下垂体機能低下症は、下垂体または視床下部の障害によって、下垂体ホルモンの分泌が一部または複数低下し、標的臓器のホルモン不足を生じる病態である。下垂体前葉から分泌されるACTH、TSH、GH、LH、FSH、プロラクチンの低下に加え、病変の部位や広がりによっては後葉ホルモンであるバソプレシン(AVP)の障害も合併する。したがって、症状は単一の臓器疾患として現れるのではなく、副腎、甲状腺、性腺、成長・代謝、水分電解質調節に関わる異常が重なって現れうる。
臨床上は「強い疲労感」「食欲低下」「体重減少または体重増加」「抑うつ・意欲低下」「性機能低下」「月経異常」「耐寒性低下」など、日常診療で頻繁に遭遇する非特異的な訴えから見つかることがある。特に高齢者、術後患者、頭部外傷後、くも膜下出血後、頭蓋照射歴がある患者、免疫チェックポイント阻害薬の使用患者では、下垂体機能低下症を鑑別に残す視点が重要である。下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫、炎症性下垂体疾患、下垂体卒中、シーハン症候群、浸潤性疾患なども原因となる。下垂体前葉ホルモンの一部またはすべてが十分に分泌されず、末梢ホルモン欠乏を来すことが本疾患の本質である。
参考)下垂体前葉機能低下症(指定難病78) – 難病情…
また、ホルモン欠乏は同時に完成するとは限らない。腫瘍性病変や治療後の経時的変化では、ある系統の障害が先行し、後から他の分泌低下が明らかになることがある。初回評価で明確な異常が少なくても、症状の変化、画像所見、治療歴、薬剤歴を踏まえ、必要に応じて再評価を計画することが求められる。
症候の把握では、「どのホルモン軸が障害されているか」を意識して問診、診察、検査を組み立てる。ACTH欠乏による中枢性副腎不全は、生命予後に直結しうるため最優先で評価する。一方で、中枢性甲状腺機能低下症はTSHが低値とは限らず、不適切正常域のTSHと低FT4の組み合わせで疑う必要がある。性腺機能低下症、GH分泌不全、AVP欠乏も、年齢、性別、発症時期、背景疾患により表現型が異なる。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| ACTH欠乏 | 全身倦怠感、食欲低下、体重減少、悪心・嘔吐、腹痛、低血圧、低血糖、低Na血症、意識変容 | 原発性副腎不全と異なり、皮膚色素沈着や高K血症は典型的ではない。急性増悪では副腎クリーゼを疑う。 |
| TSH欠乏 | 耐寒性低下、易疲労感、徐脈、便秘、皮膚乾燥、浮腫、体重増加、認知機能低下 | TSHのみで除外しない。低FT4に対しTSHが低値または不適切正常なら中枢性を考える。 |
| LH・FSH欠乏 | 女性では無月経、月経不順、不妊、腋毛・恥毛減少、男性では性欲低下、勃起障害、精巣萎縮、不妊 | 思春期前では二次性徴遅延、成人では骨密度低下や筋量低下にも留意する。 |
| GH欠乏 | 小児では低身長・成長障害、成人では体組成悪化、筋力低下、易疲労感、QOL低下 | 成人の単独症状は非特異的であり、他の下垂体ホルモン欠乏や器質的病変を含めて評価する。 |
| AVP欠乏 | 多尿、口渇、多飲、夜間頻尿、高Na血症、脱水 | 中枢性尿崩症として発症する。口渇機構の障害や意識障害がある場合は重症化しやすい。 |
ACTH欠乏では、コルチゾール不足により循環維持、糖新生、ストレス応答が障害される。発熱、感染症、手術、外傷、嘔吐・下痢などの身体的ストレスを契機に急速に悪化しうる。患者が「いつものだるさ」と表現していても、血圧低下、頻脈、低血糖、嘔吐、発熱、見当識障害などを伴う場合には、緊急性を再評価しなければならない。
下垂体機能低下症の問診では、症状を単発で評価せず、時系列と組み合わせで確認する。例えば、産後の無乳汁と無月経、頭部外傷後の長期にわたる倦怠感と性欲低下、下垂体手術後の多尿・口渇、免疫チェックポイント阻害薬開始後の食欲低下と低Na血症などは、病歴と症候が診断の手掛かりになる。視野障害、頭痛、複視、眼球運動障害があれば、下垂体腫瘍の増大、下垂体卒中、視交叉圧迫などの局所病変も考慮する。
