
眼前暗黒感とは、「目の前が暗くなる」「視野が狭くなり周辺から黒くなる」「カーテンが下りるように見える」「白っぽくなった後に暗転する」などと表現される主観的症状である。回転感を主体とする末梢前庭性めまいとは異なり、全身または中枢神経系、あるいは眼循環の一過性低灌流を背景とすることが多い。臨床的には、失神に至る前の前駆症状、すなわち前失神として捉えることが重要である。
失神は、一過性の全脳低灌流によって生じる、急速な発症、短時間の持続、自然かつ完全な回復を特徴とする一過性意識消失と定義される。眼前暗黒感は意識消失に至らないことも多いが、失神と同じ病態連続性の中に位置する。したがって、「倒れていないから軽症」とは限らない。特に、突然発症、前兆を欠く、労作中または仰臥位での発症、動悸・胸痛・呼吸困難の随伴、器質的心疾患の既往がある場合には、不整脈や構造的心疾患による心原性失神の前段階を想定する。
一方、眼前暗黒感という言葉だけでは病変部位を決められない。両眼性に「意識が遠のくように暗くなる」場合は全脳低灌流をまず考えるが、片眼性の一過性視覚消失であれば、網膜・視神経前部の虚血を示す一過性黒内障との鑑別が必要である。患者は片眼性か両眼性かを明確に区別できないことがあるため、「片目ずつ手で覆っていたら、どちらの目で見えなかったと思うか」「視野全体が暗くなったのか、片側の目だけが覆われるように暗くなったのか」と具体的に確認する。
起立性低血圧は、仰臥位または座位から立位への移行後、通常3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下、拡張期血圧が10mmHg以上低下、または収縮期血圧が90mmHg未満となる状態として扱われる。症状再現を伴う血圧低下は、眼前暗黒感の原因評価において特に重要である。
参考)https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info:ndljp/pid/14524471
眼前暗黒感の頻度が高い原因は、反射性失神と起立性低血圧である。反射性失神には血管迷走神経性失神、状況失神、頸動脈洞症候群などが含まれる。長時間立位、暑熱、脱水、疼痛、恐怖、採血、排尿、排便、咳嗽、嚥下などを契機として、血管拡張や徐脈が起こり、脳灌流が一過性に低下する。悪心、冷汗、顔面蒼白、熱感、腹部不快感、あくび、視野狭窄、耳鳴りなどの比較的明瞭な前兆を伴うことが多い。
起立性低血圧では、立位時の静脈還流低下に対する圧受容体反射が不十分となり、血圧維持ができなくなる。脱水、発熱、下痢、嘔吐、出血、低栄養、長期臥床、飲酒、暑熱環境のほか、糖尿病性自律神経障害、パーキンソン病、多系統萎縮症、アミロイドーシスなどの自律神経障害が背景となる。高齢者では降圧薬、利尿薬、硝酸薬、α遮断薬、向精神薬、抗パーキンソン病薬などによる薬剤性低血圧も重要であり、処方変更や増量時期を確認する。
| 病態・原因 | 典型的な臨床像 | 初期評価で確認する事項 |
|---|---|---|
| 血管迷走神経性失神 | 長時間立位、暑熱、疼痛、恐怖などを契機に冷汗、悪心、蒼白、視野暗転を伴う | 誘因、前駆症状、既往歴、失神時の体位、回復の速さ |
| 起立性低血圧 | 起床時や立位直後に眼前暗黒感、ふらつき、頸部痛、倦怠感が出現する | 臥位・立位血圧、脈拍反応、脱水、薬剤、自律神経障害 |
| 心原性失神・不整脈 | 動悸、胸部症状、労作中・仰臥位での発症、前兆の乏しい突然発症 | 12誘導心電図、心疾患歴、家族歴、運動との関係、心不全徴候 |
| 循環血液量減少 | 摂取不良、発熱、下痢、嘔吐、出血を背景に頻脈、口渇、起立時症状がみられる | バイタル、皮膚・粘膜、尿量、便色、月経量、Hb、BUN/Cr |
| 貧血・低血糖 | 労作時息切れ、動悸、倦怠感、発汗、振戦、空腹時症状などを伴うことがある | 血算、血糖、摂食状況、糖尿病治療、出血源、栄養状態 |
| 脳・網膜虚血 | 片眼性視覚消失、局在神経症状、言語障害、片麻痺、複視などを伴うことがある | 発症時刻、単眼・両眼、神経学的所見、血管危険因子、緊急画像評価 |
心原性の原因としては、徐脈性不整脈、房室ブロック、洞不全症候群、頻拍性不整脈、心室頻拍、上室頻拍、大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症、肺塞栓症、急性冠症候群などが問題となる。前兆のない失神または前失神、運動中の発症、臥位での発症、失神直前の動悸、突然死の家族歴、異常心電図、既知の器質的心疾患は、心原性を示唆する所見として扱う。
参考)https://2024.sci-hub.se/7268/7a5bba05160b522337c0c70e0c5ed634/brignole2018.pdf
