ナタマイシンは、別名をピマリシンというポリエンマクロライド系の抗真菌性物質です。放線菌であるStreptomyces natalensisの培養により得られ、主としてかびや酵母などの真菌に対して増殖抑制作用を示します。細菌を広く抑える目的の抗菌剤とは性質が異なり、真菌の細胞膜に含まれるエルゴステロールなどのステロールとの相互作用を介して、細胞膜機能を障害すると考えられています。食品安全委員会の評価では、細胞膜にステロールを含まない一般細菌には生育阻害を示さないと整理されています。
参考)https://www.fsc.go.jp/hyouka/hy/hy-hyouka-170511-natamycin.pdf
食品領域でのナタマイシンの主要な役割は、チーズ表面におけるかび・酵母の生育を抑え、品質劣化を防ぐことです。ハードチーズやセミハードチーズでは、熟成および保管の過程で表面が外気に接するため、表面の真菌汚染が問題となり得ます。とくに、チーズ表面に有害真菌が増殖すると、外観や風味の変化に加え、状況によってはマイコトキシン産生真菌への対応が課題になります。ナタマイシンは、こうした表面の真菌制御を意図して利用される添加物です。
一方、ナタマイシンは医薬品としての側面も持ちます。日本では、角膜真菌症に対する外用の点眼液や眼軟膏として承認・使用されていると食品安全委員会資料に記載されています。この二面性があるため、「医薬品にも使われる物質なら食品には一切使うべきではない」と単純化するのではなく、食品中での用途、使用範囲、残存量、経口摂取量、安全性評価の前提を切り分けて説明することが重要です。
医療従事者が患者や一般消費者から「ナタマイシン入りのチーズは抗生物質が入っているのですか」と質問された場合には、抗真菌性の物質であること、国内では用途が厳格に限られること、食品中に無制限に添加できるものではないことを、まず簡潔に伝えると理解を得やすいでしょう。
日本の食品添加物の使用基準では、ナタマイシンは「ナチュラルチーズ(ハード及びセミハードの表面部分に限る。)」以外の食品に使用してはならないと規定されています。したがって、あらゆるチーズに使用できるわけではありません。プロセスチーズ全般、フレッシュチーズ、チーズの内部、チーズ以外の食品へ、同じ目的で自由に使用することは認められていません。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000641294.pdf
さらに、最終食品における残存量について、ナタマイシンは食品1kg当たり0.020g、すなわち20mg以上残存しないように使用しなければならないとされています。これは製造時の添加量だけでなく、流通時における最終食品中の残存量を管理対象とする規定です。現場では、「表面処理に使われる」という用途制限と、「20mg/kg未満」という残存基準を一体として把握する必要があります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 物質名 | ナタマイシン | 別名はピマリシン |
| 国内での使用対象 | ナチュラルチーズのハードおよびセミハードの表面部分 | チーズ内部や他食品への使用は認められない |
| 主な目的 | かび・酵母の生育抑制 | 表面の品質劣化・真菌増殖への対策 |
| 残存基準 | 食品1kg当たり0.020g未満 | 20mg/kg未満 |
| 適用時の考え方 | 最終製品の表面処理に限定して管理 | 使用可能食品と残存量の両方を確認する |
食品安全委員会が整理した指定時の検討資料では、海外の表面処理に関する考え方として、チーズ表面100cm2当たり1mg以下、かつチーズ表面から深さ5mmの部位で存在してはならないという条件が紹介されています。日本の現行基準を説明する際には、国内の法令・通知にある「ハードおよびセミハードの表面部分」と「20mg/kg未満」を基本にし、海外規格の数値は混同せず補足的に扱うことが安全です。
ナタマイシンの安全性を論じる際には、「検出されるか」「医薬品としても使われるか」といった単一の情報だけで結論づけないことが必要です。食品安全委員会は、毒性、遺伝毒性、発がん性、体内動態、微生物耐性、ヒトでの観察、および摂取量推計を総合して評価しています。評価資料では、ナタマイシンは消化管からほとんど吸収されず、大部分が未吸収のまま排泄されると考えられることが示されています。
同資料では、ヒトで高用量を経口投与した観察において、悪心、嘔吐、下痢などの消化管症状がみられたとの情報を踏まえ、JECFAが一日摂取許容量を体重1kg当たり0.3mg/日と設定していることが紹介されています。重要なのは、この値が「どのような量でも安全」という意味ではなく、毒性学的な根拠と安全係数に基づいて評価された健康影響の目安である点です。
