非結核性抗酸菌は、結核菌群であるMycobacterium tuberculosis complexおよびらい菌を除く抗酸菌の総称であり、英語ではnontuberculous mycobacteria、NTMと呼ばれます。抗酸菌染色で陽性となる点は結核菌と共通しますが、環境中の水、土壌、塵埃、浴室、給水設備などに広く存在する菌群であり、通常はヒトからヒトへ持続的に感染伝播する疾患として扱われません。
NTMには190種以上の菌種・亜種が知られ、ヒトに病原性を示し得る菌種は多数あります。臨床上の主な病型は肺NTM症で、ほかに皮膚・軟部組織感染症、リンパ節炎、播種性NTM症、カテーテル関連感染症などが問題となります。とくに呼吸器診療では、喀痰培養または気管支鏡検体から抗酸菌が検出された際に、結核菌群かNTMかを速やかに区別し、さらにNTMの菌種を同定することが重要です。肺NTM症の主要起因菌にはMAC、Mycobacterium kansasii、Mycobacterium xenopi、Mycobacterium abscessus complexなどが含まれます。
参考)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
ただし、NTMは環境中に存在し、検体採取時の混入や一過性の気道定着も起こり得ます。そのため、培養陽性という微生物学的事実だけで感染症と断定してはなりません。患者の症状、基礎疾患、画像所見、菌量、反復培養結果、菌種の病原性を合わせて評価する視点が不可欠です。
国立健康危機管理研究機構:非結核性抗酸菌症
NTMの種類を実務的に理解する基本は、培地上でコロニー形成に時間を要する緩徐発育菌と、比較的速く発育する迅速発育菌という区分です。一般に緩徐発育菌は発育まで7日を超える群、迅速発育菌はおおむね7日以内に発育する群として整理されます。この違いは単なる培養上の特徴ではなく、鑑別対象、薬剤感受性、治療期間、マクロライド耐性の評価などにも関係します。
| 分類 | 代表的な菌種・菌群 | 臨床上の主な特徴 |
|---|---|---|
| 緩徐発育菌 | MAC、M. kansasii、M. xenopi、M. malmoense、M. szulgai | 肺NTM症の原因として重要で、MACは国内で最も高頻度に検出される。 |
| 迅速発育菌 | M. abscessus complex、M. fortuitum group、M. chelonae | 肺感染症に加え、皮膚・軟部組織、術後創部、医療関連感染などでも問題となる。 |
| 色素産生菌 | M. kansasii、M. marinumなど | 培養条件下での色素形成が従来の鑑別に用いられたが、現在は遺伝子学的同定が中心となる。 |
緩徐発育菌のうち、国内の肺NTM症で圧倒的に重要なのがMACです。MACは単一菌種名ではなく、Mycobacterium avium、Mycobacterium intracellulare、Mycobacterium chimaeraなどを含む菌群として扱われます。国内の肺NTM症ではMACが80〜90%を占めると報告されており、臨床現場ではまずMACを念頭に置く場面が多くなります。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/IASR/Vol46/541/541r11.html
一方、迅速発育菌の中心であるM. abscessus complexは、M. abscessus subspecies abscessus、M. abscessus subspecies massiliense、M. abscessus subspecies bolletiiなどを含む複合体です。亜種差やerm遺伝子に関連する誘導型マクロライド耐性の評価が治療選択に影響し得るため、「M. abscessusが出た」で終わらせず、可能な範囲で複合体内の詳細な同定・耐性評価を確認することが望まれます。
MACは肺NTM症の最重要菌群であり、結節・気管支拡張型と線維空洞型という画像パターンを中心に評価します。結節・気管支拡張型では中葉・舌区優位の気管支拡張、小結節、tree-in-bud様陰影がみられることがあり、線維空洞型では上葉優位の空洞性病変が問題となります。ただし、画像所見のみで菌種を確定することはできず、複数回の培養と菌種同定が前提です。
