倫理審査委員会の判断を確認してください。
厚生労働省「厚生労働分野における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス等」
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