単純ヘルペス脳炎(herpes simplex encephalitis:HSE)は、主に単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)による急性脳炎です。成人の急性ウイルス性脳炎では代表的な原因疾患であり、側頭葉や前頭葉、辺縁系を中心に出血性・壊死性の病変を形成し得ます。進行すると意識障害、けいれん、記憶障害、失語、異常行動、精神症状などを生じ、救命後にも認知機能障害や人格・行動変化、てんかんなどの後遺症を残し得るため、神経救急として扱う必要があります。国内資料では、HSEは脳炎全体のおよそ15~20%を占め、年間発生頻度は人口100万人当たり3.5~3.9人と推計されています。
典型的には発熱、頭痛、上気道感染様症状に続き、数日以内に意識変容、錯乱、健忘、幻覚・妄想、けいれん、局在神経徴候を呈します。しかし、病初期に発熱や頭痛が明瞭でない例、髄液細胞数が正常域にとどまる例、画像異常が乏しい例もあります。特に高齢者、免疫不全状態の患者、悪性腫瘍治療中、移植後、免疫抑制薬・生物学的製剤投与中では、症候が非典型的または軽微でも脳炎を見逃さない姿勢が必要です。
「単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017」は、日本神経感染症学会、日本神経学会、日本神経治療学会の監修により作成された国内の診療指針です。実地診療で最も重要なメッセージは、単純ヘルペス脳炎を病因確定前に完全に識別することは困難であるため、「ウイルス性脳炎が疑われるすべての患者」に対し、高感度HSV PCRの結果を待たずにアシクロビルを開始する、という点です。受診から治療開始までの目標は6時間以内とされています。単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017(Minds)
抗ウイルス治療前のHSEは死亡率が70%を超えるとされましたが、アシクロビル導入後には転帰が大きく改善しました。一方で、治療開始の遅延、高齢、治療開始時の高度意識障害、免疫抑制状態は転帰不良と関連します。したがって、検査の「完了」を待つことではなく、検査の実施と経験的治療の開始を時間軸で並行させることが、ガイドラインを現場に実装する鍵となります。国立健康危機管理研究機構:単純ヘルペス脳炎の診療
HSEの確定診断における中核は、髄液中HSV DNAの高感度PCRです。髄液HSV DNA高感度PCRは高い診断性能を持ち、HSEを疑う際には禁忌がない限り髄液検査を実施します。髄液一般検査では、リンパ球優位の細胞増多、蛋白増加、糖正常が典型的ですが、赤血球増加やキサントクロミーを伴うことがあります。これは側頭葉を中心とした出血性壊死病変を反映し得ます。ただし、細胞数・蛋白が正常であってもHSEを否定できず、糖低下を示す非典型例もある点に注意が必要です。
PCR陰性をそのまま除外診断に用いることは危険です。発症直後は髄液中のウイルス量が十分でなく、偽陰性となる可能性があります。臨床像や画像所見からHSEを強く疑う場合には、初回陰性のみでアシクロビルを中止せず、発症時期、髄液所見、MRI、臨床経過を統合して再検の必要性を判断します。国内ガイドラインでは、初回および初回から24~48時間後の2回の高感度PCRが陰性で、MRIでHSEを示唆する所見がない場合などを中止判断の一つとして示しています。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 髄液一般検査 | 初圧、細胞数・分画、蛋白、糖と同時血糖を評価 | リンパ球優位の細胞増多、蛋白増加、糖正常が典型だが非典型例もある |
| 髄液HSV DNA高感度PCR | HSE確定診断の中心となる検査 | 発症早期の偽陰性を考慮し、臨床的疑いが強ければ再検を検討する |
| 頭部MRI | T1、T2、FLAIR、DWIを含めて評価 | 側頭葉内側、島回、前頭葉眼窩面、辺縁系の異常を確認する |
| 脳波 | 焦点性・全般性徐波、てんかん性放電、周期性放電を確認 | 側頭部優位の周期性一側性てんかん型放電は参考所見となる |
| 鑑別診断 | 細菌性髄膜炎、自己免疫性脳炎、ADEM、VZV脳炎、代謝性・中毒性脳症など | 鑑別精査とアシクロビル経験的投与は並行して進める |
MRIでは、側頭葉・辺縁系を中心にT2強調画像およびFLAIR画像で高信号を認めることが多く、病初期にはDWIが病変検出に有用な場合があります。HSEを示唆するMRI所見がある一方でPCR陰性の場合は、採取時期、検体の質、感度、治療開始後の経過を再評価し、必要に応じて髄液PCRを再検します。脳波は非けいれん性てんかん重積状態の評価にも重要であり、意識障害が遷延する患者では特に積極的に活用します。
