造血幹細胞移植後の患者は、移植前に自然感染や予防接種によって獲得した免疫能が経時的に低下・消失するため、再度予防接種によって感染症の発症予防を図ることが強く推奨されています。日本造血・免疫細胞療法学会が発行する「造血細胞移植ガイドライン 予防接種(第4版)」では、移植後のワクチン接種について詳細な指針が示されています。
参考)https://www.jstct.or.jp/uploads/files/guideline/01_05_vaccination_ver04.pdf
本ガイドラインは2023年12月に改訂され、新型コロナウイルスワクチンの追加や、感染症流行状況に応じた不活化ワクチンの早期接種の考慮など、最新の知見が反映されています。 医療従事者が造血幹細胞移植患者に対してワクチン接種を実施する際には、このガイドラインを参照し、造血細胞移植患者手帳を活用することで安全かつ有効な予防接種の実施が求められます。
参考)移植患者に対するワクチン接種について|一般社団法人日本造血・…

造血幹細胞移植後のワクチン接種開始基準は、ワクチンの種類(不活化ワクチンか生ワクチンか)によって明確に異なります。この違いを理解することは、移植後患者の安全な予防接種実施において極めて重要です。
不活化ワクチンの開始基準は以下の通りです。
ただし、感染症がよくコントロールされた社会環境下であれば、移植後6〜12ヶ月待つことが望ましいとされています。これは、移植後の経過期間が長ければ長いほどワクチン接種に対する免疫反応は良く、移植後12ヶ月経過するとより良い効果が得られるからです。
一方、生ワクチンの開始基準はより厳格です。
このように、生ワクチンは不活化ワクチンに比べて開始時期が遅く、より慎重な判断が求められます。
参考)https://www.jstct.or.jp/uploads/files/guideline/04m_vaccination_ver01.pdf
意外な事実として、新型コロナウイルスワクチン(SARS-CoV-2ワクチン)は、感染流行状況を考慮して移植後3ヶ月以降から接種可能とされています。これはパンデミックという特殊な状況に対応するための特例的な措置です。
造血幹細胞移植後のワクチン接種順序には原則があり、これを遵守することが安全な予防接種実施の鍵となります。
原則的な接種順序。
1. 不活化ワクチンから開始
2. 生ワクチンへと移行
3. インフルエンザワクチンは優先的に実施
不活化ワクチンでは、一般的にDPT-IPV(15歳未満はジフテリア、百日咳、破傷風、不活化ポリオの四種混合ワクチン。15歳以上は三種混合ワクチンおよび不活化ポリオワクチン)から開始します。
しかし、周囲の感染症流行状況により肺炎球菌ワクチンなど表1の不活化ワクチンのいずれを優先しても良いとされています。例えば、冬季のインフルエンザ流行時期が迫っている場合には、適宜インフルエンザワクチンを優先します。また、新型コロナウイルスワクチン(SARS-CoV-2ワクチン)も、流行状況を考慮して適宜優先的に接種することが推奨されています。
生ワクチンは、副作用の頻度が少なく抗体獲得が評価しやすい麻しん(麻しん風しん混合ワクチン)から開始するのが望ましいですが、周囲の感染症流行状況から他の生ワクチンを優先することも考慮されます。
重要な点として、同日接種は混注せず、部位を違えて接種する必要があります。日を異にする場合の接種間隔は、注射生ワクチン同士は4週間あけます。それ以外のワクチンの組み合わせでは、前のワクチン接種からの間隔にかかわらず、次のワクチンの接種を受けることができます。
ただし、SARS-CoV-2ワクチンを接種する場合は対応が少し異なります。SARS-CoV-2ワクチンとインフルエンザワクチンとの同時接種は可能ですが、インフルエンザワクチン以外のワクチンは、SARS-CoV-2ワクチンと同時に接種できません。互いに、片方のワクチンを受けてから2週間後に接種できます。
