
乳酸脱水素酵素は、一般にLDH(lactate dehydrogenase)、国内の検査報告ではLDと表記されることもある細胞内酵素です。解糖系と密接に関係し、ピルビン酸と乳酸の相互変換を触媒します。酸素供給が限られる状況でもエネルギー代謝を維持する経路に関わるため、ほぼ全身の組織・細胞に広く存在しています。
臨床検査として測定するLDHは、特定の臓器機能を直接示す指標ではなく、主に細胞膜の透過性亢進、細胞傷害、壊死、溶血などに伴う血中逸脱を反映する酵素です。したがってLDH高値は、「体内のどこかで細胞由来成分が血中へ流出している可能性」を示唆します。一方で、LDHだけから障害臓器や原因疾患を診断することはできません。病歴、身体所見、他の血液検査、画像検査、経時的推移を統合して解釈することが不可欠です。
LDHは心筋、骨格筋、肝臓、腎臓、肺、赤血球、白血球、血小板などに分布します。そのため、肝細胞障害、組織虚血、溶血性病態、血液悪性腫瘍、重症感染症、悪性腫瘍の腫瘍量増加など、多様な病態で上昇しえます。非特異的であることは弱点である一方、病態の広がりや細胞傷害の程度を把握する補助指標として有用です。
厚生労働省:ALP・LD測定法変更に係る対応について
LDHの基準範囲は、測定試薬、反応方向、温度、分析装置、性別・年齢構成、施設が採用する基準範囲により異なります。IFCC標準化対応法を用いる場合、成人の共用基準範囲として124~222U/Lを採用する施設がありますが、これはすべての検査室に一律に適用できる値ではありません。臨床現場では、必ず患者の検査報告書に印字された基準範囲と測定法を確認します。
参考)https://www.crc-group.co.jp/crc/info/info-2020/20-13.pdf
国内では、LDH測定法がJSCC法からIFCC標準化対応法へ変更された経緯があります。厚生労働省は、LDについて測定値および基準値の範囲に大きな変更はないとしつつ、肝疾患などではJSCC法に比較してIFCC法で低値傾向となる可能性を示しています。施設間比較や過去データとの連続性を評価する際には、単純な数値比較ではなく、測定法変更の有無を確認する姿勢が重要です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc4824&dataType=1&pageNo=1dataType=1href="https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc4824&dataType=1&pageNo=1">https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc4824&dataType=1&pageNo=1pageNo=1" target="_blank" rel="noopener">・アルカリホスファターゼ及び乳酸脱水素酵素の測定法の変更に係…
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 検査名称 | 乳酸脱水素酵素、LDH、またはLD | 施設によりLD表記を用いることがあります |
| 主な反映病態 | 細胞傷害、組織壊死、溶血、腫瘍量増加など | 臓器特異性は低く、単独診断には使いません |
| IFCC法の基準範囲例 | 124~222U/L | 最終的には各施設の報告書記載値を使用します |
| 測定法変更時の注意 | JSCC法とIFCC法では数値傾向が異なる場合がある | 肝疾患ではIFCC法で低値傾向となることがあります |
| 検体品質 | 溶血の有無を確認する | 溶血検体では偽高値の可能性があります |
軽度の上昇であっても、以前の値から急上昇しているのか、持続しているのか、改善しているのかにより意味は変わります。特に入院患者や化学療法中の患者、溶血を伴いうる患者では、単回値よりも時系列での変化を追うことが実践的です。
LDHはH型サブユニットとM型サブユニットの組み合わせによる5種類のアイソザイム、すなわちLDH-1からLDH-5で構成されます。アイソザイム分画は、総LDHが上昇した背景を推定する補助情報になりえますが、近年は疾患特異性の高い心筋トロポニン、AST、ALT、CK、ハプトグロビン、ビリルビン、フェリチン、可溶性IL-2受容体などが利用できる場面も多く、LDHアイソザイムをルーチンに依頼する場面は限定的です。
