
睡眠相前進症候群は、現在では睡眠・覚醒相前進障害(advanced sleep-wake phase disorder:ASWPD)と呼ばれる、内因性概日リズム睡眠・覚醒障害の一病型である。睡眠相とは、入眠、睡眠中間点、起床、メラトニン分泌、深部体温最低点などで表現される、生体リズム上の睡眠関連事象の時間的位置を指す。ASWPDでは、これらのリズムが社会的に要求される、または本人が望む時刻より恒常的に早い方向へ偏位する。
臨床的には、夕方から耐え難い眠気が出現して通常の就寝時刻まで覚醒を維持できず、早ければ18~21時頃に入眠する。一方、午前2~5時頃に覚醒し、望む起床時刻まで眠り続けることが難しくなる。重要なのは、患者が自身の早い睡眠時刻に従える環境では、睡眠時間と睡眠の質が比較的保たれる点である。すなわち、睡眠を生み出す能力自体が失われた不眠症というより、睡眠可能な時間帯が過度に前方へ移動している病態と理解する。
国際睡眠障害分類の診断枠組みでは、望ましいまたは必要な時刻より有意に早い入眠・起床、少なくとも3か月持続する症状、自由な睡眠スケジュール下での睡眠の改善と前進した睡眠相の維持、睡眠日誌および可能であればアクチグラフィによる持続的な睡眠相前進の確認、そして他の睡眠障害・身体疾患・精神疾患・薬物や物質使用でより適切に説明されないことが求められる。睡眠日誌とアクチグラフィは最低7日間、できれば14日間にわたり、勤務日・休日を含めて評価することが推奨されている。
参考)https://aasm.org/wp-content/uploads/2022/05/ICSD-3-TR-CRSWD-Draft.pdf
単に早寝早起きで日中の機能障害も苦痛もない人は、朝型のクロノタイプまたは年齢に伴う生理的変化であり、疾患ではない。診断の中核は、睡眠時刻の早さではなく、本人の希望や社会生活とのミスマッチにより、夕方以降の活動、家族との団らん、就労、育児、社会参加などに臨床的に意味のある支障が生じていることである。
睡眠相前進症候群の直接的な病態は、概日リズムの過剰な前進である。通常、視交叉上核を中心とする体内時計は、約24時間の内因性周期をもち、主に光を時間情報として利用して、地球の明暗周期と同調する。ASWPDでは、体内時計そのものの周期、光に対する位相反応、時計を同調させる仕組み、またはこれらの相互作用に偏りが生じ、睡眠・覚醒の適切なタイミングが前方にずれると考えられる。
病態生理として仮説化されているのは、体内時計を遅らせる能力の低下、光に対する位相反応曲線における前進方向の反応優位、適切な時刻の光曝露に対する感受性の変化、そして内因性概日周期の短縮である。このうち、選択された家族性ASWPDでは、内因性周期の短縮が明確に示されている。つまり、患者の努力不足や性格傾向だけで「早寝になった」と捉えるのは適切ではなく、概日調節系の生物学的偏位を前提に評価する必要がある。
加齢は最も重要な素因の一つである。高齢者では朝型化が生じやすく、ASWPDも高齢層に多く認められる。国立精神・神経医療研究センターは、ASWPDが高齢者に多く、加齢に伴う体内時計の機能変化が関係するとしている。厚生労働省の睡眠指針でも、睡眠相前進型は高齢者に多く、年齢が上がるにつれ頻度が増すと整理されている。
参考)概日リズム睡眠・覚醒障害(CRSWD)
ただし、加齢に伴う早寝早起きの全てがASWPDではない。高齢者では生理的に必要睡眠時間が短くなること、身体活動量や社会的役割の変化、就床時間が長くなりすぎることなどが、早朝覚醒の訴えを生む場合がある。したがって、年齢のみを原因として結論づけず、「早い時刻に眠れば連続した十分な睡眠が取れるか」「夕方の眠気が病的に強いか」「望ましい生活時刻との乖離がどの程度か」を確認する必要がある。
| 要因 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 概日リズムの前進 | 睡眠・覚醒やメラトニン分泌などの位相が望む時刻より早い | ASWPDの病態の中心 |
