臨床現場では「低酸素症」という語が、組織への酸素供給または利用が不足した状態を広く指して用いられることがあります。一方、「低酸素血症」は動脈血中の酸素分圧(PaO2)が低下した状態です。両者は密接に関連しますが、同義ではありません。たとえば重度の貧血、循環不全、シアン化物などによる細胞レベルの酸素利用障害では、PaO2が必ずしも低下しなくても組織低酸素に至り得ます。
本記事では、検索語として一般的な「低酸素症 症状」を踏まえながら、日常診療で遭遇しやすい低酸素血症を中心に解説します。動脈血ガスでは、一般にPaO2が60mmHg未満となりSaO2が90%未満に低下する状態が低酸素血症の目安とされます。ただし、判定は単一の閾値だけで終わりません。年齢、慢性呼吸器疾患の有無、普段のSpO2、酸素投与条件、PaCO2、pH、呼吸仕事量、循環動態、意識状態を合わせて評価する必要があります。
参考)Measurement of Gas Exchange - …
とくに重要なのは、低酸素血症の症状がPaO2やSpO2と一対一には対応しないことです。急激な低下では比較的軽度の数値異常でも強い呼吸困難や不穏が現れます。反対に、慢性的に低酸素血症が持続している患者では、低いSpO2でも外見上の訴えが目立たないことがあります。「本人が苦しくなさそう」という印象だけで安全と判断せず、変化量と経過を重視する姿勢が必要です。
低酸素血症の初期には、呼吸促迫、頻呼吸、頻脈、動悸、労作時または安静時の呼吸困難、会話困難、疲労感、落ち着きのなさ、不安、焦燥などが見られます。呼吸困難は主観的な症状であり、患者が「息が吸えない」「空気が足りない」「胸が苦しい」と表現するとは限りません。高齢者、認知症患者、せん妄患者、鎮静下患者、脳血管障害後の患者では、呼吸困難の訴えよりも不穏、拒否、傾眠、反応性低下として現れることがあります。
低酸素血症が進行すると、チアノーゼ、発汗、意識混濁、見当識障害、異常行動、傾眠、昏睡、徐脈、低血圧、ショック、不整脈などが出現し得ます。急性低酸素血症では、PaO2低下に伴って呼吸促拍・頻脈からチアノーゼや失見当識へ進み、さらに昏睡やショックに至る場合があります。急な呼吸困難と低酸素血症の組み合わせは、肺血栓塞栓症や気胸などの緊急病態も示唆します。
参考)Hypoxia in Hospitalized Patien…
| 観察項目 | 低酸素症でみられる内容 | 評価上の注意点 |
|---|---|---|
| 呼吸 | 頻呼吸、努力呼吸、呼吸困難、会話困難、起坐呼吸、呼吸補助筋の使用 | 呼吸数だけでなく、胸郭運動、呼吸の深さ、疲弊の有無を連続して観察する |
| 循環 | 頻脈、動悸、発汗、進行時の徐脈、低血圧、不整脈 | 頻脈が消失しても改善とは限らず、疲弊・循環不全による徐脈を疑う |
| 中枢神経 | 不安、不穏、興奮、注意力低下、見当識障害、傾眠、昏睡 | 高齢者では急なせん妄や活動性低下が初発所見となることがある |
| 皮膚・粘膜 | チアノーゼ、冷汗、口唇・爪床の色調変化 | 皮膚色、照明、貧血、末梢循環不全の影響を受け、チアノーゼ単独では判断しない |
| パルスオキシメトリ | SpO2低下、波形不良、値の変動 | 数値と脈波の信頼性を確認し、臨床像と乖離すれば血液ガス分析を検討する |
チアノーゼは視覚的にわかりやすい所見ですが、早期検出の指標としては不十分です。貧血では還元ヘモグロビン量が少ないためチアノーゼが目立ちにくく、反対に多血症では比較的目立ちやすくなります。また、皮膚色や室内照明、末梢循環低下の影響も大きいため、口唇、口腔粘膜、舌、爪床などを含めて観察し、SpO2や血液ガスと統合して判断します。
急性低酸素血症では、生体が順応する時間を持てないため、呼吸・循環・中枢神経の代償反応が目立ちます。頻呼吸、頻脈、不穏、発汗、呼吸補助筋の使用、会話困難などは、数値が著しく低下する前から出現し得ます。さらに悪化すると、意識障害、チアノーゼ、循環不安定、呼吸疲弊、不整脈へ進み、放置すれば心停止につながる危険があります。術後、肺炎、誤嚥、気管支喘息増悪、急性心不全、肺血栓塞栓症、気胸、薬剤性呼吸抑制などを念頭に、急な悪化では原因検索と初期対応を並行させます。