成人HSEの第一選択薬はアシクロビル静脈内投与です。ガイドラインは、ウイルス性脳炎が疑われるすべての患者に対し、HSV PCRの結果を待たずに治療を開始することをグレードAで推奨しています。髄液検査および頭部MRIは、受診から6時間以内に治療を開始できる状況であれば、可能な限り投与前に優先して実施します。これは診断精度を確保しつつ、治療開始の遅れを回避するためです。ただし、急速な意識障害進行、反復けいれん、呼吸循環不安定など、短時間で悪化する状況では、検査未実施であってもアシクロビルを速やかに開始します。
経験的治療を中止できる条件は、単一のPCR陰性だけではありません。原因がHSV以外と確定した場合を除き、初回と24~48時間後の2回の高感度PCR陰性に加えてMRIでHSEを示唆する所見がない場合、あるいは発症72時間以後にPCR陰性、意識清明、MRI異常なし、髄液細胞数5/μL以下といった複数の条件を統合して評価します。現場では「PCR陰性=HSE否定」と単純化せず、発症からの時間、臨床像、画像、髄液炎症所見を照合する診療プロセスが不可欠です。
小児や新生児では投与量・投与期間の考え方が成人と異なり得ます。特に新生児HSV中枢神経感染症では、一般的な成人用量をそのまま適用せず、小児感染症・新生児診療の専門家と連携し、年齢、体重、腎機能、病型に応じたレジメンを選択してください。
アシクロビルはHSV感染細胞内でウイルス由来チミジンキナーゼにより選択的にリン酸化され、最終的にウイルスDNA鎖の伸長を停止させることで増殖を抑制します。治療指数に優れた薬剤である一方、高用量静脈内投与では結晶析出に伴う急性腎障害が重要な有害事象です。ガイドラインでは、十分な補液、適切な希釈、緩徐な投与、および腎機能に応じた投与間隔または投与量の調整を求めています。
投与時には、通常アシクロビル250mg当たり100mL以上の補液で希釈し、1回投与量を少なくとも2時間かけて点滴静注することが示されています。脱水、もともとの腎機能低下、高齢、腎毒性薬併用、急速静注は結晶尿・腎機能障害のリスクを高めます。治療開始前から尿量、血清クレアチニン、推算糸球体濾過量、体液量を確認し、投与中は少なくとも日次で腎機能と入出量を追跡する体制が望まれます。
ガイドラインの成人投与調整例では、クレアチニンクリアランスが50mL/min/1.73m2を超える場合は標準量を8時間ごと、25~50では標準量を12時間ごと、10~25では24時間ごと、0~10では標準1回量の50%を24時間ごととしています。実際には採用薬の添付文書、施設プロトコル、腎機能の変動、血液透析・持続的腎代替療法の有無も踏まえ、個別に設計してください。
薬剤師を含む医療チームでは、補液処方の実施状況、点滴速度、投与間隔、腎機能推移、意識状態の変化を横断的に確認します。腎機能低下時にはアシクロビルおよび代謝物の蓄積により神経毒性・アシクロビル脳症が問題となり、元来の脳炎症状と見分けにくくなります。意識障害の増悪を「HSEの進行」と決めつけず、腎機能悪化、投与量、透析適応、併用薬、けいれん、せん妄の鑑別を同時に行うことが重要です。
十分量のアシクロビルを投与しても臨床症状が改善しない、髄液HSV DNA量が低下しない、あるいはMRI病変が進行・拡大する場合には、治療抵抗性HSEを考慮します。とくに免疫不全状態、造血幹細胞移植後、実質臓器移植後、長期免疫抑制薬使用例では、アシクロビル耐性HSVの可能性をより慎重に評価します。耐性の主な機序には、アシクロビル活性化に必要なウイルスチミジンキナーゼ関連遺伝子の変異や、DNAポリメラーゼ遺伝子の変異が関与します。
ガイドラインでは治療抵抗性が疑われる場合、アシクロビルを中止して単剤変更するのではなく、アシクロビルにビダラビンまたはホスカルネットを追加併用する選択肢を提示しています。ホスカルネットはウイルスチミジンキナーゼによるリン酸化を必要とせず、DNAポリメラーゼに直接作用するため、チミジンキナーゼ異常によるアシクロビル耐性が疑われる状況で理論的利点があります。ただし、日本での適応、入手性、電解質異常・腎毒性などを含め、感染症科、神経内科、薬剤部と連携した慎重な判断が必要です。
副腎皮質ステロイド薬の併用については、成人HSEにおいて確立した標準治療とはいえません。国内ガイドラインは一定の医学的根拠を踏まえ、併用を勧める一方、至適薬剤、投与量、開始時期、投与期間には不確実性が残るとしています。脳浮腫・頭蓋内圧亢進への対応、急性散在性脳脊髄炎や自己免疫性脳炎などの鑑別、感染制御への影響を個別に検討し、抗ウイルス療法を基盤として多職種・専門科で意思決定するべきです。
急性期を離脱した後も、HSEの管理は終わりません。生存者には記憶障害、遂行機能障害、失語、情動・人格変化、てんかん、運動障害などが残り得ます。退院前から神経心理評価、てんかん管理、リハビリテーション、運転・復職・服薬自己管理への支援を組み込み、家族にも高次脳機能障害の可能性を説明することが重要です。再燃や新たな精神症状、記憶障害、異常行動が生じた際には、ウイルス再活性化だけでなく、感染後自己免疫性脳炎を含む病態を念頭に再評価します。

性病検査キット 男性:2項目(尿検査)ヘルペス1型・2型 国立研究所発日本企業 サンアンクリニック監修 性病チェック 性感染症検査キット 理研 核酸増幅法 日本製 STD-M22H