筋萎縮性側索硬化症の原因と病態を整理する

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、上位・下位運動ニューロンが進行性に障害される神経変性疾患です。原因は単一ではなく、遺伝的背景と複数の細胞内異常が関与すると考えられています。臨床現場では原因とリスクをどのように説明すべきでしょうか?

筋萎縮性側索硬化症の原因と病態の基礎知識

ALS原因と病態の重要ポイント
原因は単一ではない

ALSの明確な単一原因は未解明で、遺伝的要因と環境・加齢などの非遺伝的要因が複合すると考えられます。

運動ニューロンが選択的に障害される

上位・下位運動ニューロンの変性により筋力低下や筋萎縮が進行し、感覚機能は比較的保たれることが特徴です。

遺伝子と細胞内異常に注目する

家族性ALSでは原因遺伝子変異が重要で、孤発性ALSを含め蛋白質恒常性やRNA代謝の異常が研究されています。


ALSは運動ニューロンが変性する進行性疾患



筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は、脳の運動野から脊髄前角、脳幹の運動神経核に至る運動ニューロン系が選択的かつ進行性に変性・脱落する神経変性疾患です。上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの双方が障害されることで、筋力低下、筋萎縮、線維束性収縮、腱反射亢進、痙縮、病的反射などが組み合わさって出現します。
ALSという病名には、筋萎縮、側索、硬化という病理学的・臨床的な特徴が含まれています。下位運動ニューロン障害では脱神経による筋萎縮がみられ、上位運動ニューロン障害では皮質脊髄路、とくに脊髄側索を中心とする変性が生じます。患者では四肢、球部、呼吸筋に関与する運動系が障害されますが、一般には感覚、視覚、聴覚、眼球運動、膀胱直腸機能などは比較的保たれます。ただし、認知・行動面の変化や前頭側頭型認知症を併存する症例もあるため、「運動だけの疾患」と単純化しすぎないことが重要です。


参考)筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) – …
ALSの原因を説明する際にまず押さえるべき点は、現時点で全症例を説明できる単一の発症原因は確立していないことです。従来、原因不明の疾患として扱われてきましたが、分子遺伝学、病理学、細胞生物学の進展により、遺伝的素因と複数の病態経路が相互に関与する疾患群として理解されつつあります。医療従事者は、「原因不明」という説明を、何も分かっていないという意味で用いるのではなく、複数の候補機序が示されている一方、個々の患者の発症を一つの因子だけで説明することはできない状態と伝える必要があります。
難病情報センター:筋萎縮性側索硬化症(ALS)


原因は遺伝的要因と非遺伝的要因の相互作用

ALSは大きく家族性ALSと孤発性ALSに分類されます。家族内にALS患者が集積する家族性ALSは全体の一部であり、多くは明らかな家族歴を認めない孤発性ALSです。ただし、家族歴がないことは遺伝的要因が完全に存在しないことを意味しません。浸透率、家族構成、発症年齢、診断歴の不足、血縁者の早期死亡などにより、遺伝的背景があっても家族歴として把握されない場合があります。
診療ガイドラインでは、ALSの確立した発症リスクとして年齢、性別、家族歴が示されています。発症率は加齢とともに増加し、特定の年齢層で高くなることが知られています。また、性差や家族歴も疫学上のリスク評価に関わります。もっとも、これらは集団としての関連を示す因子であり、年齢が高い、男性である、あるいは家族歴があるという事実だけで個人の発症を予測・診断できるものではありません。


参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/als_2023.pdf?20231212

項目 基準・内容 備考
家族性ALS 家系内にALS患者がみられ、病的・病原性が示唆される遺伝子変異が検出されることがある 遺伝形式や発症年齢、臨床像は遺伝子により異なる
孤発性ALS 明確な家族歴を認めないALSであり、臨床上は大部分を占める 遺伝的素因や多因子性の関与は否定されない
年齢 発症率は加齢とともに上昇する 発症年齢には大きな個人差がある
性別 疫学的に性差が報告されている 個人の発症可否を決める因子ではない
環境・生活要因 多様な因子が研究対象となっているが、単独の確定的原因は確立していない 患者への断定的な説明や自己責任論は避ける

非遺伝的要因については、職業歴、身体活動、喫煙、外傷、毒性物質への曝露、感染、食事、腸内環境など、さまざまな仮説が検討されてきました。しかし、研究間で結果が一致しないものも多く、個々の生活習慣や特定の出来事をALSの直接原因と断定する根拠は不十分です。患者や家族は「何が悪かったのか」「あの仕事や運動が原因だったのか」と自責的に考えやすいため、確立していない関連を因果関係として語らない姿勢が求められます。
日本神経学会:筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023


遺伝子異常が関与する家族性ALSの理解

家族性ALSでは、複数の原因遺伝子が同定されています。日本のALS診療ガイドラインでは、日本人の家族性ALSにおいてSOD1変異の頻度が高く、FUS、TARDBPの異常がこれに続くとされています。海外ではC9orf72のリピート伸長も重要な遺伝学的要因として知られ、ALSと前頭側頭型認知症の病態連続性を理解する上でも注目されています。遺伝子ごとに発症年齢、進行速度、優位な初発部位、認知・精神症状の併存、家族内での表現型などが異なり得ます。


SOD1はスーパーオキシドジスムターゼ1をコードする遺伝子であり、変異型蛋白質の異常な性質が運動ニューロン障害に関係すると考えられています。FUSやTARDBPはRNA代謝に関連する蛋白質をコードし、RNAの転写、スプライシング、輸送、翻訳などの異常を介して神経細胞の恒常性を損なう可能性が示唆されています。C9orf72リピート伸長では、異常RNAや反復配列由来蛋白質、細胞内輸送・オートファジー機能の異常など、複数の機序が病態に関わると考えられています。

