
フルオレセインは、青色光で励起されると黄緑色の蛍光を発する色素であり、眼科では主に二つの目的で用いられます。一つは、フルオレセインナトリウム試験紙または溶液を眼表面に適用し、角膜上皮障害、結膜上皮障害、涙液膜、創部の水漏れなどを観察する局所染色検査です。もう一つは、フルオレセイン注射液を静脈内投与し、連続撮影によって網膜・脈絡膜循環を評価するフルオレセイン蛍光眼底造影、すなわちFAまたはFAGです。
両者は「フルオレセインを使う検査」という共通点を持つ一方で、適応、手技、得られる情報、リスク管理が大きく異なります。局所染色は外眼部診療で日常的に行われ、細隙灯顕微鏡のコバルトブルーフィルターや適切なバリアフィルターを用いて観察します。これに対して蛍光眼底造影は、網膜血管閉塞、糖尿病網膜症、黄斑疾患、ぶどう膜炎、網膜・脈絡膜新生血管などの病態評価に用いられる侵襲的検査です。静脈注射を伴うため、検査前評価と緊急時対応が不可欠になります。
フルオレセイン蛍光眼底造影は、フルオレセインナトリウムを肘静脈などから投与し、眼底に到達した造影剤の挙動を連続的に撮影する検査です。網膜・脈絡膜の血行動態を定性的に観察し、網膜・脈絡膜疾患の診断と病態把握に重要な役割を持ちます。
参考)フルオレセイン蛍光眼底造影 (臨床眼科 54巻11号)
眼表面でのフルオレセイン染色は、角膜上皮の連続性が失われた部位、あるいは涙液層が不安定な部位を可視化するために実施します。健常な角膜上皮は一般に強く染まりませんが、びらん、擦過傷、角膜潰瘍、点状表層角膜症、ドライアイに伴う上皮障害、コンタクトレンズ関連角膜障害などでは、障害部位にフルオレセインが貯留または浸潤し、蛍光として観察されます。
実施時は、患者に前方を注視してもらい、下眼瞼を軽く牽引して結膜嚢に試験紙の先端を短時間接触させます。試験紙をあらかじめ生理食塩液で湿らせるか、製剤の用法に沿って使用します。ただし、試験紙を濡らさずに直接結膜へ接触させると痛みを伴うことがあり、色素の溶出が不十分となる場合もあるため、適切な手技を選択する必要があります。
参考)フローレス眼検査用試験紙0.7mgの基本情報(薬効分類・副作…
観察は、点眼または試験紙接触の直後だけでなく、患者に数回瞬目してもらった後に行います。色素が眼表面へ均一に広がる前に観察すると、局所的な色素プールを病変と誤認するおそれがあります。また、多量のフルオレセインを使用すると背景蛍光が強くなり、小さな上皮障害の判定が難しくなります。必要最小限の量を用い、適切な照明条件とフィルター条件で観察することが重要です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 角膜上皮欠損 | 限局性または広範な明瞭な蛍光染色 | 外傷、びらん、感染性角膜炎、術後創部などを鑑別する |
| 点状表層角膜症 | 散在性の点状染色、下方優位または露出部優位の分布 | ドライアイ、薬剤性、眼瞼閉鎖不全、コンタクトレンズ障害を検討する |
| 涙液層破壊時間 | 瞬目後に涙液層が破綻するまでの時間を観察 | フルオレセイン量が多すぎると評価に影響しうる |
| Seidel試験 | 創部周囲の濃い染色域から色素が流出し、希釈された流れとして観察 | 角膜穿孔、術創離開、濾過胞漏出などの評価に用いる |
| コンタクトレンズ関連障害 | 上方または中央部を含む上皮染色、びらん、浸潤周辺の障害 | レンズ装用中止、感染徴候、疼痛・視力低下の有無を総合判断する |
染色所見だけで疾患名を確定するのではなく、視力低下、疼痛、羞明、眼脂、前房炎症、角膜浸潤、コンタクトレンズ装用歴、外傷歴などを併せて評価します。特に、疼痛が強い角膜上皮欠損、浸潤を伴う病変、前房蓄膿、急速な視力低下がある場合は、感染性角膜炎や角膜穿孔を見逃さない緊急性の判断が求められます。
フルオレセイン蛍光眼底造影は、眼底写真やOCTだけでは判断しにくい血管透過性、血流遅延、無灌流、血管新生、黄斑部漏出などを評価する際に有用です。代表的な適応として、糖尿病網膜症における無灌流領域と網膜新生血管の評価、網膜静脈閉塞症における虚血域・黄斑浮腫の評価、加齢黄斑変性などに伴う黄斑新生血管病変の評価、中心性漿液性脈絡網膜症の漏出点の確認、網膜血管炎やぶどう膜炎における血管漏出・視神経乳頭過蛍光の評価が挙げられます。
撮影では、投与後早期から後期までを連続的に追うことが重要です。初期相では脈絡膜フラッシュや網膜動脈の充盈、続いて動静脈通過時間、後期相では静脈相から後期の漏出・貯留・染色を確認します。単一画像だけで判断せず、時間経過に伴う蛍光の強度と範囲の変化を比較することで、異常蛍光の性質を判断します。
