全国健康保険協会、通称「協会けんぽ」の傷病手当金は、被保険者が業務外の病気やけがの療養のために就労できず、休業中に十分な給与を受けられない場合の生活保障を目的とした健康保険の給付です。医療従事者にとっては、診断書や療養担当者意見欄の作成依頼を受ける場面だけでなく、患者が休業、退職、治療継続、経済的不安を同時に抱える状況を支援するための重要な制度といえます。
傷病手当金が支給されるためには、単に診断名が付いているだけでは足りません。協会けんぽでは、業務外の病気・けがの療養であること、従前の仕事に就くことができないこと、連続する3日間の待期を含めて4日以上仕事に就けなかったこと、休業期間について給与の支払いがないことという4要件をすべて満たす必要があります。業務災害または通勤災害に該当する場合は、原則として健康保険の傷病手当金ではなく、労災保険の休業補償給付等を検討します。労務不能は病名そのものではなく、患者の症状、治療経過、身体・精神機能、就労していた職務の具体的内容などを踏まえて個別に評価されます。
参考)https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/honbu/event/kohoshizai/48_sogo_syoute2412.pdf
待期は、療養のために仕事を休んだ日が連続して3日あることで完成します。この3日間には、欠勤だけでなく、有給休暇、土日祝日などの所定休日や公休日も含まれます。ただし、待期が完成する前に出勤すると連続性が途切れるため、改めて連続3日間を確保する必要があります。待期3日間そのものは支給対象ではなく、待期完成後の4日目以降、労務不能であり給与が支払われていない日が支給対象となります。
協会けんぽの傷病手当金支給申請書は、原則として全4ページで構成されます。1ページと2ページは被保険者本人が記入する欄、3ページは事業主が証明する欄、4ページは療養担当者である医師等が意見を記入する欄です。申請者本人、勤務先、医療機関の記載内容が申請期間、傷病名、就労状況の面で整合していない場合、照会や補正が必要となり、支給決定まで時間を要する可能性があります。
患者支援を行う医療従事者は、患者が「医師に書いてもらえばよい書類」と誤解している場合に、事業主証明も不可欠であることを説明すると有用です。特に休職中の患者では、会社との連絡に心理的負担を感じることがあるため、申請期間、給与支払いの有無、勤務状況を確認する必要があることをあらかじめ伝えると、手続きの停滞を減らせます。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 1ページ | 被保険者情報、連絡先、振込先口座など | 原則として申請者本人名義の口座を指定する |
| 2ページ | 申請期間、仕事の内容、傷病名、原因、年金・労災・報酬に関する確認事項 | 初回申請では待期3日間も含めて申請期間を記載する |
| 3ページ | 勤務状況、出勤日、休業中に支給した賃金・手当、事業主証明 | 有給休暇の賃金や継続的な住宅手当等も確認対象となる |
| 4ページ | 傷病名、初診日、労務不能期間、症状・経過、治療内容、医師等の証明 | 治療期間ではなく、従前の労務に服せないと判断した期間を記載する |
協会けんぽの現行申請書では、被保険者は申請期間、従前の仕事の内容、傷病名、傷病原因のほか、労災認定、第三者行為、障害年金、老齢年金、労災休業補償給付、報酬受給の有無などを確認します。事業主は申請期間内の勤務状況と賃金支払状況を証明し、療養担当者は傷病名、初診日、労務不能と認めた期間、主たる症状・経過、治療内容や検査結果、療養指導等を記載します。
参考)https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/honbu/event/kohoshizai/18_kakikata_syoute2412.pdf
協会けんぽ「傷病手当金支給申請書」記入例・手引き
療養担当者記入用の4ページは、傷病手当金の審査で労務不能性を判断する重要資料です。ここで求められているのは、診断名の記載だけではありません。対象となる傷病、初診日、発病または負傷年月日、労務不能と認めた期間、症状および経過、治療内容、検査結果、療養指導などを記載し、患者が従前の労務に服することが困難である医学的根拠を示します。協会けんぽの記入例でも、労務不能期間は治療期間そのものではなく、「療養のため就労できなかったと認められる期間」とされています。
医療従事者が実務上とくに注意したいのは、患者申告の休職期間をそのまま証明期間に転記しないことです。たとえば、うつ病、適応障害、不安障害、がん治療、整形外科疾患などでは、病状の変化、治療内容、通勤可能性、対人負荷、集中力、危険作業の可否、夜勤や交替勤務への適応などを踏まえ、就労不能性を医学的に判断します。患者の職種が看護師、薬剤師、介護職、運転業務、製造現場、事務職、管理職などで異なれば、同じ症状でも就労上の支障は変わり得ます。