診療の出発点は、患者がいう「暗くなった」の意味を分解することである。回転性めまい、浮動感、脱力、意識混濁、視野欠損、羞明、霧視などを眼前暗黒感と表現している場合がある。発症から回復までの時間経過、姿勢、誘因、前駆症状、意識消失の有無、受傷、目撃情報、回復後の状態を時系列で整理する。
身体診察では、バイタルサインを単回値だけで判断しない。仰臥位で安静後に血圧と脈拍を測定し、立位後に症状、血圧、脈拍の推移を評価する。脈拍増加を伴う血圧低下では脱水や循環血液量減少を考え、十分な頻脈反応を欠く場合は神経原性起立性低血圧や徐脈性要因を疑う。ただし、測定時に症状が再現しないこともあるため、問診上の体位・時間的関連を重視する。
12誘導心電図は、前失神・失神の初期評価で優先度が高い。徐脈、伝導障害、虚血性変化、QT延長、Brugada型心電図、WPW症候群を含む早期興奮、心室性不整脈を示唆する所見などを確認する。必要に応じて連続心電図監視、Holter心電図、イベントレコーダー、心エコー、運動負荷検査、植込み型心電図モニタなどを検討するが、検査選択は発症頻度と心原性疑いの程度に合わせる。
採血は、病歴と診察所見に応じて血算、電解質、腎機能、血糖、妊娠反応、心筋トロポニン、鉄関連検査などを行う。全例に漫然と広範な検査を追加するのではなく、消化管出血、月経過多、脱水、感染、低血糖、電解質異常、急性冠症候群などの仮説に基づいて選択することが重要である。
眼前暗黒感は良性の反射性機序で生じることが多い一方、生命予後や視機能予後に関わる疾患の初発症状でもある。転倒防止のため、症状出現時にはまず座位または臥位とし、可能であれば下肢挙上を行う。意識障害、胸痛、呼吸困難、持続する神経脱落症状、低血圧、ショック徴候、不整脈、外傷がある場合は、院内の救急対応または救急搬送を速やかに判断する。
特に注意すべきなのは、労作中または仰臥位での発症、前駆症状に乏しい突然の発症、失神時の動悸、既知の重症心疾患、心不全、心筋梗塞歴、家族内突然死、異常心電図である。これらは不整脈性失神や構造的心疾患を示唆し、外来で経過観察のみとする前に、監視下評価や循環器専門医への相談を検討する。
また、片麻痺、顔面麻痺、構音障害、失語、複視、嚥下障害、失調、持続する激しい頭痛、意識障害などがあれば、単純な失神前状態として扱わず脳血管障害を優先して評価する。視覚症状だけであっても、患者の高血圧、糖尿病、心房細動、脂質異常症、喫煙、頸動脈疾患などの血管危険因子を確認し、症状の持続時間と反復性を記録する。
反射性失神または起立性低血圧が疑われ、危険徴候が乏しい場合でも、再発、転倒、職業上の事故につながる可能性を説明する。前兆を感じた際は、立ち続けずに座る、横になる、可能なら下肢を挙上することを伝える。やむを得ず立位を保つ場面では、脚を交差して下肢筋群に力を入れる、臀部・大腿筋を緊張させる、両手を組んで引き合うなどの身体カウンタープレッシャー操作が、静脈還流と血圧の維持に役立つことがある。
再発予防では、脱水、過度の飲酒、睡眠不足、長時間の静止立位、暑熱環境、急な起立を避ける。食事摂取不良、発熱、下痢、嘔吐のある期間には、循環血液量低下が症状を増悪させ得る。心不全、腎不全、肝疾患、高血圧などで水分・塩分制限が必要な患者に対しては、一律の水分・食塩増量を指示せず、原疾患の管理方針と両立するよう個別に判断する。
薬剤性が疑われる場合は、患者判断による自己中止を避けたうえで、処方医と連携して降圧薬、利尿薬、血管拡張薬、α遮断薬、向精神薬などの投与時刻、用量、併用、増量歴を見直す。起立性低血圧では、腹部バインダーや弾性ストッキング、頭部挙上位での就寝、薬物療法としてミドドリンやフルドロコルチゾンが検討されることがあるが、適応・禁忌・仰臥位高血圧などを踏まえ、専門的な評価のもとで導入する。
参考)https://www.acc.org/latest-in-cardiology/ten-points-to-remember/2018/04/04/14/28/2018-esc-guidelines-for-syncope
医療従事者が記録に残すべき事項は、発症前の体位と誘因、発症時刻、症状の持続時間、単眼性・両眼性、随伴症状、実測バイタル、起立試験の値と症状再現、心電図所見、服薬内容、受傷の有無、家族歴、実施した安全確保と搬送判断である。眼前暗黒感を単なる「立ちくらみ」として終わらせず、全脳低灌流、心原性失神、循環血液量減少、代謝異常、網膜・脳虚血という複数の経路から評価することが、重大疾患の見逃しを減らす。
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