「業務上」とは、労働者が業務を原因として被った負傷、疾病、障害又は死亡(以下「傷病等」といいます)を指す概念であり、業務と傷病等との間に一定の因果関係があることを意味します。 この定義は労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます)第7条第1項に明記されており、労災保険給付の対象となるかどうかを判断する際の核心的な基準となります。
参考)https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/newpage_00442.html
医療従事者の皆さんが日常業務で直面する可能性のある労働災害において、「業務上」と認定されるかどうかは、単に「仕事中に起きた」という事実だけでは決まりません。 厚生労働省の行政実務では、業務上とは「業務が原因となったこと」、すなわち「業務と傷病等との間に相当因果関係があること」と解されています。

業務上と認定されるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」の二つの要件をともに満たす必要があります。 この二つの概念は似ているようで明確に異なる役割を持っており、それぞれを理解することが労災認定の仕組みを把握する上で不可欠です。
参考)https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/shiryo/r6_shaho_2.pdf
業務遂行性とは、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態をいいます。 具体的には以下の3つのパターンに大別されます。
参考)労働災害
業務起因性とは、業務遂行性が認められることを前提として、「業務又は業務行為を含めて、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下になることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められること」と定義されています。 換言すれば、その業務に従事していたことで業務に内在している危険が現実化し、災害が発生したと認められることです。
行政実務では、業務上とは業務起因性を意味し、業務起因性の要件が直接の原因となった事故の業務遂行性であるとされていると考えられます。 つまり、業務遂行性がなければ、そもそも業務起因性はないということになります。 業務遂行性が認められる災害については、発生した事故について業務上と認め難い事情などがない限りは業務起因性もあったと判断されます。
参考)業務起因性と業務遂行性:札幌の弁護士が使用者側の対応・心構え…
この二要件の関係を理解する上で重要なのは、業務遂行性は「労働者が事業主の支配ないし管理下にある中で」という状態を指し、業務起因性は「業務と負傷・死亡(災害)との間に一定の因果関係があること」を指すという点です。
参考)SMART合格講座
業務上災害と混同されがちなのが「通勤災害」です。 通勤災害とは、労働者が通勤により被った負傷、疾病、障害又は死亡をいいます。 ここでいう「通勤」とは、労働者が、就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復することをいい、業務の性質を有するものを除くものとされています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75141000&dataType=0&pageNo=1dataType=0href="https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75141000&dataType=0&pageNo=1">https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75141000&dataType=0&pageNo=1pageNo=1" target="_blank" rel="noopener">・労働者災害補償保険法(◆昭和22年04月07日法律第50号…
通勤災害が業務上災害と異なる点は、通勤は「業務の性質を有するものを除く」と明記されている点です。 以上にのべた要件をみたす往復行為ではあるが、当該往復行為による災害が業務災害と解されるものは、「業務の性質を有するもの」として通勤とはなりません。
通勤災害の認定において特に注意が必要なのが、「往復の経路を逸脱し、又は往復を中断した場合」の取扱いです。 労働者が、通勤の移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、通勤としないのが原則です。
逸脱とは、通勤の途中で就業や通勤と関係のない目的で合理的な経路をそれることをいい、中断とは、通勤の経路上で通勤と関係ない行為を行うことをいいます。 通勤の途中で逸脱又は中断があるとその後は原則として通勤とはなりませんが、これについては法律で例外が設けられています。
当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りではありません。 厚生労働省令で定める逸脱、中断の例外となる行為は以下のとおりです。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000583421.pdf
なお、独身職員が通勤途中で食事をする(孤独のグルメ)は、逸脱・中断に当たるが日常生活上必要な行為に該当するとされています。 あくまでも日常生活上必要な行為であって、上記①~⑤に該当した場合、通勤途上経路に復帰したところから通勤となります。
この例外規定を適用する際のポイントは、「やむを得ない事由により行うための最小限度のもの」という要件です。 日用品の購入や介護等が該当し、逸脱・中断が最小限度であることが求められます。
参考)https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/204087/01_01_honpen_r704.pdf
医療現場における業務上災害の認定事例をいくつか見てみましょう。 所定労働時間内や残業時間内に事業場内において業務に従事している場合が該当します。 この場合の災害は、被災労働者の業務としての行為や事業場の施設・設備の管理状況などが原因となって発生するものと考えられるので、特段の事情がない限り、業務災害と認められます。
医療従事者に特有の業務上災害の例としては、以下のようなものが挙げられます。
業務上疾病とは、労働者が事業主の支配下にある状態において有害因子にばく露したことによって発症した疾病をいいます。 労働者が事業主の支配下にある状態において発症した疾病を意味しているわけではありません。
参考)https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-12_0002.pdf
