
糖尿病性腎症の食事療法は、「腎臓に良い食品」を一律に選ぶことではありません。尿アルブミン・尿蛋白とeGFRを基本に病期を把握し、血圧、浮腫、血清カリウム、体格、年齢、食欲、身体活動量を重ねて処方を組み立てます。糖尿病性腎臓病(DKD)には、蛋白尿が目立たないまま腎機能が低下する非典型例も含まれます。そのため、尿蛋白が少ないことだけで食事上の腎リスクが低いとは判断できません。
| 病期 | 主な所見 | 食事支援の主眼 |
|---|---|---|
| 第1期:腎症前期 | 正常アルブミン尿、eGFRは保たれる | 血糖・体重・血圧の管理、たんぱく質過剰の是正 |
| 第2期:早期腎症期 | 微量アルブミン尿 | 血糖・血圧管理を強化し、過剰摂取を避ける |
| 第3期:顕性腎症期 | 持続性蛋白尿または顕性アルブミン尿 | たんぱく質・食塩・エネルギーを具体的に処方する |
| 第4期:腎不全期 | eGFR低下、浮腫・高カリウム血症など | 低たんぱく食と十分なエネルギー、電解質・水分を個別調整する |
| 第5期:透析療法期 | 透析中 | 保存期とは異なる透析食へ移行し、たんぱく質不足を避ける |
第1~2期では、まず糖尿病食として適正なエネルギー量を確保し、血糖および血圧を整えることが中心です。一方、第3期以降では、蛋白尿や腎機能低下の程度をみながら、たんぱく質制限を具体化します。高血圧を合併する場合は病期を問わず減塩が重要です。古典的な腎症病期は尿アルブミンを重視する分類であり、CKDのG分類とは同じ「ステージ」という語でも軸が異なります。説明時には「尿の蛋白の段階」と「腎臓のろ過能力の段階」を混同しないことが実践的です。
順天堂医院:糖尿病腎症の病期分類と食事基準
参考)腎・高血圧内科|糖尿病腎症|順天堂大学医学部附属順天堂医院
たんぱく質制限の目的は、窒素代謝産物の蓄積を抑え、糸球体への負荷や蛋白尿を減らし、腎機能低下を緩やかにすることです。ただし、たんぱく質だけを減らして総エネルギーまで不足すると、身体は筋肉を分解してエネルギーを作ります。結果として尿素窒素が増え、筋肉量低下、フレイル、サルコペニアにつながるため、制限食の成否はエネルギー確保に左右されます。
目安として、第1~2期ではエネルギー25~30kcal/kg標準体重/日を基本とし、たんぱく質の「過剰摂取」を避けます。第3期では25~35kcal/kg標準体重/日、たんぱく質0.8~1.0g/kg標準体重/日程度、第4期では30~35kcal/kg標準体重/日、たんぱく質0.6~0.8g/kg標準体重/日程度が示されます。ただし、肥満、やせ、感染症、褥瘡、心不全、悪性腫瘍、身体活動量などで必要量は変わるため、数値をそのまま自己適用するものではありません。
日本糖尿病協会:糖尿病腎症の食事療法
参考)https://www.nittokyo.or.jp/uploads/files/leaf_dkd_st4.pdf
標準体重は、一般に「身長(m)×身長(m)×22」で算出します。例えば身長160cmなら標準体重は約56kgです。第3期でたんぱく質0.8g/kg標準体重/日を採用した場合、1日目標は約45gとなります。ここで注意すべきは、肉・魚・卵・大豆製品だけでなく、米、パン、麺、乳製品、練り製品、菓子にもたんぱく質が含まれる点です。主菜を減らしたのに目標量を超える、あるいは主食を減らしすぎてエネルギー不足になる、といったずれが起こります。
たんぱく質制限は「少なければ少ないほどよい」わけではありません。糖尿病性腎症第3~4期の観察研究では、たんぱく質摂取が少ないほど腎不全進展リスクが低い可能性が示された一方、栄養状態が悪い患者では摂取量低下が死亡リスク上昇と関連しました。とくに高齢者、体重減少例、食欲低下例では、腎保護と筋肉・生活機能維持の両方を評価する必要があります。
東京女子医科大学:腎症に対するたんぱく質制限食の有効性と安全性
参考)糖尿病の情報連携
食塩は、血圧、浮腫、口渇、飲水量、心不全リスクに連動します。糖尿病性腎症では、ナトリウム排泄が低下するほど体液量が増えやすく、血圧上昇が腎機能悪化の悪循環を作ります。高血圧を合併する糖尿病患者では、病期にかかわらず食塩6g/日未満が推奨されます。減塩は降圧そのものに加え、ACE阻害薬やARBの降圧効果を高める可能性があります。日本腎臓学会:糖尿病性腎症における減塩・たんぱく質制限の考え方
参考)https://jsn.or.jp/guideline/pdf/CKD08.pdf
