
複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)は、四肢の外傷、骨折、捻挫、打撲、手術、末梢神経損傷、不動化などを契機として、損傷の通常の治癒期間や傷害の程度から予想される範囲を超える持続痛を生じる病態である。局所の痛みだけでなく、アロディニア、痛覚過敏、浮腫、皮膚温や皮膚色の左右差、発汗異常、関節可動域制限、筋力低下、振戦、ジストニア、皮膚・毛髪・爪の栄養障害性変化など、多様な感覚・自律神経・運動・栄養性所見を伴う。
重要なのは、CRPSの「原因」は単一ではなく、現時点でも完全には解明されていない点である。日本ペインクリニック学会の指針でも、CRPSは一つの疾患というより病態と捉えるべきであり、症例ごとに病態が多彩で、罹患期間により臨床像も変化すると整理されている。したがって、「痛みを生じた外傷」だけを原因として扱うのではなく、外傷後に生じる炎症反応、末梢神経系と中枢神経系の感作、自律神経機能異常、免疫学的要素、廃用や疼痛回避行動などが相互に関与する多因子病態として理解することが重要である。
参考)https://www.jspc.gr.jp/Contents/public/pdf/shishin/6-12.pdf
CRPSは、明確な末梢神経損傷が確認されないCRPS type Iと、神経損傷を伴うCRPS type IIに分類される。type Iは従来「反射性交感神経性ジストロフィー」、type IIは「カウザルギー」と呼ばれていた。両者の臨床像は重複するが、type IIでは神経損傷に整合する神経学的異常の評価が特に重要となる。なお、症状は障害神経の支配領域や特定のデルマトームに厳密に一致せず、区域性に広がることがCRPSの特徴である。
参考)Complex Regional Pain Syndrome…
日本ペインクリニック学会:複合性局所疼痛症候群(CRPS)に関する指針
CRPSの発症契機として最も典型的なのは四肢の外傷であり、特に骨折が重要である。橈骨遠位端骨折、足関節の脱臼骨折、関節内骨折などは臨床上注意を要する。外傷の程度が軽微であっても発症し得るため、創部や画像所見が軽いことを理由に、患者が訴える強い疼痛、触刺激への過敏、腫脹、皮膚温変化を過小評価してはならない。手術後、静脈路確保など比較的軽微な侵襲後、脳卒中後にもCRPSは報告されている。
不動化も重要な発症・増悪因子である。ギプスや装具による固定が必要な患者では、圧迫、浮腫、疼痛増悪、手指や足趾の運動低下を継続的に確認する。日本の指針では、橈骨遠位端骨折後のギプス圧とCRPS発症の因果関係が指摘され、ギプス固定中に浮腫と痛みを伴う場合には、速やかな抜去または修正が必要とされている。長期間の不動化は廃用、関節拘縮、感覚入力の低下、疼痛回避行動を介して、病態の遷延に関わり得る。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 骨折 | 橈骨遠位端、足関節脱臼骨折、関節内骨折など | 骨折後の強い疼痛、浮腫、温度差を経時的に確認する |
| 軟部組織損傷 | 捻挫、打撲、挫傷、圧挫損傷 | 軽症に見える受傷でも発症し得る |
| 手術・処置 | 整形外科手術、手根管開放術、骨接合術、静脈路確保など | 術後疼痛を単に術後経過として固定化しない |
| 末梢神経損傷 | 明確な神経損傷を伴う場合はCRPS type IIを考慮する | 神経伝導検査や画像は鑑別・損傷評価に用いる |
| 不動化 | ギプス、装具、疼痛回避による自発的な使用回避 | 浮腫、圧迫、過度の安静を早期に見直す |
女性、特に閉経後女性、受傷初期の疼痛が強い患者、特定の骨折パターンは関連因子として報告されている。ただし、これらは個々の患者における発症を決定する因果因子ではなく、あくまでリスク層別化やフォロー強化の材料として扱うべきである。発症予測のために単独の因子へ過度に依存せず、症状と身体所見の時間的変化を追う臨床姿勢が求められる。
CRPSの病態仮説の中心には、外傷後炎症と神経原性炎症がある。組織損傷や神経損傷を契機に、末梢侵害受容器からサブスタンスP、ブラジキニン、カルシトニン遺伝子関連ペプチドなどが放出されると、血管拡張、血管透過性亢進、浮腫、紅斑、局所熱感が生じ得る。加えて、TNF-α、IL-1β、IL-6などの炎症性サイトカインの関与が示唆されており、臨床的な発赤、腫脹、熱感、疼痛、機能障害と整合する。