労災認定の考え方において、上肢障害の業務起因性の判断に当たっては、基礎疾患や既存疾病の有無、1日の労働時間などが考慮されます。 業務上疾病の認定基準及び関連通達集には、具体的な疾病ごとの認定基準が詳細に定められています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/001183366.pdf
意外な情報として、休憩時間中に会社敷地外でけがをした場合でも、業務遂行性と業務起因性の双方が認められれば業務上災害として認定される可能性があります。 労働時間中であれば業務起因性があるものや、事業場施設の不備や欠陥によるものでなければ認められないもの等があります。
参考)https://www.ohno-jimusho.co.jp/wp-content/uploads/2020/03/news20120913_1.pdf
また、事業場外労働や出張中の災害については、従業員が危険にさらされる範囲が広いため、業務起因性は広く認められる傾向があります。 自然現象や外部の力も、当該職場に定型的に伴う危険であれば、業務起因性があるといえるでしょう。
業務上災害が発生した場合、使用者は刑事責任を問われる可能性があります。 労働災害等により労働者が死傷した場合に、死傷に関与した人を順に調査していき、業務上必要な注意を怠り人を死傷させた者は、5年以下の拘禁刑に処される可能性があります。
警察署は、労働災害等により労働者が死傷した場合に、死傷に関与した人を順に調査していき、結果として業務上過失致死傷罪(刑法第211条)が問われることになります。 業務上過失致死傷は、その名が示すように過失の罪で、刑法第211条1項に規定する犯罪です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei14/dl/080201b_0012.pdf
業務(反復継続して行い、人の生命・身体に対する危険を含むもの)の実施に当たって、業務上必要な注意(法令上又は経験則上当然に要求される注意)を怠って人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処すると規定されています。
参考)https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento251_27_siryo1.pdf
労災の刑事的責任は、警察署および労働基準監督署により追求されます。 刑事的責任の法的根拠は、業務上過失致死傷罪と労働安全衛生法違反となります。 警察が労災の刑事的責任を追求する際の法的根拠は、刑法第211条の業務上過失致死傷罪となります。
刑法第211条には、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。」と規定されています。
また、労働安全衛生法上の「事業者責任」が定められており、業務上労働者の生命、身体、健康に対する危険防止の注意業務を怠って、労働者を死傷させた場合、業務上過失致死傷罪(刑法第211条)が問われることになります。
労働基準監督署にその労働災害を報告(労働者死傷病報告)しなかったり、虚偽の報告を行ったりした場合にも、刑事責任が問われることがあるほか、刑法上の業務上過失致死傷罪等に問われることがあります。
業務上災害が発生した場合、使用者は民事上の損害賠償責任も負います。 企業の安全配慮義務とは、「災害を起こす可能性」すなわち「危険及び健康障害」を事前に発見し、その防止対策(災害発生の結果の予防)を講ずるということがその内容として使用者の義務とされています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei14/dl/100119-1.pdf
労働契約法第5条にこれが明記されており、さらに民法上の労働契約等に基づく使用者の債務とされており、この義務を怠って労働災害を発生させると民事上の損害賠償義務が生じます。
安全配慮義務の内容は、災害を起こす可能性、すなわち危険及び健康障害を事前に発見し、その防止対策を講ずるということです。 この義務を怠って労働災害を発生させると、民事上の損害賠償義務が生じます。
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならないと労働基準法第75条に規定されています。
参考)https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-3/hor1-3-35-8-0.htm
また、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、治った場合において、その身体に障害が存するときは、使用者は、その障害の程度に応じて、平均賃金に別表第二に定める日数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならないと労働基準法第77条に規定されています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=73022000&dataType=0&pageNo=1dataType=0href="https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=73022000&dataType=0&pageNo=1">https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=73022000&dataType=0&pageNo=1pageNo=1" target="_blank" rel="noopener">・労働基準法(◆昭和22年04月07日法律第49号)
労災保険制度は、労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行い、あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度です。 その費用は、原則として事業主の負担する保険料によってまかなわれています。
参考)労災補償 |厚生労働省
厚生労働省:労働災害が発生したとき
労働災害の報告義務や業務上災害の認定基準について、公式な情報が記載されています。
富山労働局:業務災害・複数業務要因災害・通勤災害・第三者行為災害
業務災害と通勤災害の違い、認定の考え方が詳しく解説されています。
業務起因性と業務遂行性:札幌の弁護士が使用者側から解説
業務遂行性と業務起因性の違いを、実務的な観点から詳しく説明しています。
厚生労働省:総論(安全配慮義務)
企業の安全配慮義務の内容と、違反した場合の民事責任について詳しく記載されています。
東京労働局:通勤災害について
通勤災害の認定基準、逸脱・中断の取扱いについて、具体例を交えて解説しています。