造血幹細胞移植後のワクチン接種において、不活化ワクチンと生ワクチンの違いを正しく理解することは不可欠です。この違いが接種時期や安全性に直接影響を与えるからです。
不活化ワクチンの特徴。
生ワクチンの特徴。
造血幹細胞移植後のワクチン接種スケジュールは、その種類、年齢を問わず同一のスケジュールでワクチン接種します。これは、多様な移植条件の差異により免疫回復は異なるが、それぞれの移植でのワクチン効果についての情報は充分ではないため、充分な追加情報が得られるまでは同一の予防接種スケジュールを推奨しているからです。
参考リンク。
日本造血・免疫細胞療法学会 造血細胞移植ガイドライン 予防接種(第4版)PDF
このリンクには、造血幹細胞移植後のワクチン接種に関する詳細なガイドラインが記載されており、各ワクチンの接種量、接種回数、接種順序、接種時期の目安が表形式でまとめられています。
造血幹細胞移植後のワクチン接種において、抗体価測定と再接種は重要なテーマです。移植前に予防接種もしくは感染によって免疫を得た種々のウイルス抗体価は、移植後に次第に減衰することが知られています。
これは、患者の抗体産生細胞である形質細胞が移植後消失するに伴い抗体の供給が途絶えるためと考えられています。LjungmanらによるEBMTでの調査では、麻しん、流行性耳下腺炎の抗体を移植前に有する患者において移植後の抗体価の推移を観察した結果、共に10年で抗体価保有率は10%程度に減少することを示しました。
抗体陰性化の危険因子。
ワクチン接種後は、最初から抗体価が上昇しない一次性ワクチン不全(primary vaccine failure、PVF)と、上昇後に低下・消失する二次性ワクチン不全(secondary vaccine failure、SVF)をきたすことがあるので、接種後も年1回程度の抗体価測定が望ましいとされています。
欧米合同ガイドラインでは、麻しん、破傷風、ジフテリア、ポリオ、HBVについては4〜5年に一回(BIII)、肺炎球菌については最初の4年間は2年ごとの測定を推奨しています(BIII)。
ワクチン接種後に抗体価が低下もしくは消失した場合は再接種が必要と考えられますが、再接種の充分なデータがないのが現状です。
意外な事実として、造血幹細胞移植後のワクチン再接種は、A類疾病(予防接種を受ける努力義務を課している疾病)におけるまん延予防というよりはB類疾病(個人予防に重点)として個人の感染予防の観点が強いとする議論があります。しかし、造血細胞移植後などの続発性免疫不全者が感染すると病原体を排除できず、ウイルスが1年半以上持続感染したという報告があります。
持続感染者は周囲へのまん延をきたす可能性があるので、造血幹細胞移植後の抗体価低下/消失の状況においては個人予防と集団予防(まん延予防)を明確に区別することは困難です。
参考リンク。
日本造血・免疫細胞療法学会 移植患者に対するワクチン接種について
このリンクには、造血幹細胞移植後のワクチン接種の基本的な考え方や、不活化ワクチンと生ワクチンの接種開始時期の基準が簡潔にまとめられています。
造血幹細胞移植後のワクチン再接種において、あまり知られていない重要な課題があります。それは、再接種にかかる費用と自治体による助成制度の現状です。
移植前に接種した定期予防接種の免疫が消失するためワクチン再接種が必要となります。しかし、再接種は定期接種とならないため、本ガイドラインで推奨するワクチンは任意接種となり、全額自己負担が必要で高額となります。また、再接種の参考とする抗体価測定が保険診療とならないことがあります。
このような現状に対して、自治体によるワクチン再接種の助成制度が進められています。厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会によれば、2018年7月1日の時点で全国1741の市区町村のなかで助成事業を行っている自治体は全自治体の5.1%、実施予定は5.0%、実施を検討は14.4%でした。