M. kansasiiは病原性が比較的高い菌種として知られ、肺上葉優位の空洞性病変など、肺結核に類似した画像像を示すことがあります。単回検出であっても臨床的意義を慎重に評価すべき菌種ですが、最終的な診断は画像、症状、他疾患除外、再培養の状況を踏まえて行います。とくに抗酸菌塗抹陽性の空洞性病変では、結核菌群の迅速な除外または確認を優先する必要があります。
M. xenopiは地域差が大きく、日本ではMACほど頻度は高くない一方、海外では肺疾患の重要な原因菌です。M. malmoenseやM. szulgaiも頻度は高くないものの、臨床的に意義のある肺病原菌となり得ます。希少菌種では、検査室における菌種同定精度、患者背景、反復検出、専門施設との連携を含めて解釈する姿勢が求められます。
肺NTM症の診断では、臨床的基準と細菌学的基準の両方を満たすことが求められます。臨床的には、胸部CT、可能であればHRCTで、結節性陰影、小結節性陰影、分枝状陰影の散布、空洞性陰影、気管支または細気管支拡張などを確認し、ほかの疾患を除外します。細菌学的には、異なる喀痰検体で2回以上の培養陽性、または気管支洗浄液・肺胞洗浄液で1回以上の培養陽性、または病理学的所見と培養陽性の組み合わせなどが基準として示されています。
参考)https://www.kekkaku.gr.jp/pub/pdf/Guidelines_for_the_Diagnosis_of_Non-tuberculous_Mycobacterial_Antimycosis_2024_rev.pdf
ここで重要なのは、診断基準の細菌学的項目が「菌が出た」という事実を評価する枠組みであり、治療開始を自動的に意味しないことです。診断基準を満たしても、症状が乏しく、画像変化が限定的で、排菌量が少なく、進行性が明確でない場合には、直ちに多剤治療へ進むのではなく、喀痰培養、画像、体重、炎症所見、呼吸機能などを追跡して経過観察を選択することがあります。
逆に、空洞性病変、菌量の増加、抗酸菌塗抹陽性、画像上の進行、全身状態低下、血痰や咳嗽の増悪などがみられる場合は、治療適応の検討を急ぎます。菌種はこの判断に直結します。たとえばMACでは標準的な多剤併用治療の設計が検討される一方、M. abscessus complexではマクロライド耐性機序や静注抗菌薬の必要性を含む、より専門的な治療計画が必要になることがあります。
肺非結核性抗酸菌症診断に関する指針 2024年改訂
抗酸菌塗抹陽性は、結核菌群とNTMを区別しません。したがって、塗抹陽性検体では核酸増幅法などを用いて結核菌群を迅速に評価し、感染対策上の対応を遅らせないことが重要です。結核の除外前に「NTMらしい」と判断して空気感染対策を緩めることは避けるべきです。
同定法には核酸プローブ法、PCR法、シークエンス解析、質量分析法などがあり、施設の検査体制や外注先によって報告できる粒度が異なります。とくにM. abscessus complexでは、菌種レベルの同定だけでは治療判断に不足する場合があるため、亜種の情報、クラリスロマイシンなどのマクロライド感受性、誘導耐性に関わる検査結果を、検査部門・感染症科・呼吸器専門医と共有します。
また、菌種名の表記は近年の分類学的再編により変化することがあります。文献検索、検査報告、治療ガイドラインの照合では、旧名称・新名称、complex表記、subspecies表記の差異に注意が必要です。臨床上は、単に菌名を記録するだけでなく、「どの検体から、いつ、何回、どの程度検出されたか」「画像と症状は進行しているか」「薬剤耐性に関わる情報は十分か」を時系列で記録することが、診断精度と治療判断の質を高めます。
非結核性抗酸菌の種類は多様ですが、日常診療でまず押さえるべき対象はMAC、M. kansasii、M. abscessus complexをはじめとする主要菌種です。検出菌種の特徴を理解しながらも、環境菌としての性質を踏まえ、臨床像・画像・反復培養・治療負担を総合して患者ごとに判断することが、肺NTM症診療の基本となります。