ケトーシスとは、脂肪酸の利用が亢進して肝臓でケトン体が産生され、血中ケトン体濃度が上昇した状態です。主なケトン体はアセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、アセトンであり、絶食、飢餓、長時間の運動、低糖質食、妊娠・授乳、感染症による摂食不良、インスリン不足など、糖質利用が相対的または絶対的に不足する状況で生じます。
重要なのは、ケトーシス自体が直ちに糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis:DKA)を意味するわけではない点です。食事制限や短期間の絶食で生じる軽度の栄養性ケトーシスでは、本人が無症状である、あるいは一過性の空腹感、軽い倦怠感、口渇、頭痛、集中しにくさなどにとどまることがあります。一方、インスリン欠乏を背景にケトン体産生が著しく亢進し、代謝性アシドーシスと脱水を伴うDKAは、速やかな診断・治療が必要な高血糖緊急症です。
したがって、「尿ケトン体が陽性」「呼気に甘いにおいがある」「吐き気がある」といった単一の所見から病態を断定するのは不適切です。症状の進展速度、糖尿病の病型・治療内容、血糖値、血中β-ヒドロキシ酪酸、静脈血ガスまたは動脈血ガス、電解質、アニオンギャップ、循環動態、意識状態を一体として判断します。DKAは、高ケトン血症と代謝性アシドーシスを伴い、悪心・嘔吐・腹痛、脱水、嗜眠、昏睡へと進展し得る病態です。
参考)糖尿病性ケトアシドーシス(DKA) - 10. 内分泌疾患と…
とくに糖尿病患者では、ケトーシスを「食べられていないための一時的な反応」と安易に扱わず、インスリン投与の中断・不足、インスリンポンプのトラブル、感染症、急性胃腸炎、急性心血管イベント、手術・外傷、薬剤、飲酒、妊娠などの誘因を系統的に確認する必要があります。
ケトン体上昇時の症状は非特異的であり、病態の軽重によって幅があります。比較的軽いケトーシスでは、食欲低下、空腹感、だるさ、頭痛、口渇、口腔乾燥、軽度の悪心、呼気のアセトン臭などがみられることがあります。ただし、こうした症状は脱水、低血糖、感染症、消化器疾患、薬剤の副作用などでも生じるため、症候だけでケトーシスの有無を診断することはできません。
DKAでは、高血糖と浸透圧利尿に伴う強い口渇、多飲、多尿、体重減少、皮膚・粘膜乾燥、頻脈、低血圧などが加わります。さらに代謝性アシドーシスの進行により、悪心、反復する嘔吐、腹痛、深く大きく速い呼吸であるKussmaul呼吸、アセトン様または果実様の呼気臭、倦怠感、傾眠、意識障害が現れます。腹痛は急性腹症と紛らわしく、腹部症状のみを根拠に外科疾患へ直行するのではなく、血糖とケトン体、酸塩基平衡を同時に確認することが重要です。
参考)https://www.jds.or.jp/uploads/files/publications/gl2024/20.pdf
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 軽度ケトーシスで起こり得る訴え | 食欲低下、軽い悪心、頭痛、口渇、倦怠感、アセトン臭 | 症状の有無だけでは重症度を判定できない |
| 高血糖・脱水を示す所見 | 口渇、多飲、多尿、体重減少、皮膚乾燥、頻脈、血圧低下 | 糖尿病患者ではDKAを念頭に評価する |
| アシドーシスを示唆する所見 | Kussmaul呼吸、悪心、嘔吐、腹痛、深い呼吸、呼気のアセトン臭 | 血液ガスと電解質を早急に確認する |
| 重症化を示す所見 | 嗜眠、錯乱、意識障害、循環不全、持続する嘔吐 | 救急対応・高次医療機関での管理を検討する |
DKAはおおむね1~2日という比較的短い経過で口渇、多飲、多尿、倦怠感、脱水、体重減少を呈し、腹痛や悪心を伴うことがあります。経過中に嘔吐が加わると、経口摂取の低下、循環血漿量減少、電解質異常が相互に悪化しやすいため、電話再診や外来トリアージの段階でも注意が必要です。
ケトーシス症状を評価する際には、尿ケトン体だけに依存しないことが重要です。尿試験紙法は主にアセト酢酸を反映し、DKAで優位となりやすいβ-ヒドロキシ酪酸を直接十分に反映しません。また、治療によりβ-ヒドロキシ酪酸がアセト酢酸へ変換される局面では、臨床的に改善していても尿ケトン体が一時的に強くみえる場合があります。可能であれば、血中β-ヒドロキシ酪酸を測定し、血液ガス・電解質と合わせて経時的に評価します。