実務では、食卓のしょうゆよりも、加工食品、漬物、麺類の汁、丼物、惣菜、ハム・練り製品、インスタント食品に由来する食塩量を見落としやすいものです。減塩調味料にもカリウムを添加した製品があります。腎機能低下や高カリウム血症がある患者では、「減塩だから安全」とは限らないため、塩化カリウムを使った調味料・代替塩の使用可否を確認します。これは食事指導で意外に重要な確認点です。
水分は第3期以降で一律に制限するものではありません。尿量、浮腫、心不全、血圧、血清ナトリウム、透析の有無を踏まえて決定します。不要な飲水制限は脱水、便秘、食欲低下を招くことがあります。一方、浮腫や心不全、乏尿があれば水分制限が必要になるため、「水を多く飲めば腎臓に良い」という一般論を当てはめないことが大切です。
カリウム制限も血清カリウム値に基づく個別対応です。第4期では高カリウム血症のリスクが高まり、野菜、果物、芋類、海藻、豆類、ジュースなどの量や調理法を調整します。カリウムは水に溶けやすいため、野菜や芋類は細かく切って水にさらし、ゆでこぼすと減らせます。ただし、ゆで汁を使ったスープや煮汁まで飲むと利点が薄れます。野菜を禁止するのではなく、量・頻度・調理法を検査値と栄養状態に合わせて調整します。
食事支援では、「食べてはいけない食品」の一覧よりも、1日の配分を可視化するほうが継続につながります。第1~2期では、主食を抜いて血糖を下げようとする極端な糖質制限や、健康目的の高たんぱく食を見直します。第3~4期では、主菜の量を決め、低たんぱく主食なども選択肢に入れながら、必要なエネルギーを確保します。
| 食事場面 | 工夫の例 | 注意点 |
|---|---|---|
| 朝食 | 主食、適量の主菜、野菜料理をそろえる | パン+チーズ+ハム+スープは食塩とたんぱく質が重なりやすい |
| 昼食 | 単品の麺より定食型を選び、汁を残す | 外食の丼・ラーメンは食塩量が多くなりやすい |
| 夕食 | 主菜を計量し、副菜の味付けを薄くする | 鍋料理、漬物、佃煮、干物は食塩量を合算する |
| 間食 | 必要なエネルギーを補う食品を個別に選ぶ | ナッツ、乳製品、プロテイン食品はたんぱく質・カリウム・リンに注意する |
たとえば第3期でたんぱく質制限が必要な患者では、「主菜をゼロにして野菜だけ」という献立は適切ではありません。主菜は処方量の範囲で確保し、主食・油脂類などを活用してエネルギー不足を防ぎます。また、食塩を減らすために市販のたれやドレッシングを無制限に使うのではなく、小皿に取り分けて量を決める方法が有効です。食品交換表、写真付きの食事記録、管理栄養士による聞き取りを組み合わせると、実際の摂取量を把握しやすくなります。
なお、透析導入後は保存期とは考え方が変わります。透析ではアミノ酸が失われるため、保存期のような強いたんぱく質制限を継続すると低栄養につながり得ます。第5期は「腎不全だからさらに減らす」と自己判断せず、透析条件、体重増加、血清カリウム・リン、栄養状態に合わせた透析食へ切り替える必要があります。
糖尿病性腎症の食事では、検査値が「改善したように見える」落とし穴があります。進行した腎機能低下では腎性貧血が起こりやすく、赤血球寿命の変化などによりHbA1cが実際の血糖状態より低く見えることがあります。HbA1cだけを根拠に食事量や糖尿病薬を減らすと、高血糖や低栄養を見落とすおそれがあります。血糖自己測定、CGM、グリコアルブミンなどをどう組み合わせるかは、貧血、透析、低アルブミン血症の有無を含めて主治医と判断します。
また、体重が減ったからといって、食事療法が成功したとは限りません。浮腫の軽減で体重が落ちることもあれば、筋肉量が低下していることもあります。とくに第4期では、食欲不振、悪心、味覚変化、便秘、口腔機能低下、抑うつ、独居による調理困難が重なり、摂取量が急に落ちることがあります。体重、BMI、筋力、歩行速度、食事摂取量、血清アルブミン、身体所見を定期的に確認し、制限を緩和すべき局面を逃さないことが重要です。
糖尿病性腎症における食事療法の本質は、たんぱく質・食塩・水分を機械的に減らすことではなく、腎機能の保持と低栄養予防を両立することです。病期が進むほど個別性は高くなります。処方された栄養量を土台に、尿アルブミン、eGFR、血圧、浮腫、カリウム、体重、食欲の変化を追い、医師・管理栄養士・薬剤師・看護師が同じ目標を共有して支援することが、継続可能な食事療法につながります。