バイタルサインは、生命を維持する働きの状態を示す基本的な徴候であり、日本語では「生命徴候」と表現されます。看護現場では「バイタル」「VS」と呼ばれることが多く、入院時のアセスメント、定時観察、処置前後、急変時の初期評価、申し送りなど、ほぼすべての場面で用いられます。
狭義のバイタルサインは、体温、脈拍、呼吸、血圧の4項目です。一方、臨床の看護実践では、酸素化の状況を示すSpO2、意識レベル、疼痛、尿量、血糖値なども、患者の全身状態を把握するために一緒に確認されることがあります。日本看護科学学会の用語定義でも、一般的には体温・脈拍・呼吸・血圧を指す一方、広義には意識レベルや酸素飽和度などを含むことがあるとされています。
参考)https://www.issoh.co.jp/column/details/7853/
ただし、「VSが測定できた」ことと「患者状態を評価できた」ことは同義ではありません。例えばBPがいつもより低くても、安静時の本人にとって平常の範囲なのか、起立時にめまいを伴うのか、出血や脱水を示唆する所見があるのかで意味は変わります。略語を読めるようになることは出発点であり、看護では数値の背景と推移を結びつけることが重要です。
消防庁:救急搬送における重症度・緊急度判断の参考資料
バイタルサインの略語は英語の頭文字を用いるものが多く、施設ごとに表記の慣習が異なる場合もあります。特にP、PR、HRは似ていますが、測定している対象や文脈を確認する必要があります。電子カルテの項目名、看護記録のテンプレート、院内の略語規程を確認し、部署内で統一された表記を使うことが安全な記録につながります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| VS | Vital Signs:バイタルサイン、生命徴候の総称 | 基本はBT・PまたはHR・RまたはRR・BPを指す |
| BT/T | Body Temperature/Temperature:体温 | 単位は℃。腋窩、口腔、耳、直腸など測定部位を確認する |
| P/PR | Pulse/Pulse Rate:脈拍、脈拍数 | 単位は回/分。不整の有無、強さ、左右差も観察対象となる |
| HR | Heart Rate:心拍数 | 単位は回/分。モニター、心電図、聴診などで得られる心拍数を指す |
| R/RR | Respiration/Respiratory Rate:呼吸、呼吸数 | 単位は回/分。回数だけでなく深さ、規則性、努力呼吸を観察する |
| BP | Blood Pressure:血圧 | 単位はmmHg。通常は収縮期血圧/拡張期血圧で記録する |
| SBP | Systolic Blood Pressure:収縮期血圧 | 血圧の上の値。循環血液量や心拍出量の変化を考える材料になる |
| DBP | Diastolic Blood Pressure:拡張期血圧 | 血圧の下の値。SBPと併せて脈圧も評価する |
| SpO2 | Percutaneous Oxygen Saturation:経皮的動脈血酸素飽和度 | 単位は%。パルスオキシメーターで測定し、測定条件を確認する |
| LOC | Level of Consciousness:意識レベル | JCS、GCSなどのスケールと併記して具体的に記録する |
BPはBlood Pressure、SBPは収縮期血圧、DBPは拡張期血圧を示します。また、SpO2は一般に「血中酸素飽和度」と説明されますが、厳密にはパルスオキシメーターによる経皮的な酸素飽和度の推定値です。末梢循環不全、冷感、体動、マニキュア、センサーの装着状態などによって値が影響を受けるため、表示値だけで判断せず、患者の皮膚色、呼吸状態、意識状態も同時に観察します。
参考)バイタルサインの書き方とは?BPやPRなどの略語も紹介 - …
看護記録では、略語と数値だけを並べるのではなく、必要な観察条件を補足します。たとえば「BT 37.8℃、BP 98/60mmHg、HR 112回/分、RR 24回/分、SpO2 94%(室内気)」と書けば、体温、循環、呼吸、酸素化を一度に把握しやすくなります。しかし、この記録だけでは、本人の通常値、呼吸苦の有無、測定時の体位、酸素投与の有無、症状の経過が分かりません。
