
薬物性肝障害(drug-induced liver injury:DILI)は、処方薬だけでなく一般用医薬品、健康食品、サプリメント、漢方薬を含む多様な曝露を契機に起こり得る肝障害です。臨床現場では「AST・ALTが上昇した」という一点だけで被疑薬を断定せず、障害の程度、障害パターン、黄疸・凝固異常の有無、発症時期、代替診断を統合して評価します。数値を読む際の第一歩は、検査結果の絶対値ではなく、施設ごとの基準上限値(ULN:upper limit of normal)に対する倍率で解釈することです。
初期評価の中心となる項目は、ALT、AST、ALP、γ-GTP、総ビリルビン、直接ビリルビン、PT-INRまたはプロトロンビン時間、アルブミン、血小板数です。このうちALTは肝細胞傷害の評価に最も広く用いられ、ALPは胆汁うっ滞の評価に重要です。ただしALPは骨由来上昇の影響を受けるため、胆道系異常を疑う状況ではγ-GTP、ALPアイソザイム、画像所見などを組み合わせます。ASTは筋障害、溶血、心筋障害などでも上昇するため、ALTとの乖離が大きい場合にはCK、LDH、病歴などによる確認が必要です。
国内の重篤副作用疾患別対応マニュアルでは、薬物性肝障害の評価対象として、ALTが基準上限の2倍を超える、またはALPが基準上限を超える症例を提示しています。一方、近年のDILI評価では、より臨床的に意味のある肝障害の目安として、ALTまたはASTが基準上限の5倍超、ALPが基準上限の2倍超、あるいは肝酵素上昇に総ビリルビン上昇やINR延長を伴う状態が重視されます。軽度上昇でも症状、急速な上昇傾向、既存肝疾患、肝毒性リスクのある薬剤使用があれば、待機的に再検するだけでは不十分な場合があります。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000240117.pdf
PMDA 重篤副作用疾患別対応マニュアル:薬物性肝障害
薬物性肝障害のパターンは、ALTとALPをそれぞれ基準上限値で除してから算出するR値で整理します。計算式は、R値=(ALT実測値÷ALT基準上限値)÷(ALP実測値÷ALP基準上限値)です。例えば、ALT 600 U/L、ALT基準上限40 U/L、ALP 300 U/L、ALP基準上限120 U/Lの場合、ALT比は15、ALP比は2.5であり、R値は6となります。この例はR値が5以上であるため、肝細胞障害型として扱います。
R値は発症時または肝障害を最初に認識した時点の数値で算定することが重要です。経過中にはALTが速やかに低下する一方で胆汁うっ滞が遷延し、病型が見かけ上変化することがあります。そのため、後日の数値だけで初期病型を再分類すると、原因薬の特徴や鑑別診断の方向性を誤るおそれがあります。薬剤開始前のベースライン肝機能が異常な患者では、単純にULN比だけを用いず、投与前値からの変動幅と基礎肝疾患の活動性を併せて判断します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| ALT比 | ALT実測値÷ALT基準上限値 | 肝細胞傷害の程度を示す基本指標 |
| ALP比 | ALP実測値÷ALP基準上限値 | 胆汁うっ滞評価では肝・胆道由来かも確認する |
| R値 | (ALT÷ALT基準上限値)÷(ALP÷ALP基準上限値) | 可能な限り発症時の検査値で算出する |
| 肝細胞障害型 | R値が5以上 | 急性ウイルス肝炎、虚血性肝障害、自己免疫性肝炎などを鑑別する |
| 混合型 | R値が2超5未満 | 肝細胞傷害と胆汁うっ滞が併存するパターン |
| 胆汁うっ滞型 | R値が2以下 | 胆石・胆管閉塞・悪性腫瘍などの閉塞性病変を除外する |
日本肝臓学会が公表するRECAM-J 2023でも、DILIを想定する検査値としてALTが基準上限の5倍以上、ALPが基準上限の2倍以上、またはALTが基準上限の3倍超かつ総ビリルビンが基準上限の2倍超という条件が示されています。ただし、これはDILIであることを二分法で確定する診断基準ではなく、因果関係の可能性を評価するためのスコアリングシステムです。
参考)https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/medicalinfo/kanzo65_482.pdf
日本肝臓学会:RECAM-J 2023
ALTやALPは肝細胞傷害または胆汁うっ滞の存在を示す指標ですが、総ビリルビンとPT-INRは重症度、すなわち肝の排泄機能や合成能の低下を把握するうえで特に重要です。総ビリルビン上昇が黄疸として現れる場合は、患者が自覚しやすい所見である一方、肝細胞障害、胆汁うっ滞、溶血、体質性黄疸など多様な原因があり、直接・間接ビリルビン分画を含めて解釈する必要があります。
