救急処置マニュアルの作り方と初動対応の要点

救急処置マニュアルの基礎知識と核心ガイド


急変時に迷わない実践設計
初動は評価と応援要請を並行する

単独で抱え込まず、患者安全とスタッフ安全を確保しつつ、ABCDEによる迅速評価と院内連絡を同時に進めます。

手順は役割と条件を明文化する

誰が、どの状態で、何を確認し、誰へ連絡するかを明記すると、経験差がある現場でも行動を標準化できます。

訓練と改訂で実用性を維持する

マニュアルは配布だけでは機能しません。シミュレーション、振り返り、物品点検を通じて現場に適合させます。


救急処置マニュアルが担う役割



救急処置マニュアルとは、院内・施設内で患者の急変、外傷、アナフィラキシー、誤嚥、けいれん、転倒、心停止などが発生した際に、職員が取るべき行動をあらかじめ整理した文書です。診療ガイドラインや一次救命処置の知識を単に並べるものではなく、自施設の人員配置、連絡網、設備、救急カート、搬送経路、当直体制に接続した「現場で実行できる運用書」として設計することが重要です。


急変対応では、最初の数分間における判断と行動が、その後の診療、安全確保、情報伝達に大きく影響します。しかし実際の現場では、患者の状態変化に気付いたスタッフが、観察、応援要請、酸素投与の準備、記録、家族対応などを同時に求められる場合があります。そのため、マニュアルには医学的な処置内容だけでなく、「第一発見者が行うこと」「応援到着後の役割」「責任者への報告」「搬送の判断」「記録の担当」を時系列で示す必要があります。


消防庁の救急現場に関する資料では、傷病者への接触時に、気道、呼吸、循環、意識を迅速に確認し、短時間で初期評価する考え方が示されています。施設内の救急処置マニュアルでも、重症感を見逃さず、バイタルサインと症候の評価を行い、必要な支援を早期に呼ぶ流れを明確化することが基本です。消防庁「救急現場」資料


なお、救急処置マニュアルは診療の自由度を不必要に狭めるための文書ではありません。あくまで、緊迫した状況で重要な安全行動を抜け落とさず、職種間の共通言語をつくるための土台です。個別の薬剤投与、侵襲的処置、搬送判断などは、各施設の規程、職種ごとの業務範囲、医師または責任者の指示、最新の院内基準に従うことを明記しましょう。



初動対応はABCDEと院内連絡を軸にする


救急処置マニュアルの最初のページには、第一発見者が迷わず実施できる初動対応を配置します。重要なのは、患者のそばに留まって状態を確認する役割と、応援・物品・医師を呼ぶ役割を分けることです。患者が反応しない、呼吸が明らかに異常である、チアノーゼがある、大量出血がある、急激な意識変容があるなど、重篤性が疑われる所見を認めた場合には、評価を完璧に終えるまで待たず、早期に緊急コールや応援要請を行う設計が求められます。


ABCDEは、A(気道)、B(呼吸)、C(循環)、D(意識・神経学的状態)、E(全身観察・環境)という順序で生命を脅かす問題を優先して確認する枠組みです。実務では、各項目に「見ること」「直ちに行うこと」「報告すべき状態」を簡潔に設定します。詳細な鑑別診断や治療は後続する責任者・医師の判断に委ねつつ、第一発見者が必要な情報を短時間で収集・共有できるようにします。



































項目 基準・内容 備考
A:気道 発声の有無、気道閉塞を疑う音、口腔内異物・嘔吐物、誤嚥リスクを確認する 体位調整、吸引準備などは院内手順と職種権限に従う
B:呼吸 呼吸数、努力呼吸、胸郭運動、酸素飽和度、皮膚色、呼吸音などを確認する 呼吸停止・異常呼吸が疑われる場合は直ちに応援要請を優先する
C:循環 脈拍、血圧、冷汗、皮膚冷感、出血、ショックを疑う所見を確認する 大量出血では安全を確保した上で止血と緊急連絡を並行する
D:意識 呼びかけへの反応、急な混乱、けいれん、瞳孔、血糖測定の適応を確認する 意識評価法は施設で統一し、経時変化を記録する
E:全身・環境 発疹、外傷、体温、投薬歴、転倒状況、周囲の危険因子を確認する 羞恥心とプライバシーに配慮し、観察範囲を必要最小限にする


マニュアルには、観察項目を網羅的に詰め込みすぎないことも大切です。急変の第一段階で必要なのは、診断名を確定することより、生命危機を示す所見を見つけ、必要な支援を呼び、状態悪化を防ぐことです。観察結果は時刻とともに記録し、到着した医師・救急対応チーム・搬送スタッフに引き継げる形に整えます。



連絡基準とチームの役割を明文化する


優れた救急処置マニュアルでは、「急変が疑われる」と感じた人が、ためらわずに支援を要請できる連絡基準を定めています。「医師へ連絡」「院内緊急コール」「救急要請」「上長への報告」などの使い分けが曖昧だと、対応の遅れや重複連絡が起こりやすくなります。緊急連絡先を電話番号だけで記載するのではなく、発動条件、連絡順、必要な伝達内容、夜間休日の代替手段まで具体化しましょう。


