大腿動脈の触知は、下肢への動脈血流を迅速に確認する基本的な身体診察です。救急・集中治療・周術期・循環器診療・血管外科診療ではもちろん、一般病棟における急性下肢虚血のスクリーニング、カテーテル治療前後の穿刺部評価、末梢動脈疾患の評価などでも重要です。橈骨動脈の触知だけでは把握できない大動脈から腸骨動脈、大腿動脈に至る中枢側血流の情報を得られます。
大腿動脈は総腸骨動脈から連続する太い動脈であり、鼠径部で比較的表在化します。触知できる拍動の強さ、立ち上がり、規則性、左右差、末梢動脈との連続性を確認することで、単なる「脈がある・ない」の判定を超えた評価が可能です。特に、片側だけ大腿動脈拍動が弱い、または消失している場合は、腸骨動脈から大腿動脈にかけての狭窄・閉塞、血栓塞栓症、解離、外傷性血管損傷などを考慮します。
大腿動脈の触知は、原則として患者を仰臥位とし、十分な説明とプライバシー保護を行ったうえで実施します。鼠径部を扱う診察であるため、必要最小限の露出にとどめ、タオルやドレープを用い、羞恥心に配慮することが不可欠です。可能であれば、診察の目的と手順を事前に説明し、同意を得てから触診を開始します。
触知位置は、上前腸骨棘と恥骨結合を結ぶ線の中点付近、すなわち鼠径靱帯の直下が基本です。示指・中指、または中指・環指の指腹を用い、深部へゆっくり圧を加えます。母指は検者自身の拍動を感じやすいため、原則として避けます。肥満、浮腫、緊張、鼠径部の疼痛、腹圧上昇などがある場合は拍動がとらえにくく、強く押し込みすぎると血管を圧迫して拍動を弱めるため注意します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 患者体位 | 原則として仰臥位 | 下肢の過度な屈曲や筋緊張を避け、可能な範囲でリラックスしてもらう |
| 触知部位 | 上前腸骨棘と恥骨結合の中点付近の鼠径靱帯直下 | 大腿動脈が表在化しやすい代表的なランドマークである |
| 触診指 | 示指・中指、または中指・環指の指腹 | 母指は検者自身の拍動との混同を避けるため使用しない |
| 比較方法 | 左右を同条件で順に触診し、必要に応じて同時評価する | 拍動の強さ、到達時相、左右差、圧痛、腫瘤を記録する |
| 観察内容 | 拍動の有無、強さ、規則性、立ち上がり、左右差 | 末梢の膝窩・後脛骨・足背動脈、皮膚温、色調もあわせて評価する |
大腿動脈触知の標準的な位置と、両側比較の重要性は、臨床実習前の共用試験ガイドでも示されています。鼠径部への配慮を行いつつ、上前腸骨棘と恥骨結合の中点付近の鼠径靱帯下方で、指先により拍動を確認し、左右差を評価する手順が基本です。
参考)https://www.cato.or.jp/e-book/18/pageindices/index78.html
共用試験ガイドブック:大腿動脈の触診
「大腿動脈 触知 血圧」という検索語では、大腿動脈の拍動を触れて血圧を測る方法と、大腿部にカフを巻いて下肢血圧を測定する方法が混同されやすいため、目的を分けて理解する必要があります。大腿動脈の触知は主に中枢側下肢血流の有無・左右差・拍動性を確認する診察です。一方、下肢血圧の標準的な評価では、通常は大腿部に適切なカフを装着し、膝窩動脈でコロトコフ音を聴診します。
触診法による血圧測定は、脈拍が消失する圧と再出現する圧から、おおむね収縮期血圧を推定する方法です。ただし、触診法では拡張期血圧を測定できず、微弱な脈拍や不整脈、末梢循環不全、重症低血圧などでは判定が難しくなります。したがって、緊急場面などで迅速な収縮期血圧の概算が必要な場合を除き、診断的評価や記録には適切なカフと聴診法、あるいは検証済み自動血圧計を用いることが基本です。
下肢血圧を測定する場合、カフのサイズ不適合は大きな誤差要因となります。細すぎるカフでは高値、過度に大きいカフでは低値に傾く可能性があります。大腿部は上腕より周径が大きいため、通常の上腕用カフを流用せず、大腿周囲径に適した大腿用または大型カフを選択します。大腿カフを用いて膝窩動脈で測定する手順は、上肢血圧測定と同じ原理に基づきます。
参考)https://www.cato.or.jp/e-book/12/pageindices/index81.html
NCBI Bookshelf:Blood Pressure Measurement
上肢血圧と下肢血圧を比較する場合は、測定条件をそろえることが前提です。安静後に測定し、可能な範囲で同じ体位・同じ時点に近い状態で、適正なカフを使用します。測定部位が上腕と大腿、または足関節では、血管の太さ、脈波の増幅、体位、カフの位置などが異なるため、単純な数値比較だけで病態を断定してはいけません。
重要なのは、血圧値を脈拍所見や症状と統合して評価することです。たとえば、片側の大腿動脈拍動が明らかに減弱し、同側の膝窩動脈・後脛骨動脈・足背動脈も弱く、足部の冷感、皮膚色変化、安静時疼痛、知覚異常を伴う場合は、急性または慢性の下肢虚血を疑います。急性の強い疼痛、蒼白、冷感、感覚障害、運動障害、脈拍消失などがあれば、緊急性の高い血管障害を念頭に置き、速やかに医師・血管外科・救急チームへエスカレーションします。
大腿動脈の触知や下肢血圧測定を記録する際は、「触知あり」とだけ記載せず、評価条件と所見を具体化します。患者体位、測定側、触知部位、脈拍の強さ、左右差、末梢動脈の触知状況、皮膚温、色調、疼痛の有無、血圧値、カフサイズ、測定法を残すことで、経時変化を追いやすくなります。血行再建術後、カテーテル検査後、鼠径部穿刺後、抗凝固療法中などは、基準となる初期所見を早期に記録しておく価値が特に高いといえます。
たとえば、記録は「仰臥位。右大腿動脈は明瞭に触知、左大腿動脈は右側と比較して減弱。左足背動脈は触知困難、左足部に軽度冷感あり。左右下肢の皮膚色に明らかな差なし。疼痛・しびれの訴えなし」のように、観察所見を分けて記載します。血圧測定を行った場合は、「左大腿部に適正サイズのカフを装着し、膝窩動脈で聴診法により測定」のように、値だけでなく方法を明記します。
大腿動脈の触知不能は、必ずしも直ちに動脈閉塞を意味するわけではありません。肥満、浮腫、鼠径部の術後変化、強い疼痛による筋緊張、低心拍出状態、測定者の手技や体位などでも触知困難となります。しかし、左右差、急な変化、末梢冷感、疼痛、知覚・運動障害、皮膚色変化、血圧低下を伴う場合は、見逃しを避けるため再評価と迅速な報告が必要です。触診所見を画像検査やABIなどの定量評価へつなげる視点を持ち、身体診察と機器評価を補完的に用いることが、安全で再現性の高い末梢循環評価につながります。

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