  • SOD1関連ALSでは、変異SOD1蛋白質の異常な構造変化や凝集、酸化ストレスへの関与が検討されています
  • FUS・TARDBP関連ALSでは、RNA結合蛋白質の局在異常やRNA代謝障害が重要な病態候補です
  • C9orf72関連ALSでは、反復配列伸長に伴うRNA毒性や蛋白質恒常性障害などが研究されています
  • OPTN、SQSTM1/p62などでは、蛋白質分解・輸送やオートファジー関連経路の異常が注目されています
  • SPG11、TUBA4Aなどでは、軸索輸送・細胞骨格の異常が長い軸索を持つ運動ニューロンの脆弱性に関与する可能性があります

遺伝学的検査を考える際は、単に原因遺伝子を探索する検査ではなく、本人・家族の心理的負担、血縁者への影響、発症前診断の問題、保険・就労・家族関係に関する懸念を含む重要な医療行為と位置付ける必要があります。検査前には遺伝カウンセリングを含めた十分な説明を行い、検査を受けない選択も尊重します。検出されたバリアントの解釈は容易ではなく、病的意義が確立していないバリアントもあるため、専門施設や遺伝医療部門と連携した評価が望まれます。


孤発性ALSで想定される主要な病態機序

孤発性ALSでは、特定の遺伝子異常だけでは説明できない多因子性の病態が想定されています。特に注目されるのがTDP-43です。TDP-43はRNA結合蛋白質であり、孤発性ALSの多くで、細胞核からの消失と細胞質内への異常蓄積・封入体形成が観察されます。TDP-43の機能喪失と、細胞質への異常集積に伴う毒性獲得の双方が、神経細胞障害につながる可能性があります。


病態は一つの経路だけで完結するのではなく、複数の細胞内異常が連鎖するモデルで理解されます。蛋白質分解・輸送の障害が生じれば、異常蛋白質の蓄積や小胞体ストレスにつながります。RNA代謝が障害されれば、神経細胞の維持に必要な蛋白質の発現制御が乱れます。さらに、ミトコンドリア機能障害、酸化ストレス、グルタミン酸による興奮毒性、神経炎症、軸索輸送障害などが相互に影響し、運動ニューロンの脆弱性を増幅すると考えられています。
グルタミン酸興奮毒性は、ALSの病態仮説として長く検討されてきました。グルタミン酸は中枢神経系の主要な興奮性神経伝達物質ですが、細胞外濃度の調節が破綻し、受容体刺激が過剰となると、神経細胞内へのカルシウム流入増加などを通じて細胞傷害が起こり得ます。リルゾールがグルタミン酸神経伝達への作用を介して病勢進行を抑制すると考えられていることも、この経路への関心を支えています。ただし、興奮毒性だけがALSの原因ではなく、多数の病態機序の一部として位置付けるべきです。


参考)筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因
神経炎症については、ミクログリアやアストロサイトなどのグリア細胞が、病態の進展や神経保護の双方に関与する可能性が研究されています。初期には損傷組織への反応として働く細胞応答が、慢性化や環境変化によって神経障害を助長する可能性があります。しかし、神経炎症を単純に「原因」と捉えることは適切ではありません。神経変性の結果として生じる反応である側面もあり、病態のどの段階で何が主導的に働くかは、今後も検証が必要です。


医療従事者が原因説明で押さえるべき視点

ALS患者や家族への説明では、「原因は分かっていません」と短く結論づけるだけでは、疑問や不安が残りやすくなります。一方で、仮説段階の環境因子やインターネット上の情報を確定事項のように扱うと、不必要な罪悪感、家族間の葛藤、根拠の乏しい治療への期待につながるおそれがあります。説明では、現時点で分かっていること、まだ分かっていないこと、個人の発症原因を特定することが難しいことを分けて伝えることが基本です。
例えば、「ALSは筋肉の病気ではなく、筋肉を動かす運動神経が障害される病気です。大部分の患者さんでは、一つだけの原因を特定することはできません。ただし、一部には遺伝子が関係するタイプがあり、遺伝子検査を含めて専門的に相談できる場合があります。現在は、異常な蛋白質の蓄積、RNAの働きの乱れ、神経の炎症や酸化ストレスなどが複合して運動神経を傷つけると考えられています」といった説明は、過度な断定を避けつつ、研究の到達点を共有する助けになります。
診断過程においては、ALSに似た症候を呈する疾患を除外する視点も不可欠です。頸椎症性脊髄症、頸椎症性筋萎縮症、多巣性運動ニューロパチー、封入体筋炎、重症筋無力症、筋疾患、末梢神経疾患、脳・脊髄病変などは、筋力低下や筋萎縮、構音・嚥下機能の低下を呈し得ます。ALSの原因説明を急ぐ前に、上位・下位運動ニューロン徴候の分布、進行性、電気生理学的検査、画像検査、血液検査などを統合し、治療可能な鑑別疾患を適切に評価することが重要です。


原因に関する理解は、患者への説明にとどまらず、遺伝子標的治療、バイオマーカー開発、病型別の臨床試験、個別化医療を考える基盤になります。ALSは依然として根治が難しい疾患ですが、分子病態を踏まえた治療開発は進んでいます。医療従事者には、確定していない情報を断定しない慎重さと、研究の進展を患者の希望に結び付ける正確な情報提供の両方が求められます。


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