
仰臥位における褥瘡の好発部位として、仙骨部が最も高い発生頻度を示します。日本褥瘡学会の実態調査および複数の臨床研究によると、仰臥位での褥瘡発生部位の約40〜60%が仙骨部に集中していることが報告されています 。この圧倒的な多さは、単なる「たまたま」ではなく、明確な生物力学的根拠に基づいています。
参考)https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/kochi/20140325001/20190912001zyokusou.pdf
仰臥位(背臥位)では、体重の約44%が仙骨部に荷重されます 。これは、人体の重心が骨盤付近に位置し、仰向けに寝た際に仙骨がベッド面と直接接触する最大の圧力点となるためです。さらに、仙骨部は皮下脂肪層が薄く、骨突出が顕著な部位であるため、外部からの圧力が直接軟部組織に伝わりやすい構造的特徴を持っています 。
参考)褥瘡(じょくそう)が骨の出ている部位にできやすいのはなぜ?
圧迫による褥瘡発生のメカニズムを考えると、毛細血管の閉塞圧は通常12〜32mmHg程度です。仙骨部に加わる圧力はこれをはるかに超えるため、3〜4時間の持続的圧迫で組織の虚血・低酸素状態が進行し、不可逆的な阻血性障害に至ります 。この過程で、グルコース供給不足による嫌気性代謝の亢進、乳酸蓄積、pH低下、そして再灌流障害が複合的に作用して組織壊死を促進します 。
参考)褥瘡 - 14. 皮膚疾患 - MSDマニュアル プロフェッ…
臨床現場では、仙骨部の観察を「発赤・熱感・硬結の有無」に焦点を当てることが推奨されます 。特に、指で押しても白くならない非圧迫性発赤(non-blanchable erythema)は、褥瘡の初期徴候として重要視されています。また、仙骨部は尿・便による湿潤(浸軟)も起こりやすく、皮膚のバリア機能が低下した状態で圧迫が加わると、さらに損傷が進行しやすくなります 。
参考)褥瘡の好発部位の徹底解説 - 看護師が教える5つの骨突出部と…
仙骨部に次いで、仰臥位で褥瘡が発生しやすい部位として、踵骨部、後頭部、肩甲骨部が挙げられます。これらの部位は、それぞれ異なるリスクファクターを持ち、観察・予防のアプローチも異なります。
踵骨部(かかと)は、仰臥位での褥瘡発生頻度が約20%と、仙骨部に次いで2番目に多い部位です 。踵は接地面が非常に小さく、体重が局所的に集中するため、単位面積あたりの圧力が極めて高くなります。さらに、踵部の皮下組織は薄く、血流も悪いため、一度発赤が生じると深部組織損傷(Deep Tissue Injury: DTI)へ急速に進行するリスクがあります 。予防策としては、踵を浮かせる「踵の浮かせ」が基本ですが、クッションの硬さや位置が不適切だと、かえって圧力が集中する可能性もあるため注意が必要です。
後頭部は、特に高齢者や頭髪のある患者で発見が遅れやすい部位です 。高齢者は皮下脂肪が減少し、頭蓋骨の突出が顕著になるため、長時間の仰臥位で圧迫損傷を受けやすくなります。また、頭髪がある場合、発赤や皮膚の変化が目視しにくく、観察が不十分になりがちです。頭部は体重の約7%が荷重されますが、寝返りが少ない患者や、意識レベルが低下している患者では、後頭部の圧迫が持続しやすくなります 。
肩甲骨部は、やせ型の患者や、背抜き(体位変換時の背部の隙間を埋める操作)が不十分な場合にリスクが高まります 。肩甲骨は背部の骨突出部であり、ベッド面との接触が持続すると、圧迫だけでなく摩擦による損傷も併発しやすくなります。特に、患者がずり落ちる際に肩甲骨部が擦れると、表皮が剥離する「摩擦損傷」が生じ、褥瘡の発症を促進します 。
| 部位 | 発生頻度 | リスク要因 | 観察ポイント |
|---|---|---|---|
| 仙骨部 | 40〜60% | 体重の44%集中、皮下脂肪薄、浸軟 | 非圧迫性発赤、熱感、硬結 |
| 踵骨部 | 約20% | 接地面小、圧力集中、血流悪 | 発赤、水疱、黒紫色変色 |
| 後頭部 | 5〜10% | 頭髪で発見遅れ、高齢者皮下脂肪減少 | 頭髪をよけて皮膚確認、圧痕 |
| 肩甲骨部 | 5〜10% | やせ型、背抜き不十分、摩擦 | 発赤、擦れ傷、背部の隙間 |
仙骨部、踵骨部、後頭部、肩甲骨部といった「定番」の好発部位に加え、仰臥位では肘頭部(ちゅうとうぶ)、外果部(がいかぶ)、膝外側部といった、あまり注目されない部位にも褥瘡が発生するリスクがあります。これらの部位は、頻度は低いものの、見落とすと重症化しやすく、医療従事者として押さえておくべき意外なリスク部位です。
肘頭部は、ベッド上での患者の動作時に摩擦が生じやすい部位です 。特に、意識レベルが低下している患者や、麻痺により自力で体位変換ができない患者では、肘がベッド面に接触した状態で長時間固定されることがあります。肘頭部は皮下組織が薄く、尺骨神経が表在しているため、圧迫による神経損傷のリスクも併存します。予防策としては、肘保護パッドの使用や、体位変換時に肘を浮かせるポジショニングが有効です 。