この局所炎症が持続すると、末梢感作が形成される。末梢感作とは、侵害受容器の反応閾値が低下し、本来は弱い機械刺激や温度刺激に対しても過剰に痛みを生じやすくなる状態である。患者が「衣服が触れるだけで痛い」「風やシーツでも痛む」と表現するアロディニアや、ピンプリックなどに対する過剰な痛覚反応は、こうした感作を示唆する所見となる。
さらに、持続する末梢からの侵害入力は脊髄後角や上位中枢における中枢感作を招き得る。中枢感作では、脊髄・脳における疼痛情報処理が増幅され、局所病変だけでは説明しにくい強い痛み、刺激応答の増大、痛みの広がり、身体部位認知の変化などに関与すると考えられる。CRPSで観察される大脳皮質の可塑的変化も、疼痛の強度や感覚異常との関連が示唆されているが、どの機序が開始因子で、どの機序が結果なのかは症例・病期により異なる可能性がある。
CRPSでは皮膚温、皮膚色、発汗、浮腫といった自律神経性所見が目立つことが多く、かつては交感神経異常が中心病態として重視された。しかし現在は、CRPSを単純に「交感神経が過剰に働く疾患」と理解することは適切ではない。交感神経機能は病期、温冷型、個人差により異なり、交感神経と侵害受容線維との相互作用、末梢線維におけるアドレナリン受容体の感受性変化、自律神経調節の破綻など、複数の機序が考えられている。
臨床的には、急性期に熱感、発赤、浮腫が強い「warm CRPS」がみられる一方、経過とともに皮膚温低下、チアノーゼ様変化、発汗異常、拘縮などが目立つ例もある。ただし、温冷の所見のみで診断や病期を固定的に判断することは避けるべきである。CRPSの病期分類には限界があり、明確に区切られた普遍的ステージが存在するとは限らないため、同一患者内での時系列変化を評価する必要がある。
免疫学的機序も研究されている。CRPS患者で自律神経系受容体などに対する自己抗体が検出された報告があり、自己免疫的な関与を支持する知見が蓄積している。一方で、自己抗体の存在だけでCRPSを診断できるわけではなく、免疫学的検査が日常診療における確定診断法として確立しているわけでもない。遺伝的素因についても、HLAやTNF-α関連多型、家族内集積の可能性が研究されているが、現時点では限定的な知見であり、遺伝子検査を一般的な発症予測に用いる根拠は十分ではない。
したがって、CRPSの原因説明では、「炎症だけ」「交感神経だけ」「自己免疫だけ」と単純化する説明を避ける必要がある。外傷を起点として、局所炎症、神経感作、自律神経変化、免疫反応、中枢神経系の可塑的変化が、患者ごとに異なる重みで重なっている可能性を伝えることが、患者説明においても臨床判断においても有用である。
CRPSの診断は、特異的な単一検査で確定するものではなく、病歴、経過、身体所見および鑑別診断を統合した臨床診断である。国際的にはBudapest Criteriaが広く用いられ、原因となる出来事に不釣り合いな持続痛に加え、感覚、血管運動、発汗・浮腫、運動・栄養の4カテゴリーのうち、症状が3カテゴリー以上、診察時の徴候が2カテゴリー以上に認められ、かつ他疾患でよりよく説明できないことが求められる。
日本では厚生労働省研究班によるCRPS判定指標もあり、臨床用では自覚症状と他覚所見の双方で一定数以上の項目を満たすことを求める。これは早期治療や専門施設への紹介判断を目的としたスクリーニングとして位置づけられており、後遺障害認定や補償・訴訟上の判定にそのまま用いるものではない。診療目的の評価と、補償・法的評価を混同しないことが重要である。
鑑別では、感染症、蜂窩織炎、骨髄炎、関節炎、腱・靱帯損傷、末梢神経障害、神経根症、絞扼性神経障害、深部静脈血栓症、動脈不全、リンパ浮腫、血管炎、レイノー現象、末梢動脈疾患、コンパートメント症候群、紅痛症などを臨床像に応じて検討する。MRI、単純X線、三相性骨シンチグラフィ、体温評価、発汗機能検査、神経伝導検査は補助的な情報をもたらすが、CRPSを単独で確定する検査ではない。検査の役割は、主に他の器質的疾患の除外、末梢神経損傷の評価、治療計画の補助にある。
医療従事者に求められるのは、痛みを心理的問題だけに還元しないこと、反対にCRPSと早合点して治療可能な鑑別疾患を見逃さないこと、そして早期から患肢機能の維持・回復を治療目標に据えることである。疼痛の強さ、皮膚温・皮膚色、浮腫、発汗、関節可動域、使用頻度、睡眠、疼痛恐怖、日常生活動作を経時的に記録し、多職種で共有する。病態が多因子的であるからこそ、疼痛治療、理学療法・作業療法、心理社会的支援を分断せず、患者ごとの主要因を推定して早期に介入する姿勢が重要となる。