実用的な記録では、「BT 37.8℃、BP 98/60mmHg、HR 112回/分・整、RR 24回/分、SpO2 94%(RA)。安静時も呼吸苦あり、会話時に息切れ増強。口唇チアノーゼなし。前回測定時よりHR上昇、SpO2低下を認める。担当医へ報告」のように、数値、測定条件、随伴症状、前回値との比較、実施した対応をつなげます。RAはRoom Airの略で、酸素を投与していない室内気の状態を表しますが、院内の略語使用規程に従うことが前提です。
HRとPRは一致しないことがあります。心房細動などで心拍出が不均一な場合、心臓で発生する拍動数であるHRと、末梢で触知できる脈拍数であるPRに差が生じることがあります。モニターのHRだけを見て「脈拍」と記録するのではなく、必要時は橈骨動脈の触診や心尖部聴診を行い、脈拍欠損の可能性も含めて評価します。
成人の安静時における一般的な目安として、呼吸数はおおむね12~20回/分、脈拍数は60~100回/分程度、体温は測定方法にもよりますが36℃台、SpO2は多くの健常者で96%以上が一つの目安とされます。ただし、年齢、基礎疾患、妊娠、運動習慣、服薬、疼痛、不安、手術後、酸素療法の有無などにより、妥当な評価は大きく異なります。
参考)バイタルの正常値(基準値)を知ろう!測り方と測定時のポイント…
例えば、慢性呼吸器疾患をもつ患者では、SpO2の目標を個別に設定している場合があります。また、β遮断薬を内服している患者では、感染や出血などの侵襲があっても頻脈が目立ちにくいことがあります。高齢者では高熱が出にくい場合もあるため、「正常値の範囲内か」という一点だけではなく、食事摂取量、活動性、尿量、皮膚の冷感、認知・意識の変化などを組み合わせて考えます。
緊急度判断の参考として、消防庁の資料には、呼吸数10回/分未満または30回/分以上、SpO2 90%未満、収縮期血圧90mmHg未満または200mmHg以上、脈拍120回/分以上または50回/分未満などが、重症度・緊急度を考える所見として示されています。ただし、これは救急搬送を含む判断の参考であり、病棟・外来・在宅の患者へ一律に機械適用するものではありません。急な変化、症状の強さ、疾患背景、事前指示、院内の報告基準を統合して、速やかに上級者や医師へエスカレーションします。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/dl/s0730-15b_0004.pdf
バイタル略語を正しく読めるようになると、報告時の情報整理も速くなります。重要なのは「BPが低い」「SpO2が下がった」と単発で伝えるのではなく、いつから、どの程度、どの条件で、何を伴って変化したのかを短く明確に伝えることです。報告前に再測定や機器・プローブの確認が必要な場面もありますが、患者の状態が不安定なときは、再測定にこだわって報告を遅らせないことが大切です。
例えば、術後患者で「BP 82/48mmHg、HR 122回/分、RR 28回/分、SpO2 93%(O2 2L/分、鼻カニューレ)、冷汗あり、呼びかけには応答するが傾眠傾向。1時間前はBP 108/64mmHg、HR 88回/分」と変化している場合、低血圧、頻脈、頻呼吸、酸素化低下、意識状態の変化を一連の悪化として捉えます。出血、循環血液量減少、感染、疼痛、呼吸状態の悪化など複数の可能性を考え、患者のそばを離れず応援要請・医師報告・院内急変対応の手順につなげます。
報告はSBARを使うと整理しやすくなります。Sでは現在の問題、Bでは背景、Aでは評価、Rでは依頼・提案を示します。「術後6時間の患者です。BPが82/48mmHg、HRが122回/分に上昇し、冷汗と傾眠があります。1時間前はBP 108/64mmHgでした。創部出血の有無を確認中ですが、至急の診察をお願いします」のように、略語を使いつつも、相手が患者の緊急性を判断できる情報を補います。
略語は記録を短くし、情報共有を効率化するための道具です。しかし、略語の読み違い、施設間で異なる表記、数値のみの記録は安全上のリスクになり得ます。患者固有の基準値、測定条件、経時変化、症状、実施した対応を残し、院内ルールに沿って略語を用いることで、バイタルサインは単なる定時業務ではなく、早期悪化の発見と看護判断を支える重要な情報になります。

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