DKAの診断では、糖代謝異常、高ケトン血症または有意な尿ケトン体陽性、代謝性アシドーシスの組み合わせを確認します。近年の国際的なコンセンサスでは、糖尿病または血糖値200 mg/dL以上、β-ヒドロキシ酪酸3.0 mmol/L以上または尿ケトン体2+以上、pH 7.3未満または重炭酸濃度18 mmol/L未満を主要な診断要素として扱っています。なお、診断閾値や重症度分類はガイドラインごとに差異があるため、各施設の採用基準と地域の診療指針に従う必要があります。
参考)https://professional.diabetes.org/sites/dpro/files/2024-12/understanding-dka.pdf
初期評価では、血糖、血中β-ヒドロキシ酪酸、静脈血または動脈血ガス、Na、K、Cl、HCO3−、BUN、クレアチニン、浸透圧、血算、尿検査を基本として、感染や急性疾患を示す所見を確認します。アニオンギャップは、Na−(Cl+HCO3−)で算出でき、増大は有機酸蓄積の評価に有用です。ただし、嘔吐、輸液、腎機能障害、呼吸性代償、混合性酸塩基異常が解釈を複雑にするため、単一の値だけで終結させない姿勢が必要です。
高アニオンギャップ代謝性アシドーシスを認めた場合は、DKA以外にも乳酸アシドーシス、腎不全、アルコール性ケトアシドーシス、飢餓性ケトアシドーシス、中毒性代謝障害などを鑑別します。糖尿病患者であっても、すべてのアシドーシスをDKAとみなすことはできません。病歴、内服・注射薬、飲酒量、栄養状態、感染徴候、腎機能、乳酸値を統合して原因を絞り込みます。
日本糖尿病学会:糖尿病における急性代謝失調・シックデイ
SGLT2阻害薬を使用している患者では、血糖値が著しく高くないにもかかわらずDKAを発症する、いわゆる正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic diabetic ketoacidosis:euDKA)に注意が必要です。尿糖排泄の増加によって高血糖が目立ちにくくなる一方、インスリン不足、相対的なグルカゴン優位、摂食量低下、脱水などが重なることで、ケトン体産生とアシドーシスが進行し得ます。
したがって、「血糖値がそれほど高くないからDKAではない」と判断するのは危険です。SGLT2阻害薬を服用中で、悪心、嘔吐、腹痛、倦怠感、食欲不振、呼吸困難感、過呼吸、脱水などがある場合は、血糖値にかかわらず血中ケトン体と酸塩基平衡を評価します。術前・周術期、絶食、低糖質摂取、感染症、発熱、下痢・嘔吐、過度の飲酒、インスリン減量・中断などはリスクを高める状況です。
患者指導では、シックデイ時に自己判断でインスリンを中止しないこと、摂食不良や嘔吐が続く場合には早めに医療機関へ連絡すること、ケトン体測定を指示されている場合にはその手順を理解しておくことが重要です。SGLT2阻害薬の休薬判断は、糖尿病病型、併用薬、血糖管理、脱水リスク、急性疾患の程度に依存するため、患者の個別事情に応じて処方医または糖尿病専門医と連携します。
また、妊娠中・授乳中、極端な糖質制限中、摂食障害、アルコール使用障害、膵疾患、インスリン分泌低下が疑われる症例では、ケトーシスへの移行リスクをより慎重に評価します。外来での「胃腸炎らしい」「食べられないだけ」といった訴えの背後に、糖代謝異常とケトン体増加が隠れていないかを確認する視点が大切です。
ケトーシス症状を訴える患者への対応では、まず生命に関わる異常を拾い上げます。意識障害、見当識障害、著しい傾眠、失神、低血圧、ショック、頻脈、呼吸数増加、Kussmaul呼吸、酸素化不良、反復性嘔吐、経口摂取不能、強い腹痛、急速な脱水、尿量減少があれば、外来で様子を見るのではなく、救急評価および入院下での対応を考慮します。DKAでは脳浮腫、循環不全、不整脈につながる電解質異常、急性腎障害などの合併症を起こし得ます。
初期対応の基本は、気道・呼吸・循環・意識状態の評価、バイタルサインの反復測定、静脈路確保、迅速な採血・尿検査、必要時の心電図モニタリングです。DKAが疑われる場合、輸液、インスリン、カリウムを中心とする電解質補正は相互に関連するため、固定的な手順を機械的に適用するのではなく、血清カリウム値、腎機能、尿量、循環状態、血糖・ケトン体の推移を監視しながら施設プロトコルに沿って実施します。
ケトーシスという言葉は、低糖質食などでみられる生理的・栄養性の状態から、生命を脅かすDKAまで幅広い病態を含みます。患者の症状を「ケトン体が出ているだけ」と矮小化せず、アシドーシス、脱水、インスリン不足、誘因、神経学的変化を見落とさないことが、適切なトリアージと早期介入につながります。