
キナーゼ(kinase)とは、生化学においてATPなどの高エネルギーリン酸結合を有する分子からリン酸基を基質に転移する酵素の総称であり、リン酸化酵素とも呼ばれます。 このリン酸化反応により、キナーゼは基質分子に対して「活性化」あるいは「エネルギーを与える」役割を果たします。
キナーゼという名称は、まさにこの「活性化(kinetic energy)」の意味に由来しています。すべてのキナーゼは、Mg²⁺あるいはMn²⁺などの2価の金属イオンを必要とし、それによりドナー分子の末端リン酸基の転移を容易にします。
具体的には、キナーゼの一種であるヘキソキナーゼは、次の反応を触媒します。
ATP + D-ヘキソース → ADP + D-ヘキソース6-リン酸
このように、キナーゼは解糖のような代謝に重要な酵素の多くが属する転移酵素の一種です。
ヒトの体は約60兆個の細胞から構成されており、その細胞内に518種類のキナーゼが存在するといわれています。 細胞の表面には様々な情報伝達に必要なアンテナのようなもの(受容体)があり、細胞間で信号のやり取りをしています。主にこの信号を伝達しているのが、キナーゼです。
参考)キナーゼの働きと病気
細胞を構成している主成分はタンパク質です。このタンパク質にリン(P)を付加するキナーゼをタンパク質キナーゼと呼びます。細胞内でキナーゼは、リン(P)が付加された状態【ON】とリン(P)が付加されていない状態【OFF】を繰り返しています。
細胞の外部から信号(刺激)を受けることで、キナーゼは別のキナーゼにリン(P)を付加して、細胞の増殖、分裂、死亡等の指令を出します。 この仕組みにより、キナーゼはほぼすべての細胞内プロセスの活性を取り仕切り、特にシグナル伝達や細胞周期のような複雑な機能の調整において、卓越した機能を発揮します。
参考)https://www.cellsignal.jp/learn-and-support/protein-kinases
プロテインキナーゼは、細胞機能の重要な調節因子であり、最大かつ最も機能的で多様な遺伝子ファミリーの1つを構成します。 酵母から無脊椎動物、ヒトまで、キノームに50ほどの異なるキナーゼファミリーが保存されていることからも、キナーゼが多様な細胞機能に不可欠であることが分かります。
リン酸化とは、化学的に「リン酸」という物質が他の分子に結合することを指します。 キナーゼは、特にタンパク質にこのリン酸を追加する際に働くのが特長です。 リン酸化によって、タンパク質の性質や機能が変化します。
参考)キナーゼとは?その役割と重要性を解説します!共起語・同意語も…
キナーゼは、ATPのγ位(末端)のリン酸基を基質へ転移するリン酸化酵素です。 この過程により、タンパク質の活性や局在が調節され、多くのタンパク質の全体的な機能が方向づけられます。
参考)https://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/biochem/lecture_s1.htm
以下の表に、キナーゼによるリン酸化の主な効果を示します。
| リン酸化の効果 | 説明 |
|---|---|
| タンパク質の活性化 | 酵素活性をON/OFFに切り替える |
| 細胞内局在の変化 | 細胞内の特定の場所へ移動させる |
| タンパク質間相互作用 | 他のタンパク質との結合を促進または阻害 |
| 安定性の調節 | 分解されやすさを変える |
このように、キナーゼは細胞内でのリン酸化を通じて、さまざまな生理的機能に関与しています。 私たちの体を正常に保つために、非常に重要な役割を果たしていると言えるでしょう。
プロテインキナーゼはリン酸化するアミノ酸残基によって、大きく2つに分類できます。
参考)キナーゼ|タンパク質実験|【ライフサイエンス】|試薬-富士フ…
ヒトタンパク質キナーゼ518種のうち478種は、触媒ドメインの配列が関連した単一のスーパーファミリーに属しています。 これらのキナーゼは、配列類似性の高さや生化学的機能により、グループ、ファミリー、サブファミリーにクラスター化することが可能です。
7つの主要なグループは以下の通りです。
参考)https://www.cellsignal.jp/learn-and-support/protein-kinases/human-protein-kinases-overview
| グループ | 説明 |
|---|---|
| AGC | PKA、PKG、PKCファミリーを含む |
| CAMK | カルシウム/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ |
| CK1 | Casein kinase 1 |
| CMGC | CDK、MAPK、GSK3、CLKファミリーを含む |
| STE | 酵母のSterile 7、Sterile11、Sterile20キナーゼのホモログ |