| 加齢 | 朝型化および体内時計機能の変化が関与する | 高齢発症では最重要の素因 |
| 遺伝的要因 | 家族性例でPER2、CK1δなど時計遺伝子関連の異常が報告されている | 若年発症・家族歴で疑う |
| 光環境・同調因子 | 光曝露の時刻や光への反応性が睡眠相の前進を維持・増悪させる可能性 | 因果関係は個別に評価する |
| 神経発達・神経疾患 | 一部の神経発達症や神経疾患で睡眠覚醒リズム異常を合併しうる | 単独のASWPDと区別して評価 |
家族性ASWPDでは、時計遺伝子に関係する変異・多型が報告されている。代表例として、PER2のcasein kinase 1ε結合領域のミスセンス変異、CK1δ遺伝子の変異、PER1、PER3、CRY2、TIM関連の異常が挙げられる。ただし、家族性ASWPDには遺伝学的異質性があり、全例を単一遺伝子異常で説明できるわけではない。若年から極端な早寝早起きがあり、複数の血縁者にも同様のパターンがある場合は、家族性病態を念頭に詳細な家族歴を聴取する。
診療では、「早朝に目が覚める」という訴えをそのまま早朝覚醒型不眠症とみなさないことが重要である。ASWPDを疑う問診では、夕方以降に抗し難い眠気が出る時刻、実際の消灯・入眠時刻、最終覚醒時刻、休日や退職後など時刻制約の少ない日の睡眠、覚醒後の再入眠可能性、日中の眠気、生活・就労・家族関係への影響を時系列で聞き取る。
ASWPDでは、本人が好む早い就寝時刻に就床できると、入眠潜時は短く、睡眠の維持も比較的良好であり、睡眠量・睡眠の質は改善する。しかし、社会的な理由で夕方の眠気を我慢して遅くまで起きようとすると、早朝覚醒が変わらず、慢性的な睡眠不足を来しうる。このパターンは、「眠りたいのに全く眠れない」「時刻によらず中途覚醒が多い」といった慢性不眠症とは異なる重要な手掛かりである。
睡眠日誌は、毎日の就床時刻、入眠推定時刻、夜間覚醒、最終覚醒時刻、離床時刻、昼寝、カフェイン・飲酒、夕方以降の眠気、勤務形態を記録する。アクチグラフィを併用できる場合は、主観的記録と活動・休息パターンを照合する。国際睡眠障害分類では、睡眠日誌を必須とし、可能な限りアクチグラフィも用いて、少なくとも7日間、望ましくは14日間の連続評価を行うとしている。
必要に応じて、朝型・夜型の傾向を把握する質問票を補助的に用いる。さらに、専門施設では薄暗条件下メラトニン分泌開始時刻(dim light melatonin onset:DLMO)や尿中6-sulfatoxymelatoninを測定し、概日位相の前進を補強できる。DLMO等で通常より概日位相が概ね2時間以上前進していることは、診断を支持する所見である。ただし、これらの生理学的指標は全例に必須ではなく、日誌・アクチグラフィと臨床症状、機能障害を統合して判断する。
ASWPDの鑑別で最も重要なのは、慢性不眠症、特に早朝覚醒を伴う病態である。不眠症では、適切な時間帯・環境で睡眠機会があっても、入眠困難、睡眠維持困難、早朝覚醒、休養感欠如が生じ、日中の機能低下を伴う。ASWPDでは本人の内因性の早い睡眠時間帯に合わせれば睡眠の質と量が改善するのに対し、不眠症では早い時間帯に寝床へ入っても睡眠維持が十分に改善しないことが多い。
うつ病も早朝覚醒、熟眠感欠如、意欲低下を伴うため、必ず評価する。特に、抑うつ気分、興味・喜びの著しい減退、食欲・体重変化、精神運動制止または焦燥、罪責感、希死念慮などの有無を確認する。早朝覚醒だけを理由にASWPDと判断して抗うつ治療や精神科的評価を遅らせることは避けなければならない。厚生労働省も、早朝覚醒や休養感の欠如が続き、日中のつらさを伴う場合には、うつ病を含むこころの不調の可能性に注意を促している。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/001208251.pdf