OCT angiography(OCTA)は造影剤を使わずに網膜・脈絡膜血管網を描出できる手法ですが、血管透過性や実際の漏出を直接示す検査ではありません。このため、滲出活動性や血管壁からの漏出の評価が診療判断に直結する場面では、FAが補完的または中心的な役割を担います。新生血管型加齢黄斑変性の診療では、OCTやOCTAも診断・評価の選択肢として扱われています。
参考)https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/resources/member/guideline/nvAMD.pdf
日本眼科学会:眼底血管造影実施基準(改訂版)
蛍光眼底造影を実施する際には、造影剤投与歴、過去のフルオレセイン投与時の症状、他の造影剤での副反応歴、薬剤アレルギー歴、喘息などのアレルギー性疾患、心血管疾患、腎・肝機能障害、妊娠・授乳の可能性、当日の全身状態を確認します。患者には、検査目的だけでなく、悪心、嘔吐、皮膚症状、尿の着色などが起こりうること、重篤な反応はまれである一方で緊急対応が必要となる場合があることを説明し、同意取得の内容を明確にします。
国内のフルオレセイン注射液の添付文書情報では、重大な副作用としてショックが0.1%未満、アナフィラキシーが頻度不明とされ、発赤、そう痒感、胸内苦悶、血圧低下、顔面蒼白、脈拍異常、呼吸困難、意識消失などが初期症状として示されています。また、悪心や腹痛、嘔吐、蕁麻疹、発疹、めまい、尿の黄褐色着色、一過性の皮膚黄変なども報告されています。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00052977.pdf
副作用の頻度や重症度は報告により差がありますが、日本眼科学会の眼底血管造影実施基準では、軽症副作用の頻度は1.4~8.18%、中等症は0.2~1.5%、重症は0.005~0.48%と示されています。 頻度が低い重篤事象であっても、医療者側の準備不足が許容されるわけではありません。造影検査は、問診だけで完全にリスクを予測できないことを前提に、監視と初期対応を組み込んだ運用が必要です。
参考)https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/resources/member/guideline/ganteikijun_r.pdf
実務では、静脈路確保後に患者の顔色、呼吸状態、訴え、脈拍、血圧などを観察し、少なくとも投与直後から初期相撮影中は患者を一人にしない体制が望まれます。悪心のみであっても、急速な症状進行の可能性を念頭に置き、皮膚症状、咽頭違和感、呼吸苦、胸部症状、循環不全の徴候がないかを再評価します。ショックまたはアナフィラキシーが疑われた場合は、造影を中止し、院内の救急対応手順に従って応援要請、気道・呼吸・循環の評価、アドレナリンを含む標準的な初期対応へ速やかに移行します。
フルオレセイン検査の価値は、画像または染色所見を取得すること自体ではなく、所見を診療上の意思決定に結び付けることにあります。角結膜染色では、病変の部位、範囲、形状、左右差、浸潤の有無、前房所見、処置前後の変化を記録します。たとえば「角膜下方に散在する点状染色」とだけ残すよりも、「右眼角膜下方1/3に軽度の点状フルオレセイン染色、明らかな上皮欠損・浸潤なし、下眼瞼結膜充血軽度」と記載すると、次回診察時の比較や多職種間の情報共有に役立ちます。
蛍光眼底造影では、撮影眼、撮影条件、造影剤の種類・投与量・投与時刻、静脈路、検査中の自覚症状、副作用の有無と対応、主要な造影所見、治療方針への影響を残します。読影所見は「過蛍光あり」と抽象化せず、「後期に増強・拡大する黄斑部の漏出」「耳側周辺部の無灌流域」「視神経乳頭からの後期漏出」「出血による遮蔽性低蛍光」など、部位、相、時間変化、推定機序を含めて記載すると臨床的な再現性が高まります。
患者説明では、局所染色と静脈注射による造影検査を混同しないことが重要です。前者では一時的な刺激感、流涙、着色などを説明し、後者では散瞳による見えにくさ、注射に伴う不快感、悪心などの副作用、尿や皮膚の一時的な着色、まれな重篤反応への対応を具体的に伝えます。散瞳を伴う場合は、検査当日の自動車・二輪車・自転車などの運転を避ける必要性についても、施設基準と患者の移動手段に応じて事前に確認します。
フルオレセインは、角膜上皮障害から網膜循環異常まで、眼科診療の異なる領域を可視化できる有用な色素です。しかし、その情報価値を引き出すには、検査目的の選択、適正な手技、時間軸を踏まえた読影、そして注射造影時の安全管理が一体となる必要があります。局所染色では「どこが、どのように染まるか」を、蛍光眼底造影では「いつ、どこが、どのように蛍光変化するか」を整理して評価することが、診断精度と患者安全の両方を支える基本になります。
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