| TK | チロシンキナーゼ |
| TKL | チロシンキナーゼ様 |
さらに、4つの主要なグループ以外のプロテインキナーゼは、「ほかのキナーゼ」というグループにまとめられます。これには、MEK/Ste7pファミリー、MEKK/Ste11pファミリー、PAK/Ste20pファミリー、Rafファミリー、アクチビン/TGF-β受容体ファミリー、顕花植物受容体キナーゼファミリー、カゼインキナーゼIファミリーおよびLIMキナーゼが含まれます。
また、イノシトールやスフィンゴシンなどの脂質をリン酸化する酵素も存在します。
キナーゼの異常は、細胞の増殖等の指令を出し続けることにより、必要以上に細胞が増殖等してしまいます。 特にチロシンキナーゼはがんの発生・進行に深く関与するため、標的治療薬の開発が進んでいます。
参考)キナーゼ|製薬医学用語集|日本製薬医学会(JAPhMed)
外部からの刺激に関係なく、突如、異常キナーゼが働きだし、リン(P)を付加することで、細胞の増殖等の指令を出します。 異常なキナーゼは、指令を出し続けるので、必要以上に細胞が増殖等してしまいます。
このため、キナーゼ阻害薬は、がんや自己免疫疾患の治療で注目されています。 上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ活性を選択的に阻害することでがん細胞の増殖を抑制する薬が開発されています。
EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)は、EGFRチロシンキナーゼを選択的に阻害し、がん細胞の増殖能を低下されることなどにより抗腫瘍効果をあらわします。 また本剤の中にはがん細胞の自滅を誘導させる作用などをあらわす薬剤もあります。
キナーゼ阻害薬の他にも、PROTAC(標的タンパク質分解薬)という新たなアプローチも研究されています。 これにより、キナーゼの異常による疾患治療の選択肢が広がっています。
ここからは、医療従事者でもあまり知られていない意外な情報をお伝えします。納豆キナーゼ(ナットウキナーゼ)は、納豆菌が生産する酵素で、摂取後そのままの状態で腸管より一部が吸収され、血液中で強力な血栓溶解活性を示します。
ナットウキナーゼ(NK)は、275個のアミノ酸からなる一本鎖構造の納豆菌由来の線溶酵素で、血栓成分であるフィブリンに対し強力な溶解活性を示します。 また、末梢血管を改善することで、血圧降下作用を示した報告があります。
驚くべきことに、ナットウキナーゼはこれまでのいかなる線溶酵素とも異なり、分子内に"kringle"を持たない一本鎖ポリペプチド構造であることが明らかにされています。 これは、他の血栓溶解酵素とは異なる独自の構造的特徴です。
臨床研究では、2,000 FU(フィブリン分解ユニット)のナットウキナーゼを2か月服用することで、フィブリノーゲン、factor VII、VIIIの血漿中レベルが7~20%低下することが報告されています。 さらに、2,000 FUのナットウキナーゼ含有カプセルを単回投与した健常若年成人12名の採血結果では、抗凝固・フィブリン溶解を有意に亢進することが示されています。
ナットウキナーゼはフィブリンを溶解・加水分解することで血栓を直接溶解します。 血栓は、フィブリンと呼ばれるタンパク質が網を形成し、血小板と赤血球を捕らえることで形成されます。ナットウキナーゼなどの線維素溶解酵素は、フィブリンを分解する働きをします。
参考)ナットウキナーゼ:心臓病、血液凝固、心筋炎など|Japan …
NSK-SD などのナットウキナーゼの特定の形態は、フィブリンを分解するだけでなく、体内で血栓を分解するウロキナーゼとプラスミンと呼ばれる酵素の生成を増加させます。 さらに、ナットウキナーゼは、cAMP(サイクリックAMP)を増加させることで、血小板溶解(分解)を促進することが生体内で実証されています。
2022年に中国で心臓病患者1,062人を対象に実施された研究では、ナットウキナーゼの高用量投与により、頸動脈の内膜中膜サイズと頸動脈プラークが大幅に減少することがわかりました。 これらの改善は66.5~95.4%の範囲でした。さらに、血中脂質の大幅な減少が観察されました。
このように、ナットウキナーゼは心血管疾患、高血圧、心筋炎、慢性腎臓病などの治療薬として期待されています。 納豆キナーゼは血栓症の治療剤として、あるいは予防目的の機能性食品素材としてその応用開発が大いに期待できるのです。
ただし、医療系の専門家の中には「血栓溶解剤としてかつてよく使用されていたウロキナーゼ(分子量54 kDa)は注射薬で、経口薬がないので経口では効かないだろう」と考える方もいます。 しかし、臨床研究により、経口摂取でも効果が確認されている点は注目すべきです。
Wikipedia: キナーゼ - 酵素の定義と基本機能について詳しく解説
Cell Signaling Technology: プロテインキナーゼの概要と分類