
ペプチドグリカン(peptidoglycan、ムレイン)は、ほとんどの細菌の細胞壁を支える高分子である。構造式を理解する際は、まず糖鎖部分とペプチド部分を分けて捉えるとよい。糖鎖は、N-アセチルグルコサミン(N-acetylglucosamine:GlcNAc、NAG)とN-アセチルムラミン酸(N-acetylmuramic acid:MurNAc、NAM)が交互に反復する。
基本表記は次のとおりである。
…–GlcNAc–β(1→4)–MurNAc–β(1→4)–GlcNAc–β(1→4)–MurNAc–…
GlcNAcとMurNAcをつなぐのはβ(1→4)グリコシド結合である。ヒトのリゾチームはこの結合を加水分解するため、ペプチドグリカン糖鎖の切断に関与する。もっとも、細菌側には糖残基のO-アセチル化、N-脱アセチル化などによりリゾチーム感受性を下げる修飾を行う種があり、単純な「リゾチーム=細胞壁分解」とは限らない。
MurNAcはGlcNAcに乳酸残基が付加したアミノ糖であり、この乳酸由来の側鎖がペプチド結合の足場となる。すなわち、糖鎖の反復だけでは強い細胞壁にはならず、MurNAcに結合したペプチドが隣の糖鎖と結び付くことで、袋状の巨大な網目構造(サキュラス)が完成する。
細菌の形態維持、細胞内浸透圧への抵抗、細胞分裂時の隔壁形成は、この構造に強く依存する。精製されたペプチドグリカンサキュラスでも細菌本来の形状が比較的保持されることがあり、単なる「細胞壁の成分」ではなく、細胞外骨格に近い構造体として理解するのが適切である。
ペプチドグリカンの基本構造、MurNAcとGlcNAcのβ(1→4)結合、短いペプチド鎖による架橋については、細菌細胞壁の総説で詳しく解説されている。
ペプチドグリカン構造式で次に重要なのが、MurNAcの乳酸側鎖にアミド結合するステムペプチドである。代表的なグラム陰性菌である大腸菌では、前駆体として次のペンタペプチドがよく用いられる。
MurNAc–L-Ala–γ-D-Glu–meso-DAP–D-Ala–D-Ala
成熟した細胞壁では、架橋反応の過程で末端のD-Alaが切り離され、テトラペプチドとして存在することが多い。ここで注目すべきは、タンパク質を構成するアミノ酸が原則としてL体であるのに対し、ペプチドグリカンにはD-GluやD-Alaが含まれる点である。
D-アミノ酸の存在は、細菌が宿主や環境中の一般的なプロテアーゼに対して構造を保ちやすくする一因と考えられる。また、D-Ala–D-Ala末端はバンコマイシンなどのグリコペプチド系抗菌薬の認識部位でもある。したがって、構造式の末端にあるD-Ala–D-Alaは、単に「最後の2残基」ではなく、細胞壁成熟と抗菌薬感受性を左右する重要な化学構造である。
ステムペプチドの第3位には、架橋の起点になるジアミノ酸が置かれる。グラム陰性菌ではmeso-ジアミノピメリン酸(meso-DAP)が典型的であり、グラム陽性菌ではL-リジン(L-Lys)が多い。ただし、菌種ごとの例外や多様性が大きく、「グラム陽性菌は必ずLys型、陰性菌は必ずDAP型」と断定することは避けるべきである。
このようなD-アミノ酸を含む非リボソーム性の前駆体合成は、細菌特異的な代謝経路として抗菌薬開発の標的になり得る。たとえばホスホマイシンはMurA、D-サイクロセリンはアラニンラセマーゼやD-Ala–D-Alaリガーゼを阻害し、ペプチドグリカン前駆体の供給を妨げる。
ペプチドグリカンの物理的強度は、糖鎖そのものよりも、糖鎖間を連結するペプチド架橋によって大きく規定される。糖鎖を縦糸、ステムペプチドを横糸として想像すると理解しやすい。多数の糖鎖がペプチド架橋で連結され、細胞全体を包む三次元的なメッシュを作る。
| 項目 | グラム陽性菌 | グラム陰性菌 |
|---|---|---|
| ペプチドグリカン層 | 厚く、多層性 | 薄く、主に単層性 |
| 主な位置 | 細胞膜の外側 | 内膜と外膜の間のペリプラズム |
| 第3位アミノ酸の例 | L-Lys | meso-DAP |
| 架橋の例 | ペンタグリシンなどの架橋ペプチドを介する場合がある | meso-DAPと隣接鎖のD-Alaが直接結合する場合が多い |
| 関連構成成分 | テイコ酸、リポテイコ酸 | 外膜、リポ多糖(LPS) |
