月経前症候群(premenstrual syndrome:PMS)は、月経前の黄体期に精神的または身体的な不調が反復して現れ、月経開始に伴って軽快または消失する病態です。日本産科婦人科学会の指針では、発症時期、身体症状、精神症状を踏まえて診断し、カウンセリング、生活指導、運動療法を基本的な介入として位置づけています。PMSを評価する際は、「どの症状があるか」だけでなく、「いつから始まり、月経開始後にどう変化するか」を確認することが臨床上の核心です。
参考)https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/PMS_PMDDshishin.pdf
問診では、「月経前に悪化し、月経が始まると楽になる症状はありますか」「月経が終わった後も症状は続きますか」「最も困る症状は何ですか」「仕事、学業、育児、睡眠、対人関係への影響はありますか」といった質問が有用です。月経終了後も症状が持続する場合は、うつ病、不安症、甲状腺疾患、片頭痛、過敏性腸症候群、慢性疼痛、睡眠障害などの基礎疾患が月経前に増悪している可能性も考慮します。
日本産科婦人科学会:月経前症候群・月経前不快気分障害に対する診断・治療指針
PMSの症状は、精神・行動面の症状と身体症状が重なって出現することが多く、患者が「いつもの自分ではない」「月経前だけ家族に強く当たってしまう」「仕事でミスが増える」と訴えることもあります。精神症状の有無だけでは重症度を判断できず、日常生活機能への支障、症状の持続期間、周期性、本人の苦痛の大きさを統合して評価します。
精神症状としては、易刺激性、怒りっぽさ、不安、情緒不安定、抑うつ気分、涙もろさ、集中困難、不眠、眠気、倦怠感、意欲低下などがみられます。身体症状としては、乳房の張り・疼痛、腹部膨満感、浮腫、体重増加感、頭痛、腰痛、骨盤部の重だるさ、悪心、便秘または下痢、食欲変化、にきび、動悸などが報告されています。特に浮腫や乳房痛、頭痛は患者がPMSと関連づけやすい一方で、精神症状は本人が性格の問題として抱え込み、受診につながりにくい場合があります。
参考)月経前症候群(PMS) - 18. 婦人科および産科 - M…
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 精神・行動症状 | 易刺激性、不安、怒り、抑うつ、情緒不安定、集中困難、不眠、眠気など | 生活機能への影響と自傷・自殺念慮の有無を確認する |
| 身体症状 | 乳房痛、腹部膨満、浮腫、頭痛、腰痛、疲労、食欲変化、消化器症状など | 片頭痛、甲状腺疾患、貧血、消化器疾患なども鑑別する |
| 時間的特徴 | 月経前に出現または増悪し、月経開始後に軽快・消失する | 複数周期での再現性を症状日誌で確認する |
| 機能障害 | 就労、学業、家事、育児、睡眠、対人関係への支障 | 治療適応と専門科連携を判断する重要な指標となる |
月経前不快気分障害(premenstrual dysphoric disorder:PMDD)は、PMSのうち精神症状が著しく強く、社会生活や職業機能、家庭生活に明確な障害をもたらす重症型として位置づけられます。PMDDでは、著明な気分変動、易刺激性または怒り、抑うつ気分、絶望感、不安や緊張感などが中心となり得ます。PMSの訴えとして受け止めるだけでなく、精神症状の優位性と機能障害の程度を確認し、必要に応じて婦人科と精神科・心療内科が連携することが重要です。
また、うつ病、不安症、注意欠如・多動症、双極症、片頭痛、てんかん、喘息、過敏性腸症候群など、既存疾患が月経前に増悪する「月経前増悪」も区別する必要があります。PMSでは無症状または症状の軽い時期が月経後に認められることが基本ですが、月経後も症状が残存する場合は、既存疾患が周期的に悪化している可能性を検討します。婦人科診療ガイドライン2023では、既存疾患の月経前増悪について、当該疾患の担当医と連携し、必要に応じて排卵抑制を行う方針が追加されています。
参考)8.月経前症候群の診断・管理は? (産科と婦人科 91巻1号…
PMSの診療では、症状日誌が診断精度と患者理解の双方を高めます。患者には、月経開始日、出血量、精神症状、身体症状、睡眠時間、痛みの程度、鎮痛薬などの使用状況、仕事や家事への影響を毎日簡潔に記録してもらいます。症状を0~3点、あるいは0~4点で数値化し、月経周期のどの時期にピークがあるかを可視化すると、患者自身が「不調は気合い不足ではなく、周期性をもつ症状かもしれない」と理解しやすくなります。
医療従事者が説明する際は、「月経前に起こる症状は珍しくありませんが、生活に支障があるなら治療の対象です」「症状を我慢する必要はありません」「身体症状と気分の症状の両方を一緒に扱います」と明確に伝えることが重要です。とくに、家庭内の衝突や就労継続への不安を抱える患者では、症状の医学的評価に加え、セルフモニタリング、休息の確保、家族や職場への情報共有の支援が実臨床で大きな意味を持ちます。
PMSの治療は、症状の重症度、主症状、妊娠希望、避妊の必要性、既往歴、併存疾患、患者の治療希望に基づいて段階的に選択します。まず、症状日誌による把握、睡眠・食事・運動・ストレスへの介入、カウンセリングや生活指導を行います。厚生労働省の資料でも、PMSに対する第1選択として、カウンセリング、生活指導、運動療法が示されています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001233454.pdf
薬物療法では、痛みが主症状であれば鎮痛薬、浮腫が強い場合には状況に応じた対症療法、身体症状と月経関連症状の軽減を目的としてLEPを検討します。日本産科婦人科学会の指針では、ドロスピレノン・エチニルエストラジオール配合錠が選択肢として示され、精神症状が主体の場合には選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が推奨されています。漢方薬も選択肢となり得ますが、証の評価、併用薬、肝障害や偽アルドステロン症などの有害事象、長期使用時のモニタリングを含めて安全に運用する必要があります。
中等症以上のPMSまたはPMDDでは、SSRIやドロスピレノン含有LEPが治療選択肢となります。SSRIでは、連日投与、黄体期投与、症状出現時からの投与などが検討されることがありますが、投与方法は症状の持続、併存する精神疾患、過去の治療歴、忍容性に応じて専門的に決定します。悪心、性機能関連の副作用、眠気または不眠、賦活化、離脱症状などを説明し、双極症が疑われる場合には精神科連携を優先します。
参考)https://www.jmedj.co.jp/premium/treatment/2017/d200103/?page=2
薬局、外来、病棟、健診などで月経前症状を訴える患者に接する際は、「月経前だから仕方ない」と矮小化しないことが大切です。周期性を確認し、生活機能への影響を具体的に尋ね、重い精神症状や安全上の懸念があれば速やかに婦人科および精神科・心療内科へつなげます。PMSは症状の多様性ゆえに見逃されやすい一方、適切な評価と個別化した介入により、患者の生活の質、就労・学業の継続、対人関係の安定に寄与できる疾患領域です。