患者の権利 リスボン宣言における医療と自己決定の権利

患者の権利に関するリスボン宣言を基に、自己決定、情報、守秘義務、尊厳、医療従事者の実務を整理します。日々の説明とケアは患者の権利を十分に支えられているでしょうか?

患者の権利 リスボン宣言と医療の権利

患者の権利とリスボン宣言の要点
⚖️
医療の中心に患者を置く

患者の最善の利益だけでなく、自律性と正義を同時に尊重することが基本です。

🗣️
説明は情報伝達で終わらせない

患者が理解し、自らの選択につなげられる説明と対話が求められます。

🛡️
権利の擁護は組織の責務

医師個人だけでなく、多職種と医療組織が共同して患者の権利を守ります。


患者の権利 リスボン宣言の成立と基本原則



患者の権利に関するリスボン宣言は、世界医師会(WMA)が1981年に採択した国際的な医療倫理の文書である。その後、1995年に改訂され、2005年に編集上の修正、2015年に再確認を受けている。日本では日本医師会が訳文を公表しており、患者の権利を考える際の重要な基準の一つとなっている。


参考)患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言|世界医師会|国際活…


ここで注意したいのは、リスボン宣言が患者だけに義務や行動を求める文書ではない点である。宣言の序文では、医師は良心と患者の最善の利益に従って行動するとともに、患者の自律性と正義を保証する努力を払うべきだと示している。また、医師、医療従事者、医療組織が、患者の権利を認識し擁護する共同の責任を負うと明記する。


リスボン宣言の中心にあるのは、「患者のために医療者が決める」という一方向の関係から、「患者が必要な情報を得て、自らの価値観に照らして決定に参加する」という関係への転換である。ただし、自己決定は医療者が説明責任を免れることではない。臨床上の選択肢、予後、不利益、治療を受けない場合の見通しを整理し、患者が理解可能な形で提示して初めて、実質的な選択が可能になる。


主な権利 臨床で確認したい視点
良質な医療を受ける権利 差別のない提供、医学的原則、医療の質の保証
選択の自由の権利 医師・医療機関の選択、セカンドオピニオン
自己決定の権利 同意、拒否、医学研究・教育への不参加
情報と守秘義務の権利 理解可能な説明、記録、個人情報の保護
尊厳に対する権利 価値観、苦痛緩和、終末期ケア、宗教的支援


宣言は法律そのものではないため、個々の診療で法的結論を直ちに決めるものではない。しかし、法令、院内規程、診療ガイドラインを運用する際に、患者の尊厳と意思を見失わないための倫理的な物差しとして実用性が高い。特に、限られた医療資源の配分、意思決定能力が低下した患者への対応、終末期の治療選択では、原則を知っているかどうかが対話の質を左右する。


日本医師会による宣言全文では、良質な医療、選択の自由、自己決定、意識のない患者、法的無能力の患者、情報、守秘義務、健康教育、尊厳、宗教的支援までが体系的に示されている。
日本医師会「患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言」:11の原則と日本語訳の全文を確認できる。


患者の権利 リスボン宣言における自己決定とインフォームド・コンセント

自己決定の権利は、単に署名済みの同意書を得ることではない。リスボン宣言は、判断能力のある成人患者が、診断上の手続きや治療について同意を与える権利だけでなく、同意を差し控える、すなわち拒否する権利を持つとする。医療者には、患者の決定がもたらす結果を知らせる責務がある。



したがって、インフォームド・コンセントの実務では、病名や治療名を一度説明しただけでは十分とはいえない。患者が何を理解し、何を不安に感じ、どの利益と不利益を重く受け止めているかを確かめる必要がある。説明内容としては、少なくとも次の論点を整理したい。


  • 検査・治療を行う目的と、現在の病状における位置付け
  • 期待される利益、代表的な有害事象、起こり得る重篤な不利益
  • 代替となる治療法、経過観察、緩和的な選択肢
  • 治療を受けない、または中止する場合に予測される経過
  • 患者が質問し、熟慮し、家族等と相談するための時間と機会


意外に見落とされやすいのが、医学研究や医学教育に参加しない権利である。患者は、教育目的の見学、症例報告、検体の二次利用、臨床研究への参加について、拒絶することができる。診療上の不利益を受けないことを明確に伝えることは、自由意思を支えるうえで不可欠である。説明する側にとって日常的な手技でも、患者にとっては身体、生活、個人情報に関わる重大な出来事になり得る。


理解度の確認には、患者に「何か質問はありますか」と尋ねるだけでは不十分な場合がある。「私の説明を、御家族に伝えるつもりで教えていただけますか」と確認するティーチバックは、患者を試すためでなく、説明の不足を医療者側が見つける方法として使える。専門用語を平易な表現に置き換え、通訳、補助具、図示を活用することも、自己決定を具体化する支援となる。


患者の権利 リスボン宣言と情報を受ける権利

リスボン宣言は、患者が医療記録に記載された自己の情報を受ける権利、症状を含む健康状態について十分な説明を受ける権利を認めている。重要なのは、情報を「出す」ことと、患者に「届く」ことを区別している点である。情報は患者の文化に適した方法で、患者が理解できる方法により提供されなければならない。