肝細胞障害優位で、ALTまたはASTが基準上限の3倍以上、総ビリルビンが基準上限の2倍超となり、胆道閉塞や急性ウイルス肝炎など別の原因で説明できない場合は、Hy’s lawの考え方に合致する重篤DILIシグナルです。個々の患者で予後を確定するルールではありませんが、死亡または肝移植に至り得る重症肝障害のリスクを示すため、被疑薬の継続可否を先送りせず、緊急性をもって評価すべき状態です。
参考)https://www.fda.gov/media/116737/download
PT-INRの延長は肝合成能低下を示し、急性肝不全を疑う重要な異常です。とくに黄疸、意識変容、羽ばたき振戦、低血糖、急速なビリルビン上昇、PT-INR延長が組み合わさる場合は、肝炎の病型を問わず高次医療機関または肝臓専門医への緊急相談を検討します。なお、ワルファリン、直接経口抗凝固薬、ビタミンK欠乏、播種性血管内凝固など、PT-INRを変動させる要因を確認し、数値だけを機械的に肝不全と解釈しない姿勢も必要です。
薬物性肝障害が疑われたときの原則は、重症化リスクと代替可能性を踏まえて被疑薬を速やかに見直すことです。ただし、治療継続が生命予後に直結する抗悪性腫瘍薬、免疫抑制薬、抗菌薬、抗てんかん薬などでは、単一の数値閾値のみで一律に中止するのではなく、添付文書、疾患別ガイドライン、投与目的、代替治療、肝障害の速度と重症度を踏まえた個別判断が必要です。
一般的には、ALTまたはASTが基準上限の3倍を超えた時点で、症状の有無、投与歴、併用薬、飲酒歴、サプリメント・健康食品、肝炎ウイルスマーカー、自己抗体、画像などを確認し、短期間で再検します。ALTまたはASTが基準上限の5倍以上に達する、または上昇が持続・進行する場合は、被疑薬の中止または休薬を強く検討します。総ビリルビンが基準上限の2倍を超える、ALPが基準上限の2倍以上、黄疸・掻痒・悪心・倦怠感などの症候を伴う、PT-INRが延長する場合には、より緊急度を高く扱います。
実際の中止基準は薬剤により異なります。例えば、特定の医薬品ではALTまたはASTが基準上限の3倍超で投与中断・速やかな評価、基準上限の8倍超、または基準上限の5倍超が2週間を超えて持続、総ビリルビンが基準上限の2倍超、ALPが基準上限の2倍以上、あるいは黄疸・掻痒などの肝障害症候がある場合に中止する旨が示されています。したがって、汎用的な閾値を参考にしながらも、最終的には必ず個別薬剤の電子添文および適正使用情報を確認してください。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000280737.pdf
再投与は、薬物性肝障害の因果関係を確認する目的だけで安易に行うべきではありません。とくに黄疸、ビリルビン上昇、凝固異常、入院を要した経過、重症薬疹を伴った経過がある場合、意図しない再曝露でより急速かつ重篤な肝障害を起こす可能性があります。再投与を検討せざるを得ない状況では、代替薬がないこと、期待される治療利益、患者への説明、厳格な検査モニタリング、専門医との連携を明確にします。
DILIは「除外診断」の側面が大きく、検査値パターンが薬物性肝障害らしく見えるだけでは確定できません。肝細胞障害型では、A型・B型・C型・E型肝炎、EBウイルス、サイトメガロウイルス、自己免疫性肝炎、虚血性肝障害、アルコール関連肝障害、代謝性機能障害関連脂肪性肝疾患の増悪、筋障害を検討します。胆汁うっ滞型または混合型では、胆石、総胆管結石、胆管炎、膵胆道悪性腫瘍、原発性胆汁性胆管炎、原発性硬化性胆管炎などを評価対象に加えます。
患者聴取では、処方変更日、頓用薬の開始日、抗菌薬や鎮痛薬の短期使用、外用・吸入・注射薬、生薬・漢方薬、健康食品、プロテイン、個人輸入品、飲酒量、海外渡航、感染曝露を時系列で記録します。「長年同じ薬を飲んでいるから原因ではない」とは限らず、用量変更、腎機能低下、脱水、感染、相互作用、新規併用薬などが発症に関与し得ます。また、服薬中止後にALTやALPがどの程度、どの速度で低下するかは、因果関係評価の重要な情報です。
RECAM-J 2023は、発症までの期間、発症後の経過、既報の有無、他原因の除外などを点数化してDILIの可能性を評価する補助ツールです。国内検討では診断可能性の評価に一定の有用性が示されていますが、軽症例や漢方薬によるDILIでは適合性が低い場合があり、スコア単独で診断を完結させるものではありません。数値の異常を検知した時点で、検査値の推移、R値、服薬タイムライン、症状、除外検査、画像結果、休薬後の経過を一つの記録として残すことが、患者安全と再発予防の両方に直結します。
参考)https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/medicalinfo/recam2023.pdf
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