また、閉塞性睡眠時無呼吸、周期性四肢運動障害、レストレスレッグス症候群、疼痛、掻痒、夜間頻尿、呼吸器疾患など、睡眠の分断を来す身体的要因も除外する。いびき、無呼吸の目撃、窒息感、起床時頭痛、日中の過度の眠気、夜間の下肢運動、むずむず感、頻尿、痛みなどを系統的に問診し、適応があれば睡眠ポリグラフ検査や関連診療科との連携を行う。
薬剤性・物質関連の睡眠障害も見落とせない。処方薬の開始・変更と症状出現時期、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬、抗ヒスタミン薬、ステロイド、β遮断薬、ドパミン関連薬、カフェイン、アルコール、ニコチンの使用状況を確認する。ASWPDでは、睡眠相の恒常的な前進が中心であるため、薬剤変更後に急に早朝覚醒が出現した場合や、毎日の睡眠時刻が大きく変動する場合は、別の原因を優先して検討する。
さらに、交代勤務、早朝勤務、介護や育児、早い出勤に適応した生活パターンも、疾患と区別する必要がある。外的要請で早く寝起きしているだけで、休日には通常または遅い時間帯に十分眠れ、苦痛や機能障害がない場合はASWPDとはいえない。概日リズム睡眠・覚醒障害は、内在する体内時計と、本人に必要または希望される社会的時刻との不一致が持続し、臨床的な支障を生むことが診断の前提である。
ASWPDへの対応は、「早く眠らせないように本人が努力する」ことではなく、概日位相を安全に後退方向へ調整しつつ、生活上の支障を減らすことである。まず、睡眠日誌を用いて現行の睡眠相、夕方の眠気、早朝覚醒、昼寝、光曝露、活動量を可視化する。併存する不眠症、抑うつ、睡眠呼吸障害、疼痛、薬剤性要因などがあれば、並行して治療・調整する。
概日相を遅らせる介入として、夕方から就寝前の適切な時間帯に行う高照度光療法が用いられる。厚生労働省は、睡眠相前進型について、就寝前に高照度光を用いて概日リズムを遅らせることで症状改善が期待でき、朝の一定時刻までサングラスなどで太陽光を避ける方法も有用としている。ただし、光の位相反応は照射時刻によって異なり、自己流の長時間照射は、睡眠悪化、頭痛、眼症状、気分症状などにつながる可能性がある。そのため、特に双極症の既往・家族歴、眼科疾患、光感受性を高める薬剤の使用、重い精神症状がある場合は、睡眠医療または精神科・眼科を含めた医療者の管理下で実施する。
朝の強い光は一般に位相前進方向の刺激となり得るため、ASWPDで早朝の前進を助長しないよう、起床直後から早朝の光曝露をどう扱うかは個別設計が必要になる。一律に「朝日を浴びる」ことを勧めるのではなく、患者の睡眠日誌、希望する就寝・起床時刻、生活制約、光療法の実施時間をもとに判断する。夕方以降の明るい光を治療的に利用する場合も、夜更かしを強制して睡眠不足を蓄積させないことが重要である。
メラトニンについては、概日リズム睡眠・覚醒障害で体内時計の同調を促す目的に用いられることがあるが、ASWPDでは服用時刻により位相への影響が異なるため、一般向けの「眠るためのサプリメント」という扱いは不適切である。国立精神・神経医療研究センターは、CRSWDに対して高照度光治療器やメラトニンを用いた同調治療が行われるとしているが、個別の適応、製剤、投与時刻、併存疾患・併用薬の評価は専門医が担うべきである。
医療従事者が患者説明で伝えるべき要点は、早寝早起きそのものを矯正対象にするのではなく、「希望する生活時刻とのズレ」と「そこから生じる苦痛・機能障害」を改善目標にすることである。夕方の眠気に対してアルコールや過量のカフェイン、早朝覚醒に対して自己判断の睡眠薬増量などで対処すると、睡眠の分断、転倒、依存、日中機能低下を招くおそれがある。持続する早朝覚醒、日中の支障、強い抑うつ、不安、いびき・無呼吸、転倒リスク、運転・業務上の安全問題がある場合は、睡眠専門医療機関への紹介を検討する。
厚生労働省:健康づくりのための睡眠指針2014
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