再接種実施自治体の対象年齢の規定では20歳未満が多いですが、規定がない自治体は22.5%を占めていました。抗体価低下/消失は小児も成人も同じなので、年齢規定のない自治体では対象年齢を幅広くとって再接種の対象に成人が含まれている可能性もあります。
このため、ワクチン再接種の際は、助成制度について各自治体に問い合わせることが必要です。
他の続発性免疫不全症と比較して、平等原則という観点から造血幹細胞移植患者だけを再接種の対象に取り上げるには合理的な説明が必要とするという議論もあります。造血細胞移植後以外の続発性免疫不全症(小児がんに対する化学療法の終了後や臓器移植での免疫抑制薬の長期投与など)でも抗体が低下する場合があり、特にワクチン接種者では自然感染者に比べて低下しやすいからです。
しかし、造血細胞移植患者では、原疾患の治療(全身照射や抗がん剤など)は終了しているものの移植後に抗体産生細胞が減少/消失するため、ワクチン再接種以外にワクチンで予防可能な感染症(VPD)に対する免疫を回復させる方法がありません。
本ガイドラインでは移植の種類(自家移植、同種移植)や年齢(小児、成人)を問わず、全ての造血細胞移植後にワクチン再接種を推奨していますが、特に再接種対象に成人を含めることは重要です。それは移植症例の約80%を20歳以上の成人が占めていることと、小児期に造血細胞移植を受けて成人になった症例も再接種が必要となるからです。
ワクチン再接種(定期接種化)への積極的な公的支援が期待されています。
参考リンク。
厚生労働省 造血幹細胞移植後の接種について
このリンクには、厚生労働省による造血幹細胞移植後のワクチン接種に関する基本的な情報と、日本造血細胞移植学会のガイドラインへの言及が記載されています。
造血幹細胞移植患者に対するワクチン接種では、予診票の活用と接種時の注意点が特に重要です。個別接種の原則が適用され、移植施設によっては独自の予診票が用意されています。
予診票で確認する主要項目。
免疫抑制剤の内服がある場合、GVHDとそれに対する免疫抑制療法(IS)はワクチン接種に対する免疫反応に影響します。一般的には、GVHDがあれば個別対応が必要と考えられ、慢性GVHDが増悪していないことが望ましいです。
生ワクチン接種については、IS中は禁忌とされています。ただし、CDCの予防接種ガイドラインではプレドニンを必要とする疾患であっても生ワクチン接種を必ずしも禁忌とはしておらず、プレドニンは投与量および投与期間が一定内(20mg/day未満あるいは2mg/kg未満を14日間以下なら可能)であれば予防接種可能としています。
出血傾向に関しては、血小板減少(<5万/μL)があれば、皮膚注射が可能なワクチンを考慮します。IDSAガイドラインによれば、血小板数3〜5万/μLであれば、筋肉注射が必要なワクチンは、23ゲージ以下の注射針を使用して接種後に局所の2分間の圧迫を行います。
ワクチン接種の際の一般的注意。
予防接種不適当者とは、予防接種を受けることが適当でない者を指し、明らかな発熱を呈している者、重篤な急性疾患にかかっていることが明らかな者、当該疾病に係る予防接種の接種液の成分によって、アナフィラキシーを呈したことが明らかな者などが該当します。
造血幹細胞移植患者は「予防接種要注意者」として位置づけられており、接種を受ける者の健康状態及び体質を勘案し、注意して接種する必要があります。
参考リンク。
静岡がんセンター 造血幹細胞移植後ワクチン(予防接種)Ver.3
このリンクには、造血幹細胞移植後のワクチン接種に関する具体的なスケジュールと、各ワクチンの接種時期の目安が記載されています。
マンボウ@血液内科医 ワクチン -同種造血幹細胞移植後-
このリンクには、血液内科医による造血幹細胞移植後のワクチン接種に関する実践的な解説と、患者へのアドバイスが記載されています。
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