中枢性副腎不全では、原発性副腎不全でみられやすいACTH過剰に伴う色素沈着は通常目立たず、アルドステロン分泌は主にレニン・アンジオテンシン系に依存するため、高K血症を伴わないことも多い。このため、「色素沈着がない」「高K血症がない」ことを理由に副腎不全を否定してはならない。低Na血症、低血糖、低血圧、低体温、好酸球増多なども補助所見として統合的に判断する。
MSDマニュアル プロフェッショナル版:汎下垂体機能低下症
検査は、まず重症度と緊急性を判定しながら、基礎値と末梢ホルモンを組み合わせて評価する。副腎クリーゼが疑われる場合は、採血のために治療を遅らせないことが原則である。可能であれば治療前に血清コルチゾール、ACTH、電解質、血糖などを採取するが、循環動態不安定例では直ちにグルココルチコイド投与と輸液を開始し、救急対応を優先する。
安定例では、早朝のコルチゾール・ACTH、FT4・TSH、LH・FSHと性ステロイド、IGF-1、プロラクチン、血清Na、血漿浸透圧、尿浸透圧などを、症状と病歴に応じて選択する。中枢性甲状腺機能低下症の評価では、TSHが正常範囲内でもFT4低値なら見逃してはならない。性腺軸でも、性ステロイドが低い状況でLH・FSHが低値または不適切正常であれば中枢性の障害を疑う。
基礎値だけで診断が確定しない場合には、専門施設で各種負荷試験を検討する。下垂体前葉機能の評価では、ACTH系、GH系、ゴナドトロピン系などに対して、病態と安全性を考慮した刺激試験が選択される。MRIによる視床下部・下垂体領域の画像評価は、腫瘍、炎症、出血、手術後変化、浸潤性病変を確認するうえで重要である。診断には画像検査に加え、下垂体ホルモンの基礎値および刺激後の値の測定が用いられる。
参考)汎下垂体機能低下症 - 10. 内分泌疾患と代謝性疾患 - …
薬剤歴の確認も欠かせない。外因性グルココルチコイドは視床下部—下垂体—副腎系を抑制し、免疫チェックポイント阻害薬は下垂体炎やACTH欠乏を来しうる。オピオイド、向精神薬、性ホルモン製剤なども内分泌検査の解釈に影響することがあるため、処方薬、市販薬、注射薬、吸入薬、外用薬を含めて確認する。
治療は原因疾患への介入と不足ホルモンの補充を軸に行う。腫瘍性病変では手術、薬物療法、放射線治療などが検討され、機能低下そのものにはグルココルチコイド、甲状腺ホルモン、性ホルモン、デスモプレシンなどを病態に応じて補充する。下垂体機能が障害された場合、多くは長期的なホルモン補充と定期フォローを要する。
参考)下垂体機能低下症:どんな病気?検査や治療は?日常生活への影響…
特に重要なのは、ACTH欠乏が否定できない患者では、甲状腺ホルモン補充を先行させないことである。レボチロキシン開始により代謝が亢進すると、潜在する副腎不全が顕在化・増悪し、副腎クリーゼにつながる可能性がある。したがって、原則としてグルココルチコイド補充を先に開始し、その後に甲状腺ホルモンを調整する。グルココルチコイドと甲状腺ホルモンの補充は生命維持上重要であり、甲状腺ホルモンを先に補充すると副腎不全が悪化する可能性があるとされる。
参考)https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_18094
外来・病棟・救急のいずれでも、患者が副腎不全であること、日常の内服内容、シックデイルール、注射用グルココルチコイドの必要性、緊急連絡先を共有する。発熱や感染症、手術前後、嘔吐・下痢で内服困難な場合は、通常量の継続だけでは不足することがある。患者本人だけでなく家族や介護者にも、強い倦怠感、嘔吐、意識変容、循環不全が緊急受診のサインであることを具体的に伝える。
また、中枢性甲状腺機能低下症ではTSHが治療効果の単独指標になりにくく、FT4、症状、脈拍、体重、併用薬などを用いて調整する。AVP欠乏へのデスモプレシン投与では、多尿・口渇の改善だけでなく、低Na血症や水中毒のリスクにも注意する。下垂体機能低下症は、症状の認識、緊急時の初動、補充順序、長期モニタリングのすべてが連続して初めて安全な診療につながる。

Tenbon 下垂足サポーター | 足首サポーター 固定 矯正 | 左右兼用 男女兼用 簡単調整 軽量 薄型 | 靴やサンダルが履ける 歩行支援 下垂足ブレース ブラック M