慢性低酸素血症では、COPD、間質性肺疾患、胸郭・神経筋疾患、睡眠呼吸障害、肺血管疾患などを背景に、労作時呼吸困難が主な症状となることがあります。初期には坂道や階段などでのみ息切れを自覚し、進行すると更衣、洗面、トイレ移動といった軽い日常動作でも息切れが生じます。慢性経過では、低酸素血症そのものによる自覚症状が乏しい場合があるため、活動量低下、「最近は外出しない」「歩かなくなった」といった生活上の変化を丁寧に拾うことが重要です。
参考)https://www.jrs.or.jp/file/disease_h02.pdf
慢性呼吸不全患者に急性増悪が重なる場合は、普段の低値を理由に新たな低下を見過ごさないことが重要です。たとえば在宅酸素療法中の患者でSpO2が普段より数%低下し、呼吸数増加、痰の増加、発熱、傾眠、食事摂取低下などを伴う場合には、肺炎、COPD増悪、心不全、肺塞栓、気胸、二酸化炭素貯留などを考えます。慢性例では、SpO2の絶対値だけでなくベースラインからの変動、酸素投与量の増加、呼吸仕事量、意識状態の変化を評価します。
パルスオキシメトリは低酸素血症の迅速な検出に有用であり、呼吸状態が変化した患者の初期評価で重要な位置を占めます。しかしSpO2は酸素飽和度を推定する指標であり、PaO2、PaCO2、pH、酸素含量、換気状態、組織酸素供給を直接的にすべて評価するものではありません。とくに呼吸困難、意識変容、呼吸数増加、循環不安定、SpO2の急低下、酸素投与への反応不良があれば、動脈血ガス分析を含む総合評価が必要です。
パルスオキシメータの測定値を確認するときは、プローブの装着位置、脈波の良否、手指の冷感、末梢循環不全、体動、振戦、マニキュアや人工爪、周囲光などの影響を確認します。また、一酸化炭素ヘモグロビンは通常のパルスオキシメトリで適切に識別できず、CO中毒ではSpO2が実際の酸素化状態を過大評価する可能性があります。臨床症状や曝露歴とSpO2が合わない場合には、共オキシメトリを含む検査を検討します。
酸素投与中に得られたSpO2は、必ず投与デバイスと酸素流量・設定FiO2とセットで記録します。鼻カニューレ、シンプルマスク、リザーバーマスク、ベンチュリーマスク、高流量鼻カニューレ、非侵襲的陽圧換気では、実際のFiO2、吸気流量、リーク、患者の吸気パターンが異なります。同じSpO2であっても、低流量酸素で維持できているのか、高いFiO2を必要としているのかで病態の重症度は異なります。
MSDマニュアル:ガス交換の測定
なお、酸素化目標はすべての患者に一律ではありません。一般的な急性期の酸素投与では過剰投与も避ける視点が必要であり、慢性高炭酸ガス血症のリスクがある患者では、酸素投与後の意識状態、呼吸数、PaCO2、pHの変化を追う必要があります。担当施設の手順、患者背景、呼吸器・集中治療専門医への相談基準に沿って、目標SpO2を個別に設定します。
低酸素症が疑われる場合、まずは患者の重症度をABCで捉えます。気道開通性、呼吸数、努力呼吸、会話の可否、胸郭運動、聴診所見、SpO2の推移、脈拍、血圧、皮膚所見、意識レベルを迅速に確認します。急激な悪化、強い呼吸仕事量、意識障害、循環不安定、酸素投与にもかかわらず改善しない低酸素血症は、緊急対応・上級医コール・救急要請などをためらわない状況です。
原因鑑別では、病歴と発症様式が重要です。発熱、咳嗽、膿性痰、誤嚥リスクがあれば肺炎や誤嚥性肺炎を考えます。急な胸痛、頻脈、失神、片脚腫脹、長期臥床、悪性腫瘍、手術後などがあれば肺血栓塞栓症を疑います。突然の片側胸痛、呼吸音低下、陽圧換気中の急変は気胸を考慮します。喘鳴、呼気延長、既往歴からは喘息・COPD増悪を、起坐呼吸、下腿浮腫、湿性ラ音、体重増加からは急性心不全を評価します。鎮静薬、オピオイド、睡眠薬などの使用時には低換気と高炭酸ガス血症も鑑別に加えます。
呼吸困難の程度とSpO2が一致しないこともあります。たとえば肺血栓塞栓症では、呼吸困難・頻呼吸・頻脈が目立つ一方、初期のSpO2低下が軽度の場合があります。反対に、慢性呼吸器疾患の患者では数値が低くても訴えが乏しいことがあります。したがって、「SpO2だけ」「呼吸困難の訴えだけ」に依存せず、経時的変化、呼吸仕事量、意識・循環動態、背景疾患、検査所見を合わせて判断することが安全な診療につながります。
医療従事者が特に注意すべきなのは、チアノーゼや著明な意識障害が出るまで待たないことです。頻呼吸、頻脈、不穏、会話量低下、食事摂取低下、活動性の急な低下といった早期変化を捉え、信頼できるSpO2測定、必要時の血液ガス分析、画像検査、心電図、感染評価などへ速やかにつなげることが、低酸素症の重症化と見逃しを防ぐ基本となります。