一般的には、LDH-1およびLDH-2は心筋、赤血球、腎皮質などに多く、LDH-3は肺、脾臓、血小板、リンパ組織などに、LDH-4およびLDH-5は肝臓や骨格筋に比較的多く存在します。ただし、各組織の分布は重なっており、分画パターンだけを根拠として「この臓器が原因」と断定することはできません。
例えば貧血患者でLDH高値を認めた場合、網赤血球数、間接ビリルビン、ハプトグロビン、末梢血塗抹、直接抗グロブリン試験などを病態に応じて組み合わせます。LDH高値とハプトグロビン低下、間接ビリルビン上昇がそろえば溶血を支持しますが、検体そのものの溶血でもLDHは上昇しうるため、採血時・搬送時の影響を除外する必要があります。
LDH上昇を見た際は、数値の絶対値だけでなく、症状、発症時期、他検査との整合性、検体状態、治療内容を順に確認します。LDHは高値になりやすい疾患が広範であるため、「LDHが高いから疾患X」と短絡せず、細胞障害の起点を臓器横断的に評価することが大切です。
肝胆道系では、急性肝炎、虚血性肝障害、薬物性肝障害、腫瘍浸潤などでLDHが上昇しえます。AST・ALTの上昇パターン、ALP・γ-GT、総ビリルビン、凝固能、腹部画像、循環動態を確認します。虚血性肝障害では、著明なAST・ALT上昇とともにLDHも高値になりうるため、低血圧、低酸素血症、心不全、敗血症などの臨床経過が重要になります。
血液領域では、血管内・血管外溶血、巨赤芽球性貧血、白血病、悪性リンパ腫などでLDHが上昇します。悪性リンパ腫や白血病では、LDHは腫瘍細胞量、細胞回転、組織傷害の程度を反映する予後関連指標の一つとして扱われることがあります。しかし、炎症、感染、肝障害、腎障害など非腫瘍性の要因でも変動するため、LDHだけで病勢や治療効果を判断してはいけません。
呼吸器・循環器・筋疾患でもLDHは補助的に用いられます。肺炎、肺塞栓症、重症低酸素状態、横紋筋融解症、広範な外傷や熱傷など、細胞傷害を伴うさまざまな病態で上昇します。筋障害が疑われる場合はCK、尿中ミオグロビン、腎機能、電解質を、心筋傷害が疑われる急性期では高感度心筋トロポニンを優先して評価します。
LDH高値は、悪性腫瘍の存在を示す特異的な腫瘍マーカーではありません。悪性腫瘍患者でLDHが高い場合も、腫瘍進行、壊死、肝転移、感染症、治療に伴う組織障害、溶血など複数の要因を区別する必要があります。とくに腫瘍量が大きい患者や治療開始直後では、腫瘍崩壊症候群の評価として尿酸、カリウム、リン、カルシウム、クレアチニンと合わせた迅速な確認が重要です。
LDHの解釈では、検体の溶血確認が最優先事項の一つです。赤血球内のLDH活性は血清より高いため、採血時の強い陰圧、細い針の使用、不適切な採血操作、採血管の激しい攪拌、輸送時の物理的刺激、遠心や分離の遅延などで生じたin vitro溶血により、LDHは偽高値となります。溶血による生化学検査への影響として、LDH、AST、カリウム、鉄などは赤血球内成分の漏出により高値を示しうることが報告されています。
参考)https://www.crc-group.co.jp/crc/q_and_a/80.html
検査室が溶血指数や目視所見から「溶血の影響あり」と判定している場合、LDHの異常値を直ちに患者体内の病態とみなすことは危険です。再採血が可能であれば、適切な採血条件で再検することを検討します。ただし、重症溶血性疾患や輸血副反応など、患者体内で真の溶血が起きている可能性もあるため、「検体溶血だから無意味」と処理せず、患者の臨床状態、血漿・血清の外観、再検結果、関連検査を総合的に評価します。
運動負荷、けいれん、外傷、筋肉注射などでもLDHが上昇することがあります。また、採血から血清・血漿分離までの時間が長い場合にも細胞由来の影響が加わる可能性があります。検体採取時刻、保存温度、搬送条件、採血困難の有無、ルート採血の状況など、前分析工程の情報を診療側と検査室で共有することが、誤った診断や不要な追加検査の回避につながります。
医療従事者がLDHを読む際は、「どの程度上昇しているか」「前回からどう変わったか」「溶血などの分析前誤差はないか」「他の逸脱酵素・溶血マーカー・臓器特異的検査と矛盾しないか」を一連の確認項目として扱うとよいでしょう。LDHは非特異的であるからこそ、単独数値ではなく、病態全体をつなぐ補助マーカーとして活用することが臨床的価値を高めます。
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