報告には、SBARのような構造化した伝達様式を採用すると有用です。Sは現在の状況、Bは背景情報、Aは評価した内容、Rは依頼・提案です。たとえば「病棟○号室の患者が急に反応低下し、酸素飽和度が低下しています。術後○日目で、○時から呼吸苦を訴えていました。現在は呼びかけに反応が弱く、呼吸数増加と冷汗があります。至急の診察をお願いします」のように伝えると、受け手は緊急度と必要な準備を把握しやすくなります。


  • 第一発見者は、周囲の安全確認、患者の反応・呼吸・循環の観察、応援要請、初期情報の収集を行う

  • 応援者は、緊急カートやAED、酸素、吸引、モニターなどを準備し、第一発見者と役割分担する

  • 責任者またはリーダーは、対応全体の指揮、医師への報告、追加スタッフの配置、搬送準備を調整する

  • 記録担当者は、発見時刻、観察所見、実施内容、薬剤・処置、到着者、指示内容、搬送時刻を時系列で残す

  • 連絡担当者は、院内緊急コール、家族連絡、必要部署への連携を、リーダーの指示に基づいて実施する


役割分担は「看護師」「医師」など職種名だけで固定せず、少人数勤務、夜勤、外来、訪問診療、介護施設などの現場差を反映させます。たとえば夜勤帯には、最初に到着したスタッフが患者対応を継続し、別のスタッフがコールと物品準備を担当する、といった代替パターンが必要です。職員数が限られる施設では、119番通報の判断者と連絡内容、救急隊を誘導する担当、診療情報を準備する担当も事前に決めておくと混乱を減らせます。



症状別手順は共通手順の後に配置する


救急処置マニュアルには、心肺停止、呼吸困難、胸痛、脳卒中が疑われる症状、アナフィラキシー、低血糖、けいれん、大量出血、転倒・頭部外傷、誤嚥・窒息などの症状別ページを設ける方法があります。ただし、症状別ページを充実させる前に、すべての急変に共通する「安全確認、応援要請、ABCDE評価、モニタリング、報告、記録」の手順を確立することが先決です。症状別手順は共通手順を置き換えるものではなく、追加の見落としを防ぐ補助として扱います。


特に心停止が疑われる場面は、通常の観察・連絡フローとは別に、院内のBLS・ACLS体制、AEDの位置、救急カートの配置、コードブルーまたは緊急コールの発動手順と結び付けます。意識がなく、正常な呼吸がない、または呼吸が疑わしい場合に何をするかを、職員が一目で理解できる図式にすることが重要です。実施者は、自身の訓練状況と施設の手順に従い、救命処置を開始または支援します。


災害時の医療救護では、限られた資源の中でトリアージ、軽症者への応急処置、重症者の搬送判断を進める必要があります。一般の院内急変とは目的や優先順位が異なるため、災害時マニュアルを通常の救急処置マニュアルと混同しないことも大切です。災害対応を備える施設では、通常時の急変フローと、災害時の指揮命令系統・トリアージ・受入制限・情報共有を区分して記載します。佐賀県災害時医療救護マニュアル


薬剤や医療機器に関する記載は、一般論のみで終わらせず、自施設の採用薬、保管場所、使用期限確認の担当、持ち出し手順、ダブルチェックの方法を反映させます。一方で、投与量や薬剤選択は、対象患者の年齢、体重、基礎疾患、アレルギー、腎・肝機能、現病歴によって変わります。マニュアル本文には、独断で使用しないこと、院内プロトコルおよび医師の指示・包括指示の範囲で対応することを明示し、最新の承認手順を確認できる導線を用意しましょう。



教育・訓練・記録の見直しで定着させる


救急処置マニュアルは、完成・配布しただけでは機能しません。実際の急変時には、記憶に頼った対応では手順が前後し、物品の所在が分からず、連絡先の更新漏れが表面化することがあります。そこで、導入時には全職員が閲覧できる場所に配置し、紙媒体と電子版のどちらか一方が使えない状況も想定して、複数のアクセス手段を用意します。院内ポータル、ナースステーション、救急カート、部署別ファイルなど、業務動線に沿った置き場所を検討してください。


シミュレーション訓練では、心停止だけでなく、「食後に急な呼吸困難を訴える」「転倒後に意識状態が変化する」「外来待合で胸痛と冷汗が出現する」といった部署特性に応じた場面を設定します。訓練の目的は、個人の知識を試すことではありません。緊急コールが適切に届くか、AEDや酸素の位置が分かるか、誰が記録を始めるか、搬送ルートに障害がないか、報告が要点を押さえているかを確認することです。


訓練後または実際の事例後には、責任追及を目的としない振り返りを行い、マニュアルの改善点を抽出します。確認したい項目は、発見から応援要請までの時間、必要物品が患者のもとに届くまでの時間、情報伝達の不足、役割の重複、記録の欠落、家族対応の困難、搬送の遅延などです。改善内容は「次回から気を付ける」という抽象的な結論にせず、「救急カートの配置を変更する」「緊急連絡表を月次更新する」「記録用紙に時刻欄を追加する」のように、担当者と期限を決めて実装します。


医療従事者向けの情報として救急処置マニュアルを整備・公開する場合は、根拠の更新日、監修者、適用範囲、対象職種、参照すべき院内規程を明確にします。救急対応の標準は、ガイドライン改訂、薬剤採用の変更、設備更新、組織改編により変わり得ます。少なくとも定期的な見直し時期を定め、急変事例、ヒヤリ・ハット、訓練結果、監査結果を反映する仕組みを作ることが、実際に使われる救急処置マニュアルにつながります。




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