
「交通費は非課税」と一括りにされがちですが、給与計算では支給の性質を見分けることが出発点です。従業員が自宅から勤務先へ通うために会社が支給する通勤手当は、所得税法上、一定の非課税限度額が設けられています。一方で、訪問診療、外来応援、学会出張、法人内の別施設への移動など、業務そのもののために発生する旅費交通費は、通常、通勤手当とは別の論点です。
たとえば病院勤務であっても、「自宅から病院まで」の移動は通勤です。勤務中に本院から分院へ移動する、訪問先へ社用車で向かう、研修参加のために出張するという移動は、原則として業務に伴う交通費です。同じ電車代やガソリン代でも、移動の目的により給与課税の整理が変わるため、申請書で通勤と業務移動を混在させないことが重要です。
通勤手当は、会社が任意に定める支給制度です。つまり、税務上の非課税限度額まで必ず支給しなければならないわけではありません。就業規則や賃金規程に「月額上限」「最短経路」「自宅からの距離」「駐車場の扱い」などが定められている場合、まず支給額はその規程に従います。そのうえで、支給額のうちどこまでを非課税として給与処理できるかを判定します。
注意したいのは、非課税限度額を超えたときの扱いです。超過した通勤手当の全額が課税されるのではなく、超えた部分だけが給与として課税されます。給与明細では「通勤手当」が支給されていても、その一部が課税支給に入ることがあります。これは支給ミスとは限らず、限度額超過に伴う通常の処理です。
国税庁は、役員・使用人に給与へ加算して支給する通勤手当について、一定額まで非課税とするルールを示しています。医療機関では夜勤や早朝勤務を理由にマイカー通勤となるケースも多いため、通勤経路、利用手段、距離の変更を人事・給与担当へ速やかに届け出ることが実務上の基本になります。
参考)No.2585 マイカー・自転車通勤者の通勤手当|国税庁
国税庁の通勤手当の対象・限度額を確認するための参考リンクです。
国税庁|No.2585 マイカー・自転車通勤者の通勤手当
マイカー、バイク、自転車などの交通用具だけで通勤する場合、非課税限度額は「片道の通勤距離」により月額で決まります。ここでいう距離は地図上の直線距離ではありません。国税庁は、通勤経路に沿った長さで判定すると明示しています。川、鉄道、幹線道路、一方通行、冬季の通行止めなどの事情で実際に使う合理的な経路が遠回りになる場合、住所間を直線で測った距離だけでは判断できません。
| 片道の通勤距離 | 1か月当たりの非課税限度額 |
|---|---|
| 2km未満 | 全額課税 |
| 2km以上10km未満 | 4,200円 |
| 10km以上15km未満 | 7,300円 |
| 15km以上25km未満 | 13,500円 |
| 25km以上35km未満 | 19,700円 |
| 35km以上45km未満 | 25,900円 |
| 45km以上55km未満 | 32,300円 |
| 55km以上65km未満 | 38,700円 |
| 65km以上75km未満 | 45,700円 |
| 75km以上85km未満 | 52,700円 |
| 85km以上95km未満 | 59,600円 |
| 95km以上 | 66,400円 |
令和8年4月1日現在の国税庁の案内では、10km以上の区分の一部が従前より引き上げられ、55km以上も距離帯ごとに細分化されました。以前の表を参照していると、7,100円、12,900円、31,600円といった旧額が残っていることがあります。給与ソフト、人事規程、通勤届の案内、職員向けFAQを更新する際には、いつ時点の限度額なのかを必ず確認しましょう。
2km未満は「交通費を出してはいけない」という意味ではありません。会社が通勤手当を支給すること自体は可能ですが、マイカー等のみの通勤では非課税枠がなく、支給額は原則として課税給与になります。徒歩・自転車通勤者への安全配慮や福利厚生の観点から支給する制度を設ける場合にも、この税務処理を理解しておく必要があります。
距離区分の境目では、自己申告だけに依存しない運用が大切です。通勤届に住所、通常利用する経路、片道距離、利用交通手段を記載し、地図アプリや経路検索の結果を保存する方法は、後日の確認に役立ちます。引越し、勤務場所の変更、駐車場の変更、公共交通機関との併用開始があったときは、通勤届を更新する運用にしましょう。
見落とされやすい改正点が、駐車場等の料金相当額に関する非課税枠です。片道2km以上をマイカー、自転車などで通勤する人が、一定の要件を満たす駐車場等を利用し、その料金を負担することを常例としている場合、距離区分の限度額に加えて、月額5,000円を上限に駐車場等の料金相当額を加算できます。対象は自動車の駐車場だけでなく、バイクや自転車の駐輪場も含まれます。