参考)【看護師国試】絶対に落とせない!「褥瘡の発生要因、好発部位」…
外果部(足首の外側のくるぶし)は、側臥位での好発部位として知られていますが、仰臥位でも下肢が外旋位に固定されている場合にリスクが高まります 。特に、拘縮により足関節が固定されている患者や、下肢の浮腫がある患者では、外果部がベッド面に接触しやすくなります。外果部も皮下組織が薄く、血流が悪いため、発赤から潰瘍へ進行しやすい部位です。
参考)仰臥位とは【図解】褥瘡好発部位と良肢位ポジショニングの実践ポ…
これらの「意外なリスク部位」を防ぐためには、体位変換の際に「骨突出部を全てチェックする」という意識が重要です。特に、患者の体型(やせ型、肥満、浮腫の有無)、拘縮の有無、意識レベルに応じて、リスク部位は変化します。ルーチンの皮膚アセスメントでは、仙骨部や踵部だけでなく、肘、外果、膝外側部も視診・触診することが推奨されます 。
参考)足部・背部の褥瘡ケア
褥瘡予防の要は、体圧分散と適切なポジショニングです。近年、体圧分散クッションやマットレスの技術は進歩し、従来のウレタンフォームやエアマットに加え、ジェル、ウォーター、低反発素材を組み合わせた製品が登場しています。しかし、高価なクッションを導入するだけでなく、その「使い方」を正しく理解することが、医療従事者には求められます。
体圧分散クッションの選び方では、患者のリスクレベル、体型、活動量に応じて最適な製品を選択する必要があります。例えば、アルファプラの「ウェルピーHC ウェーブ」は、体位変換と体圧分散を両立したクッションで、仰臥位での仙骨部圧迫を軽減する設計になっています 。パラマウントベッドの「バナナフィット」は、通気性に優れ、浸軟リスクの高い患者に適しています 。しかし、クッションの硬さが患者の体重に合っていないと、かえって圧力が集中する「ハンモック効果」が生じるため、定期的な圧力分布の測定が望ましいです。
ポジショニング技術では、30度側臥位(ハーフサイドダウン)が推奨されます。完全な側臥位(90度)では大転子部に圧力が集中するため、30度程度の傾斜で背部を支えることで、仙骨部と大転子部の圧迫を同時に軽減できます 。また、仰臥位では、膝下にクッションを入れて股関節を軽度屈曲させることで、仙骨部への圧力を分散できます。ただし、膝窩部(膝の裏)に直接クッションを当てると、血流を阻害する可能性があるため、ふくらはぎ全体を支えるようにします。
最新技術として、体圧分布を可視化するセンサーマットや、AIを用いた褥瘡リスク予測システムも登場しています。これらのツールは、どの部位にどの程度の圧力がかかっているかをリアルタイムで把握でき、体位変換のタイミングを最適化できます。ただし、これらの技術は「補助ツール」であり、最終的には医療従事者の観察とアセスメントが不可欠です。
参考リンク。
マルホ 褥瘡辞典 for MEDICAL PROFESSIONALS - 褥瘡のメカニズムと好発部位の詳細解説
日本褥瘡学会のガイドラインおよび実態調査に基づき、仰臥位における褥瘡予防策と観察ポイントを整理します。これらのエビデンスに基づくアプローチは、臨床現場で即座に活用できる実践的な内容です。
予防策の3本柱は、以下の通りです :
1. 圧迫の軽減:2時間ごとの体位変換が基本ですが、患者の状態によっては1時間ごとの変換が必要な場合もあります。体位変換が困難な患者では、体圧分散マットレスやクッションの活用が有効です。
2. 湿潤の管理:尿・便・発汗による浸軟を防ぐため、吸収性の高いパッドや、皮膚保護剤(バリアクリーム)の使用が推奨されます。特に仙骨部は浸軟リスクが高いため、こまめな交換と清潔保持が重要です。
3. 栄養管理:低栄養は組織の耐久性を低下させ、褥瘡の治癒を遅延させます。タンパク質(1.2〜1.5g/kg/日)、ビタミンC、亜鉛の摂取が、褥瘡予防・治癒に有効であることが報告されています 。
参考)褥瘡:日経メディカル
観察ポイントでは、以下の項目を定期的にチェックします :
日本褥瘡学会の実態調査によると、2010年から2016年にかけて、訪問看護ステーションでの褥瘡有病率は5.44%から1.93%へ、療養病床を有する一般病院では3.52%から2.81%へ減少しています 。この減少は、日本褥瘡学会の設立と行政による褥瘡対策へのインセンティブが寄与していると考えられています。しかし、依然として仙骨部が最多の発生部位であることは変わっておらず、継続的な予防策の徹底が必要です。
参考リンク。
日経メディカル 褥瘡ガイドライン - 日本褥瘡学会の実態調査と予防策の最新知見
看護roo! 褥瘡の好発部位とメカニズム - 体位別の発生部位と観察ポイント