食品安全委員会の国内評価では、チーズに最大20mg/kgで使用した場合、当時の国内チーズ摂取量を前提とした推計で、ナタマイシン摂取量は体重1kg当たり1日0.002mgと算定されています。この数値は評価当時の食品供給量データ等に基づく推計であり、現在の個人別摂取量を直接示すものではありません。しかし、表面処理・対象食品限定・残存基準という管理条件の下で、ADIとの比較を含めた評価が行われている点は、説明の基礎になります。
また、2024年のJECFA資料では、コーデックスの食品添加物一般規格において、ナタマイシンは複数のチーズ分類で表面処理用の保存料として認められ、最大使用量は40mg/kg、すなわち2mg/dm2相当と整理されています。ただし、これは国際規格上の情報であり、日本で流通する食品の適否判断には、日本の食品衛生法体系に基づく使用基準を優先して確認しなければなりません。
消費者がチーズの原材料表示で「ナタマイシン」を見つけた場合、まずはその製品がどのようなチーズであり、どの部位への使用が想定されるかを確認します。国内基準上、ナタマイシンはナチュラルチーズのハードおよびセミハードの表面部分に用途が限定されています。したがって、原材料表示を見ただけで不安を強めるのではなく、表示、食品分類、製造・輸入事業者の情報、必要に応じて所管行政機関の公開情報を確認する流れが現実的です。
なお、食品表示で添加物を表示する際の具体的な表記は、食品の形態、包装の有無、表示制度上の扱い、製品が国内製造品か輸入品かなどで実務上の確認点があります。「ナタマイシンが使われているはずなのに表示がない」「表示があるから違法ではないか」といった相談には、表示だけから即断しない姿勢が重要です。食品の表示ルールと使用基準は関連しますが、同じものではありません。
医療従事者が説明する際には、抗真菌薬の使用歴、真菌症治療中であること、重篤なアレルギー歴、消化器症状の有無などを個別に確認する必要がある場合があります。ただし、通常の食品摂取について、ナタマイシン含有チーズを一律に避けるべきとする根拠は、国内の使用基準と安全性評価からは導けません。治療中の疾患や薬剤に関する懸念がある場合は、主治医、薬剤師、管理栄養士などが、食品全体の摂取状況と治療内容を併せて判断することが望まれます。
説明例としては、「ナタマイシンは、チーズ表面のかびを抑えるための添加物です。日本では使用できるチーズと部位が限られ、残存量にも上限があります。医薬品にも用いられる抗真菌成分ですが、食品では限定された条件で評価・管理されています。心配な症状や治療中の病気がある場合は、個別に確認しましょう」と伝えると、過度な安心・過度な不安の双方を避けやすくなります。
ナタマイシンは抗真菌性を持つため、医療従事者にとっては耐性との関係が重要な論点です。食品安全委員会の評価では、一般に抗菌性物質には耐性を選択する可能性があるとしつつも、ナタマイシンは細菌に作用点を持たず、一般細菌やウイルスで耐性が出現して医療上の問題に発展する可能性はほとんどないと整理されています。また、食品への使用によって耐性菌の出現や他のポリエン系薬との交差耐性が医療上問題になったという報告は、評価時点で得られていないとされています。
ただし、この評価は「耐性の懸念が理論上ゼロである」ことを示すものではありません。抗真菌薬は医療上重要な薬剤群であり、食品用途では無制限の使用を避けるべきという考え方が背景にあります。そのため、日本では使用対象をハードおよびセミハードのナチュラルチーズの表面部分に限定し、最終食品での残存量にも基準を設けています。用途限定は、食品の品質保持と医療上の抗真菌薬をめぐる慎重なリスク管理を両立させるための枠組みと理解できます。
チーズに見られるかびをすべて「危険」、あるいはチーズに使われる抗真菌性添加物をすべて「不要」とみなすのも適切ではありません。チーズには製造上意図して利用される菌種もあり、表面に偶発的に増殖する真菌への対策とは区別が必要です。ナタマイシンは、チーズ全体を殺菌するためではなく、特定のチーズの外側におけるかび・酵母増殖を抑える目的で位置付けられています。
結論として、ナタマイシン チーズをめぐる説明では、「抗真菌性を持つ物質である」「国内で使える食品と部位は限定される」「残存量基準がある」「安全性評価は限定使用を前提とする」「医療用の抗真菌薬と食品添加物の議論を混同しない」という5点を軸にすることが有用です。制度や国際的な安全性評価は更新される可能性があるため、教育資料、院内掲示、患者向けコンテンツを作成・改訂する際には、厚生労働省および食品安全委員会の一次資料を確認してください。
食品安全委員会:ナタマイシンの食品健康影響評価