例えば、骨折患者であれば「骨折のため安静」だけではなく、固定の状況、疼痛、荷重制限、可動域制限、リハビリテーションの状況、立ち仕事や重量物取扱いへの支障などが労務不能判断の背景になります。精神疾患では、不眠、抑うつ気分、易疲労性、希死念慮の有無、認知機能低下、対人緊張、服薬調整の状況、復職に向けた段階的な療養指導などを、必要かつ適切な範囲で記録・記載することが考えられます。
傷病手当金は、休業していれば必ず満額が支給される制度ではありません。休業期間に給与や手当が支払われている場合は、傷病手当金との調整が行われます。給与の日額が傷病手当金の日額以上であれば原則としてその日の傷病手当金は支給されず、給与の日額が傷病手当金の日額より少ない場合には差額が支給されます。有給休暇を取得した日の賃金も、休業中に支払われる報酬として扱われるため、支給額に影響し得ます。
3ページの事業主記入欄では、申請期間中に出勤した日を明示し、出勤していない日に対して支給された報酬等を記入します。協会けんぽの手引きでは、有給休暇の賃金、出勤の有無にかかわらず支給する扶養手当・住宅手当・通勤手当、食事・住居などの現物給付が報酬等の例として示されています。一方、出勤日に対する残業手当や見舞金など、性質によって記載対象にならないものもあるため、事業主は賃金台帳・就業規則・手当の支給根拠を確認して判断する必要があります。
1日当たりの傷病手当金は、原則として支給開始日以前の直近12か月間の継続した被保険者期間における各月の標準報酬月額を平均し、その30分の1に相当する額の3分の2で計算されます。概念的には「直近12か月の標準報酬月額平均 ÷ 30 × 2/3」です。支給開始日以前の被保険者期間が12か月に満たない場合には、資格取得後の標準報酬月額平均額と、協会けんぽ全被保険者の平均標準報酬月額を基にした額のうち低い額を用いる取扱いがあります。
また、同一傷病に関する障害厚生年金または障害手当金、資格喪失後の老齢退職年金、労災保険の休業補償給付、出産手当金などを受ける場合にも、傷病手当金は調整の対象となります。申請書の年金・労災補償に関する確認欄を見落とすと、審査遅延や後日の返還につながるおそれがあります。医療機関側は支給額を断定するのではなく、「受給中・請求中の年金や労災給付がある場合は、必ず申請書上で申告し、協会けんぽまたは事業主に確認する」と案内することが安全です。
申請書は1ページから4ページまでをそろえて提出することが原則です。ただし、退職などにより健康保険の資格を喪失しており、申請期間に在職期間が1日も含まれない場合には、3ページの事業主記入用を空欄で提出する取扱いがあります。申請期間に在職日が含まれるか、退職後の継続給付に該当するかは、患者にとって判断が難しいことがあるため、退職日、休業開始日、待期の完成日、申請対象期間を時系列で確認することが重要です。
退職後も傷病手当金を継続して受給できる場合がありますが、一定の要件があります。協会けんぽの案内では、資格喪失日の前日までに任意継続を除く健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あること、退職日までに待期を完成して退職日も休業していること、失業給付を受けていないこと、同一傷病による労務不能が資格喪失後も継続していることなどが示されています。退職後に一度就労可能となった、あるいは療養の中断によって労務不能性の継続が認められない場合、継続給付に影響する可能性があります。
支給期間は、支給開始日から通算して1年6か月が限度です。これは暦の上で連続した1年6か月ではなく、実際に傷病手当金が支給された日数を通算して管理する仕組みです。療養中に一時的に復職して傷病手当金が支給されない期間があっても、支給可能な期間が直ちに失われるわけではありません。ただし、退職後の継続給付では労務不能状態の継続が求められるため、在職中の取扱いと同じ感覚で判断しないことが必要です。
患者への説明では、「主治医の証明があれば必ず受給できる」と約束しないことが基本です。支給可否は、療養担当者の意見、事業主証明、賃金支払い状況、待期、傷病原因、他制度の給付状況などを踏まえ、協会けんぽが審査します。医療従事者は、患者の職務内容を確認した上で、医学的に確認できる範囲を正確に記載し、患者には事業主への証明依頼、給与明細・休職通知等の確認、申請期間ごとの継続手続き、制度改定時の協会けんぽ公式情報の確認を促すことが望まれます。
なお、協会けんぽは2023年1月に申請書様式を変更しており、旧様式を使用した場合は審査に時間を要することがあると案内しています。患者に用紙を渡す、院内で申請支援を行う、あるいは記載方法を説明する際には、協会けんぽの公式サイトから新様式と最新の記入手引きを確認する運用が重要です。
参考)【お手続き】「傷病手当金支給申請書」記入のポイント~記入誤り…
協会けんぽ「傷病手当金支給申請書」記入のポイント