黄色ブドウ球菌では、L-Lys側鎖と隣接ステムペプチドのD-Alaの間を5個のグリシンからなるペンタグリシンがつなぐ構造が代表的である。一方、大腸菌ではmeso-DAPと隣接鎖のD-Alaの間に直接架橋が形成される。両者は同じペプチドグリカンという名称であっても、化学的な細部は同一ではない。
グラム陽性菌の厚いペプチドグリカン層は、グラム染色でクリスタルバイオレット複合体を保持しやすい背景となる。対してグラム陰性菌では、薄いペプチドグリカン層の外側に外膜が加わる。この外膜は薬剤透過性、β-ラクタマーゼの局在、免疫系との接触様式に影響するため、抗菌薬の作用を考える際にはペプチドグリカン層だけでなく、細胞包膜全体として把握する必要がある。
日本語で細胞壁の構造とグラム陽性菌・陰性菌の違いを確認する際には、日本ウイルス学会の解説が参考になる。
第3章 細菌の構造(日本ウイルス学会)
ペプチドグリカン構造式は、抗菌薬の作用点を理解するための地図でもある。細胞壁合成は、細胞質での前駆体合成、脂質担体を介した膜輸送、糖鎖重合、ペプチド架橋、成熟・再構築という複数段階からなる。どの段階を阻害するかにより、抗菌薬の標的は異なる。
β-ラクタム系抗菌薬の中心的標的は、ペニシリン結合タンパク質(PBP)である。PBPには糖鎖重合や架橋に関わる酵素群が含まれ、特にトランスペプチダーゼ活性はペプチド架橋の形成を担う。β-ラクタム環は基質であるD-Ala–D-Ala末端の構造を模倣してPBPに結合し、酵素反応を停止させる。
この結果、新しい糖鎖は作られても適切な架橋が進まず、細胞壁の力学的な完全性が失われる。増殖中の細菌では細胞壁の切断と再合成が並行して起こるため、合成だけが止まると浸透圧に耐えられず溶菌に至ることがある。
一方、耐性菌では標的PBPの変化、β-ラクタマーゼによる薬剤分解、外膜ポーリンの変化、排出ポンプの増強などが関与する。MRSAにおけるPBP2aの獲得は、β-ラクタムへの親和性が低いPBPが架橋反応を代替し得ることを示す代表例である。したがって、処方設計では薬剤名だけではなく、菌種、耐性機序、感染巣への移行、PK/PDを統合して評価する必要がある。
ペプチドグリカンは細菌にとっての支持構造であるだけでなく、宿主にとっては「細菌らしさ」を検知する分子パターンでもある。意外に見落とされやすいのは、宿主が認識するのは巨大な不溶性のペプチドグリカン全体ではなく、細胞壁の分解・再構築で生じる可溶性の断片である点である。
代表的な細胞内パターン認識受容体としてNOD1とNOD2がある。NOD1は、主にmeso-DAPを含むペプチドグリカン断片、特にγ-D-Glu-meso-DAPを含む構造を認識する。これは多くのグラム陰性菌に多いDAP型ペプチドグリカンとの関連で説明される。一方、NOD2はグラム陽性菌・陰性菌に共通するムラミルジペプチド(MDP)を認識する。
| 受容体 | 代表的リガンド | 構造上の着眼点 | 主な意義 |
|---|---|---|---|
| NOD1 | iE-DAP、Tri-DAP関連断片 | meso-DAPを含むステムペプチド | 細菌由来断片への細胞内応答 |
| NOD2 | ムラミルジペプチド(MDP) | MurNAcと短いペプチド | 広範な細菌由来断片への応答 |
NOD1またはNOD2が活性化されると、RIP2を介してNF-κBやMAPK経路が活性化され、サイトカインやケモカインの発現へつながる。つまり、ステムペプチド第3位のアミノ酸がmeso-DAPかL-Lysかという構造式上の差は、分類学的な記述にとどまらず、宿主がどのような炎症応答を生じ得るかにも関係する。
ただし、精製ペプチドグリカンの免疫活性を議論する際は注意が必要である。調製物にリポタンパク質、リポテイコ酸、LPSなどが混在すれば、TLR系を含む別の経路が影響し得るためである。研究結果や医療用原料の評価では、由来菌、精製法、可溶化処理、断片サイズ、混入物管理を確認することが重要となる。
ペプチドグリカンの構造多様性、NOD1のmeso-DAP関連断片認識、NOD2のMDP認識、歯周組織における炎症との関係は、以下の日本語総説で確認できる。
医薬品・医療機器の微生物由来不純物としてのペプチドグリカン、DAP型とLys型の基本的な差、SLP試薬による検出の考え方は、富士フイルム和光純薬の技術解説が参考になる。
エンドトキシン便り「第6話 ペプチドグリカンについて」