認知症とは簡単にいうと、いったん発達した記憶、判断、言葉の理解、注意、計画や段取りなどの認知機能が、脳の病気や障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障を来している状態です。認知症は「年齢を重ねれば誰にでも起こる普通の物忘れ」そのものではなく、評価と支援を必要とする医学的・生活上の状態として理解することが重要です。
医療従事者が説明する際には、「認知症は病名ではなく、複数の原因によって起こる状態です」と伝えると理解されやすくなります。原因となる代表的な疾患にはアルツハイマー病、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭葉変性症などがあります。同じ認知症という状態でも、主症状、進行の仕方、身体症状、適したケア、薬物療法の考え方は病型によって異なります。
診断概念では、本人や家族などから認知機能低下についての訴え・懸念があり、標準化された認知機能検査または臨床評価で低下が確認され、その低下が服薬管理、金銭管理、買い物、交通機関の利用などの自立した日常生活を妨げていることが重視されます。また、せん妄の最中だけに起こる変化ではないこと、うつ病など他の精神疾患だけでは十分に説明できないことも確認が必要です。
参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_01.pdf
日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」認知症の定義・用語
加齢に伴う物忘れと認知症の違いは、「体験の一部を忘れる」のか、「体験全体が抜け落ちる」のか、そして生活の自立性が保たれているかにあります。加齢による物忘れでは、食事の献立や会話の一部を思い出せなくても、食事をした出来事自体は覚えており、手がかりがあれば思い出せることがあります。一方、認知症では食べたこと自体を忘れる、同じ質問や行動を繰り返す、予定・金銭・服薬の管理が難しくなるなど、生活機能に具体的な影響が現れることがあります。
ただし、単発の失敗のみで認知症と判断することはできません。視力・聴力の低下、睡眠不足、感染症、脱水、疼痛、環境変化、抑うつ、薬剤の影響などにより、注意力や記憶の働きが一時的に低下することがあります。医療者は「何を忘れたか」だけでなく、いつから、どのような経過で、誰が困っており、どの生活行為が変化したかを丁寧に把握する必要があります。
| 項目 | 加齢に伴う物忘れの傾向 | 認知症で注意する傾向 |
|---|---|---|
| 忘れ方 | 出来事の一部を忘れやすい | 出来事そのものを忘れることがある |
| 自覚 | 忘れたことを自覚し、気にすることが多い | 自覚が乏しい場合があり、周囲が先に気づくことがある |
| 手がかり | ヒントで思い出せることがある | ヒントがあっても思い出しにくいことがある |
| 生活への影響 | 工夫により日常生活の自立が保たれやすい | 服薬、金銭、調理、運転などに支障が生じることがある |
| 経過 | 大きく進行しないことが多い | 原因疾患により緩徐または段階的に進行することがある |
この表は一般的な傾向であり、本人の教育歴、職業歴、身体機能、支援体制、もともとの性格などで見え方は異なります。特に独居者では、生活上の困難が表面化しにくいことがあります。本人の回答だけで完結させず、本人の同意と尊厳に配慮しながら家族、支援者、施設職員などから具体的な生活情報を得ることが大切です。
認知症の中核症状は、脳の障害を背景として生じる認知機能の低下です。記憶障害だけが認知症ではありません。新しい出来事を覚えにくい、日時や場所・人物が分かりにくい、言葉が出にくい、手順を組み立てられない、注意が続かない、視空間認知が低下して道に迷う、社会的な判断が変化するなど、多様な症状があり得ます。診察やケア場面では、単に「できないこと」を数えるのではなく、どの認知領域が低下し、どの環境条件で困難が増すかを確認します。
また、認知症では不安、抑うつ、焦燥、易怒性、徘徊、睡眠障害、幻覚、妄想、介護抵抗など、行動・心理症状がみられることがあります。これらは認知症の行動・心理症状、すなわちBPSDと呼ばれます。BPSDは本人の苦痛や意思表示として現れる場合もあるため、症状だけを抑え込むのではなく、身体的不調、便秘、疼痛、尿意、空腹、睡眠、騒音、対人関係、ケア方法、環境変化といった誘因を評価する視点が必要です。認知症疾患診療ガイドラインでも、認知症に伴う行動異常や精神症状をBPSDとして扱っています。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2017/172051/201711084A_upload/201711084A0006.pdf
ただし、症状は本人をラベル化するためのものではありません。「問題行動」と一括りにせず、何が起きているのか、本人にどのような不安や不快があるのか、環境や関わり方を変えることで軽減できるかを検討することが、本人中心のケアにつながります。
認知症の診断は、問診だけで確定するものではありません。病歴聴取、本人と家族などからの情報収集、身体診察、神経学的診察、認知機能・心理検査、日常生活機能の評価、血液検査、必要に応じた画像検査などを組み合わせ、認知症かどうか、原因疾患は何か、治療可能な病態がないかを評価します。日本神経学会の診療ガイドラインでは、病歴、診察、認知機能・心理検査に加え、血液検査や画像検査を適宜行い、認知機能に影響し得る服薬内容を確認する重要性も示されています。
参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/sinkei_degl_2010_01.pdf
特に重要なのは、急性または亜急性の認知機能変化を「認知症の進行」と決めつけないことです。数時間から数日単位で変動する注意障害、意識の変化、睡眠覚醒リズムの乱れ、幻覚、急な活動性低下がある場合には、せん妄を疑います。感染症、脱水、電解質異常、低酸素、疼痛、便秘、尿閉、薬剤、入院や転居などの環境変化が背景にないかを速やかに確認します。
さらに、甲状腺機能異常、ビタミン欠乏、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、うつ病、睡眠障害、薬剤性認知機能障害など、評価や治療によって改善が期待できる原因にも留意します。形態画像検査としてCTやMRIを用い、治療可能な認知症を除外する視点は、病型診断以前の安全な臨床判断に欠かせません。
参考)https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_8544
日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」
認知症の説明では、本人を「何も分からない人」として扱わない姿勢が出発点になります。認知症があっても、理解できること、選べること、続けられる役割、好き嫌い、生活歴、価値観は一人ひとり異なります。説明は本人の理解しやすい言葉と速さで行い、短い文に区切り、視覚的な手がかりも用いながら、本人が意思を表明する時間を確保します。家族への説明も重要ですが、本人を会話から外さない配慮が必要です。
支援の基本は、疾患や症状への対応だけではなく、生活の継続を支えることです。たとえば服薬管理が難しくなった場合、単に自己管理不能と判断するのではなく、一包化、服薬カレンダー、訪問看護、家族との役割分担、薬局との連携など、本人ができる限り安全に生活を続けるための方法を検討します。生活上の困難を早期に把握して環境を整えることで、本人の不安、事故、家族の介護負担を減らせる可能性があります。
地域では、認知症初期集中支援チームが、認知症が疑われる人や認知症の人、その家族を訪問し、必要な医療・介護の導入や調整、家族支援を包括的・集中的に行い、自立生活を支援しています。受診につながらない、介護サービスの導入に抵抗がある、家族が対応に困っている場合には、地域包括支援センターを含む地域資源への相談を検討します。
参考)主な認知症施策について |厚生労働省
医療従事者にとって「認知症とは簡単に」を説明する際の要点は、「脳の病気などによる認知機能低下で、生活に支障が生じる状態」「単なる物忘れとは異なり、原因の評価が必要」「本人の尊厳と意思を守りながら、家族・多職種・地域と支える」という三点です。診断名を告げる場面でも日常ケアの場面でも、症状の背景を理解し、本人の残存能力と希望に目を向けることが、よりよい支援の土台になります。