対象となり得るのは、勤務場所の周辺にある駐車場等、または通勤で利用する駅・停留所・その他の施設の周辺にある駐車場等です。たとえば、自宅から駅まで自転車で移動し、駅近くの有料駐輪場を継続して使い、そこから電車で病院へ向かうケースが考えられます。病院の職員用駐車場を利用するケースも、料金負担と場所などの要件を確認する必要があります。
反対に、自宅近くの月極駐車場代を一律に加算できるわけではありません。また、片道2km未満の人にはこの加算は適用されません。「駐車場代を支払っている」という事実だけで非課税になるのではなく、通勤のための駐車場等であること、勤務地・駅などとの位置関係、料金を継続的に自己負担していることを、規程と証憑で確認する発想が必要です。
例として、片道18kmを自家用車で通勤し、勤務先周辺の職員用有料駐車場に月4,000円を支払っている場合を考えます。距離区分の非課税限度額は13,500円です。要件を満たせば、駐車場料金相当額4,000円を加算し、非課税限度額は17,500円になります。ただし、通勤手当の支給制度や駐車場利用料の徴収方法は法人ごとに異なります。個別の給与処理では、規程と給与担当の判断を優先してください。
国税庁の改正内容と駐車場等の具体的な位置づけを確認するための参考リンクです。
国税庁|通勤手当の非課税限度額の改正について
公共交通機関だけで通勤する場合、非課税限度額は、最も経済的かつ合理的な経路・方法による通勤定期券などの金額です。月額15万円が上限となります。定期代が会社の支給額と同じだから自動的に非課税、というよりも、その経路と方法が合理的かを前提に判定される点が重要です。
新幹線や特急列車を使う通勤も、時間、距離、勤務事情に照らして最も経済的かつ合理的な経路・方法に該当するなら、運賃等を非課税通勤手当に含められる場合があります。早朝の手術室勤務、夜勤明け、公共交通機関の運行時間と勤務シフトの関係など、医療職では通常の9時始業とは異なる事情が生じます。ただし、単に快適という理由だけでは足りません。国税庁はグリーン料金について、合理的な通勤経路・方法の料金には当たらないとして、非課税の対象に含めない扱いを示しています。
電車・バスとマイカー・自転車を併用する場合は、公共交通機関の定期券等の金額と、マイカー等の距離区分に応じた金額、必要に応じた駐車場等の加算額を合計して判定します。ただし、全体として月15万円が上限です。駅まで車、駅から電車というパークアンドライドや、最寄り駅まで自転車で通う職員は、併用通勤としての届出内容を明確にしておくとよいでしょう。
また、パートタイマー、アルバイト、短期雇用の職員であっても、非課税限度額は月を単位として判定されます。勤務日数が少ないから日割りで非課税枠が小さくなる、という仕組みではありません。ただし、法人側が実際にいくら支給するかは賃金規程によるため、「税務上の上限」と「法人の支給上限」を混同しないことが必要です。
公共交通機関のみ・併用通勤の合理的経路と15万円上限を確認するための参考リンクです。
国税庁|No.2582 電車・バス通勤者の通勤手当
非課税の通勤手当は、所得税がかからないため「手取りにそのまま残る」と理解されやすい項目です。しかし、ここには意外な注意点があります。所得税で非課税とされる通勤手当であっても、社会保険の報酬月額を考える際には、原則として通勤手当を含めて扱います。非課税かどうかと、健康保険・厚生年金保険の報酬に含まれるかどうかは、別の制度だからです。
たとえば6か月分の定期券を一括支給する場合、給与明細では支給月に大きな交通費が計上されることがあります。社会保険の算定では、その一括支給額を6か月で割り、1か月当たりの額として報酬に算入します。現金ではなく定期券や回数券そのものを支給する場合も、現物給与として扱われます。所得税が非課税であることだけを見て社会保険料の算定から外すと、誤った理解になりかねません。
参考)https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/hoshu/20121017.files/santei.guide.book.pdf
医療機関では、シフト変更、異動、応援勤務、引越し、育休復帰などを機に通勤形態が変わることがあります。通勤手当の変更は、単に毎月の交通費が変わるだけではありません。課税給与の金額、源泉徴収、住民税、社会保険料の算定、年末調整時の確認にもつながります。通勤届を「一度出したら終わり」とせず、働き方が変わるタイミングで点検することが、職員と給与担当双方の負担を減らします。
通勤手当が変更になった月や給与明細で課税支給額が増えた月は、距離区分、定期代、駐車場代、支給規程、通勤届の内容を照合しましょう。制度の境目にあるケースは、自己判断で処理せず、給与・人事担当者や税務の専門家へ確認することが安全です。
通勤手当が社会保険の報酬月額に含まれる考え方を確認するための参考リンクです。
日本年金機構|算定基礎届の記入・提出ガイドブック