例えば、同じ「再発リスク」という言葉でも、患者によっては確率の意味がつかみにくい。絶対リスクと相対リスクを混在させず、100人中何人という自然頻度で示す、図を併用する、次回までに疑問点を書き留めてもらうといった工夫が有用である。外国語を母語とする患者や、聴覚・視覚・認知機能に配慮を要する患者には、通訳や代替手段を早期に調整する必要がある。


もう一つの重要な規定が、「知らされない権利」である。患者は、他人の生命の保護に必要でない限り、明確な要求に基づいて情報を知らされないことを選べる。また、必要であれば、自分に代わって情報を受ける人を選べる。これは家族への説明を当然視しないことを意味する。誰に、どの範囲まで、どのタイミングで話してよいかは、患者本人に確認する。


ただし、情報を知らせない選択があっても、患者の意思決定の機会を安易に奪ってはならない。「病名は聞きたくない」という希望の背景には、情報量への不安、一時的な動揺、家族への配慮などがある。治療の選択に必要な説明まで第三者に全面的に委ねるのか、段階的な説明を望むのかを丁寧に確認し、意思は診療録に具体的に残すことが望ましい。


患者の情報に対する権利は、健康教育にも広がる。宣言は、個人が保健サービスを利用し、情報に基づく選択を行えるよう、健康的な生活、疾病予防、早期発見に関する教育を受ける権利を掲げる。退院指導や服薬指導は、単なる説明の完了ではなく、患者が生活の場で安全に行動できる状態をつくる支援として設計したい。


患者の権利 リスボン宣言における守秘義務と医療情報

守秘義務に対する権利は、電子カルテ、地域連携、オンライン診療、生成AIの利用が広がる現在、ますます重要である。リスボン宣言は、健康状態、症状、診断、予後、治療など個人を特定し得る情報は、患者の死後も秘密として守られるべきだとしている。開示は患者の明確な同意がある場合、または法律に明確な規定がある場合に限られ、医療提供者間であっても「知る必要性」に基づくべきである。



「チーム医療だから共有してよい」と一律には考えられない。患者の診療に実際に関与し、当該情報を必要とする者に、必要な範囲で扱わせるという原則が必要である。ナースステーション、病室、エレベーター、休憩室での会話、画面ののぞき見、私用端末へのメモなど、情報漏えいは高度なサイバー攻撃だけで起こるものではない。日常の動線と会話が、最も身近なリスクになる。


特に見落としやすいのは、患者本人が「家族には伝えないでほしい」と希望している場面である。家族が熱心に情報を求めても、本人の意思と同意の範囲を確認せずに説明することはできない。一方で、患者が家族に情報共有を望む場合も、共有する内容、相手、連絡方法を確認しておくと、緊急時の混乱を抑えられる。


医療教育や症例検討では、患者のプライバシー保護を徹底する。氏名を消すだけでは、希少疾患、具体的な居住地、受診日、特徴的な画像などの組合せから本人が推測されることがある。発表資料、SNS、チャットツール、外部AIサービスへの入力を含め、識別可能性を多面的に評価する視点が必要である。


患者の権利 リスボン宣言と尊厳を守るチーム医療

リスボン宣言における尊厳は、礼儀正しい接遇だけを指すものではない。患者は文化や価値観を尊重され、医学教育の場を含めてプライバシーを守られ、最新の医学知識に基づく苦痛緩和を受け、人間的な終末期ケアを受ける権利を持つ。さらに、宗教的支援を受けるか、受けないかを決める権利も明記されている。



臨床現場では、尊厳への配慮が「本人に選ばせること」だけに偏りがちである。しかし、強い疼痛、呼吸困難、せん妄、経済的困難、介護負担、孤立がある患者にとって、選択肢を並べるだけでは自己決定を支えたことにならない。苦痛を緩和し、意思を表明しやすい環境を整え、必要に応じて緩和ケア、医療ソーシャルワーカー、薬剤師、リハビリテーション職、心理職、宗教者等と連携することが、実質的な権利擁護につながる。


独自に重視したいのは、「患者の権利を守るための業務設計」である。多忙な現場で権利擁護を個人の熱意だけに任せると、説明の質や情報共有の範囲にばらつきが生じる。例えば、入院時に情報共有の希望相手を確認する欄、説明後の理解度を記録するテンプレート、意思決定能力が揺らぐ患者の再評価手順、倫理コンサルテーションへの相談基準を整備すると、患者の権利を日常業務に組み込める。


  • 患者の希望する呼称、説明の相手、連絡方法を入院時から確認する
  • 重要な説明では、患者が理解した内容と未解決の質問を記録する
  • 治療拒否を「非協力」と表現せず、理由と意思決定過程を確認する
  • 意思決定能力が低下しても、患者本人が参加できる範囲を見極める
  • 資源配分が必要な場合は、医学的基準と公平な手続きを可視化する


限られた治療を誰に提供するかという難しい状況についても、宣言は、必要とする患者に対して公平な選択手続きを受ける権利を示し、選択は医学的基準に基づき差別なく行われるべきだとする。年齢、障害、社会的立場、コミュニケーションのしやすさで判断を歪めないために、組織として基準と相談経路を持つ意義は大きい。



患者の権利は、医療者に対立するための概念ではない。適切な説明、選択、守秘、苦痛緩和、継続的な医療を通じ、患者と医療者が同じ目的を確認するための共通言語である。目の前の患者にとって何が最善かを考える際、リスボン宣言は「安全に治療できたか」だけでなく、「その人らしく医療を受けられたか」を問い直す視点を与えてくれる。




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