
ビタミンB1はチアミンとも呼ばれる水溶性ビタミンです。体内では主にチアミン二リン酸(TDP)として存在し、ピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼなどの補酵素として働きます。つまり、糖質をエネルギーとして利用する過程に欠かせません。「疲労回復に効く栄養素」という説明だけでは不十分で、糖代謝と神経機能を支える補酵素であることを押さえる必要があります。国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所:ビタミンB1の機能・欠乏症・食品情報
参考)ビタミンB1 - 「 健康食品 」の安全性・有効性情報
以下は、日常の食事で取り入れやすい主な食品の目安です。数値は食品の種類、生・焼き・ゆでなどの調理形態によって変動するため、献立評価では食品成分表の該当食品を確認してください。
| 食品 | 目安量 | ビタミンB1量 | 栄養指導での見方 |
|---|---|---|---|
| 豚ヒレ肉(焼き) | 100g | 2.09mg | 高含有で、主菜として使いやすい |
| 豚もも肉(焼き) | 60g | 0.71mg | 脂身を抑えたい場合の選択肢 |
| 豚ロース肉(焼き) | 80g | 0.72mg | 生姜焼きなど献立への応用が容易 |
| うなぎ蒲焼き | 80g | 0.60mg | 脂質・たれの糖分、食塩にも留意 |
| たらこ(生) | 40g | 0.28mg | 少量でも補えるが食塩量に注意 |
| 玄米ごはん | 150g | 0.24mg | 主食由来の底上げに有用 |
| 絹ごし豆腐 | 150g | 0.17mg | 肉を食べにくい人の補助食品 |
| そらまめ(ゆで) | 60g | 0.13mg | 副菜として追加しやすい |
特に重要なのは、「100g当たりのランキング」だけで食品を選ばないことです。乾燥豆や種実類は100g当たりの含有量が高くても、1食で100gを食べることは通常ありません。一方、豚肉は一般的な主菜量で摂取しやすく、実際の献立に落とし込みやすい点が強みです。豚ヒレ肉100gで2mgを超えるB1を摂れることは、成人の推奨量を意識するうえで有用な情報です。
食品別の1食量・ビタミンB1量は、医薬基盤・健康・栄養研究所の一覧が参考になります
ビタミンB1は豚肉だけの栄養素ではありません。未精製の穀類、豆類、種実類にも含まれます。米では、ぬかや胚芽にB1が多く存在するため、精白の程度が高いほど含有量は低下しやすくなります。白米を主食にする食文化では、主菜・副菜でB1を補う考え方に加え、玄米、分づき米、雑穀、全粒粉パンなどを無理なく活用する視点が役立ちます。
食品成分表の数値は、可食部100g当たりの標準値です。品種、季節、加工方法、調理条件によって実際の含有量は変動します。また、「玄米なら必ず多く摂れる」とは限りません。玄米を一口程度しか食べられなければ寄与は限定的です。食事評価では、食品の数値、食べた量、頻度、食べ残しをセットで確認することが基本です。
文部科学省:日本食品標準成分表(八訂)増補2023年は、可食部100g当たりの成分値と調理条件を確認する基礎資料です
参考)https://www.mext.go.jp/content/20260327-mxt_kagsei-mext-000029402_0001.pdf
成人のビタミンB1推奨量は、身体活動レベルⅡを前提として、18~49歳では男性1.4mg/日、女性1.1mg/日です。50~64歳では男性1.3mg/日、女性1.1mg/日とされています。妊婦・授乳婦には、いずれも0.2mg/日の付加量が示されています。B1必要量はエネルギー摂取量に応じて考えられており、「糖質を多く摂る人ほど必要性を意識する」という理解が実務的です。年齢・性別・妊娠授乳期別のビタミンB1摂取基準一覧
食事からのB1不足を検討したい患者像として、次が挙げられます。
不足時には、全身倦怠感、食欲不振、末梢神経症状、浮腫、頻脈などが問題となり得ます。重症化すると脚気やウェルニッケ脳症が臨床上の重要な鑑別になります。眼球運動障害、歩行失調、意識障害の三徴がそろわないこともあるため、飲酒歴や低栄養があり神経症状を認める場合は、単に「疲れ」として扱わないことが重要です。食べ物の指導だけで対応を遅らせず、疑わしい場合は速やかな診療・治療判断につなげます。
ビタミンB1不足による脚気・ウェルニッケ脳症の症状と注意点
ビタミンB1は水溶性で、調理中の水への溶出や高温・長時間加熱による損失を受けます。したがって、「B1が多い食品を選ぶ」ことに加えて、「失いにくく、摂取し切れる料理にする」ことが大切です。ゆでこぼしを繰り返すより、蒸す、電子レンジを使う、炒める、煮汁ごと食べるスープやあんかけにするなどの工夫が実用的です。
豚肉であれば、野菜炒め、しゃぶしゃぶ、具だくさんスープ、生姜焼きなどが候補になります。生姜やにんにく、ねぎ、にらなどに含まれる含硫化合物は、チアミンの利用性に関する話題としてよく紹介されます。しかし、特定食材との組み合わせだけを過大評価するのは適切ではありません。まずは豚肉、穀類、豆類などから、必要量に近づく食事全体を整えることが優先です。
献立例として、玄米ごはん、豚もも肉とにらの炒め物、冷ややっこ、具だくさんのみそ汁を組み合わせると、主食・主菜・副菜のそれぞれからB1を補えます。食べられる量が少ない場合には、豚肉を一度に多く食べるよりも、朝食の納豆、昼食の豚肉、夕食の豆腐のように分散するほうが継続しやすいケースもあります。
また、食品成分表には生、焼き、ゆでなど複数の調理形態が掲載されています。栄養指導資料を作る際は「生の100g当たり」ではなく、患者が実際に食べる調理後の形態・1食量で示すと、誤解を減らせます。文部科学省の食品成分表は、調理による成分変化や重量変化率についても解説しています。
調理による成分変化と重量変化率の考え方は、食品成分表の調理に関する解説が参考になります
栄養指導で意外に知られていないのが、ビタミンB1を分解する酵素「チアミナーゼ」です。貝類、わらび・ぜんまいなどの山菜、コイ・フナなど一部の淡水魚にはチアミナーゼを含むものがあります。これらを十分に加熱せずに多量・継続的に摂取すると、消化管内でチアミンが分解され、B1利用に影響する可能性があります。チアミナーゼは加熱で失活するため、通常の加熱調理を行うことが基本です。チアミナーゼを含む食品と加熱による失活についての解説
これは「貝や山菜を避けるべき」という意味ではありません。通常の食事で、加熱調理された食品を多様に食べる限り、過度に心配する必要はありません。ただし、健康食品、民間療法、特殊な食習慣によって生食や偏食が続く場合には、摂取頻度と調理法を確認する価値があります。医療従事者が食事歴を聴取する際は、食品名だけでなく、生食か加熱か、1回量、毎日の習慣かを尋ねると評価の精度が上がります。
さらに、ビタミンB1は酸性条件では比較的安定である一方、アルカリ性や長時間の加熱には不安定です。重曹を使う調理や、加熱後の保温が長い料理では損失に注意が必要です。B1不足の予防は、サプリメントを安易に追加することではなく、①食事量を確保する、②豚肉・豆類・未精製穀類を組み合わせる、③調理損失を抑える、④神経症状や低栄養リスクを見逃さない、という順序で考えることが基本になります。