
分散系は、ある物質が別の物質の中に微細に散らばっている系である。散らばっている物質を分散質、それを取り囲む連続相を分散媒という。薬剤の問題では、名称を覚える前に「分散質は固体・液体・気体のどれか」「分散媒は何か」を矢印で書き出す習慣を付けると混乱が減る。
コロイド分散系は、一般に分散粒子径がおよそ1 nm〜1 μmの範囲にある系を指す。これより小さければ真の溶液に近づき、大きければ粗大分散系として沈降や分離が目立ちやすくなる。コロイドが肉眼では均一に見えても、分子レベルで溶けているとは限らない点が重要である。ブラウン運動やチンダル現象は、コロイド粒子の存在を理解する代表的な手掛かりになる。
参考)https://www.sccj-ifscc.com/library/glossary_detail/1560
| 分散質 | 分散媒 | 代表的な名称 | 医療・身近な例 |
|---|---|---|---|
| 液体 | 乳剤、エマルション | 乳剤性外用剤、脂肪乳剤 | |
| 固体 | 液体 | 懸濁剤、サスペンション | 散剤を含む内用懸濁液、注射用懸濁剤 |
| 気体 | 液体 | 泡、フォーム | 泡沫状外用剤 |
| 液体・固体 | 気体 | エアロゾル | 吸入剤、噴霧剤 |
覚え方は、「液液は乳、固液は懸、気液は泡」である。ここでの「液液」は液体が液体中に分散する乳剤、「固液」は固体が液体中に分散する懸濁剤を表す。名称を先に丸暗記するより、分散質/分散媒の組み合わせを声に出して確認したほうが、初見の製剤にも応用しやすい。
分散の定義、コロイド粒子径、ブラウン運動、チンダル現象については、日本化粧品技術者会の用語解説が整理されている。
日本化粧品技術者会「分散[dispersion]」
乳剤と懸濁剤の最重要差は、分散質が液体か固体かである。乳剤は、混ざり合わない液体の一方が、もう一方の液体中に微小液滴として分散した系である。油と水は代表例であり、水中油型をO/W型、油中水型をW/O型と表す。一方、懸濁剤は固体微粒子が液体中に分散する製剤である。
ゴロは「ミルクは乳、泥水は懸」が使いやすい。牛乳のように液滴が分散するイメージを乳剤、泥水のように固形粒子が漂うイメージを懸濁剤に対応させる。ただし、実際の医薬品では透明・白濁だけで安易に決めてはならない。微粒子径、屈折率、濃度、着色、容器越しの見え方によって外観は変化するためである。
乳剤のO/W型とW/O型は、外相が何かで読む。「O/W」は油滴が水の中にあるため、水が連続相である。水で希釈しやすく、電気伝導性を示しやすい。一方「W/O」は水滴が油の中にあり、油が連続相となる。ここでは分子式のように左から右へ読むのではなく、「前者 in 後者」と読むのがコツである。
乳剤と懸濁剤の違い、O/W型・W/O型の基礎は、顕微鏡観察の解説で図とともに確認できる。
キーエンス「エマルションの高解像度撮影」
分散系で頻出するゴロは「ケンタッキーのケーキはミルククリーム」である。これは、懸濁剤のケーキング、乳剤のクリーミングを対比させるための覚え方である。語呂は入口として有効だが、実務では現象の可逆性と再分散性まで理解しておく必要がある。
クリーミングは、乳剤中の液滴が上方または下方へ移動して濃厚な層を作る現象である。油滴が水より軽いO/W型乳剤では、油滴が上方へ集まりやすい。液滴そのものが合一していなければ、適切な振とうによって見かけ上の均一性を回復できることがある。しかし、クリーミングを放置すると液滴同士が接近し、合一や相分離へ進むリスクが高まる。
ケーキングは、懸濁剤で沈降した粒子が緻密な沈殿層を形成し、振とうしても再分散しにくくなる現象である。単に「沈んだ」だけの状態とは異なる。沈降は粒子径や分散媒粘度、粒子と分散媒の密度差に影響されるが、ケーキングには粒子間相互作用、結晶成長、圧密化なども関与する。服用・投与直前に振とうする製剤で、再分散性が重要視される理由はここにある。
ここで意外に重要なのは、「凝集している懸濁剤」が必ずしも悪いわけではない点である。粒子が適度に疎な凝集体を作るフロック化懸濁系では、沈降は比較的速くても、密なケーキを作りにくく再分散性を保ちやすい。反対に、粒子が強く反発して一粒子ずつ沈降する脱フロック化系では、上澄みは澄みやすいが、底部で粒子が密に詰まりケーキングにつながる場合がある。外観だけで安定性を判断しない視点が必要である。
塩析と凝析は名称が似ているが、対象と機序を分けて覚える。「塩析は高分子を塩で析出、凝析はコロイドを電解質で凝集」と一文で対比すると整理しやすい。
塩析は、水溶性高分子やタンパク質溶液に高濃度の塩を加え、溶媒和に利用できる水を減らすことで溶解性を低下させ、析出させる操作である。硫酸アンモニウムを用いたタンパク質の分画は代表例である。タンパク質が変性しない条件を選べば、塩を除いた後に再溶解できることもあり、精製工程で利用される。
一方、凝析は、疎水コロイドに電解質を加えて粒子を凝集・沈殿させる現象である。粒子表面の電荷を打ち消す、または電気二重層を圧縮することで、粒子間の静電反発が弱まり、ファンデルワールス力による引力が優勢になる。DLVO理論では、引力と静電的反発力の総和で分散安定性を考える。
凝析で問われやすいのが、対イオンの価数である。コロイド粒子と反対符号を持つ対イオンの価数が高いほど、一般に少ない濃度で凝析を起こしやすい。この経験則はシュルツ・ハーディの法則として知られる。ただし、実製剤ではpH、イオン強度、界面活性剤、高分子保護層、粒子形状などが重なって作用するため、価数だけで挙動を断定することはできない。
分散コロイドは界面を多く持つため、熱力学的には界面自由エネルギーを下げる方向、すなわち凝集する方向へ向かいやすい。医薬品で界面活性剤や高分子を加える意義は、静電的反発や立体障害を利用し、観察期間・使用期間での凝集を遅らせることにある。これは「永遠に安定」にするのではなく、実用上必要な期間に安定性を確保するという発想である。
クラフト点と曇点は、非イオン性界面活性剤・イオン性界面活性剤の性質を問う問題で混同しやすい。ゴロとしては「クラフトは溶け始め、曇点は曇り始め」と押さえるとよい。ただし、どちらも単なる温度暗記で終わらせず、ミセル形成と相分離の概念につなげる。
クラフト点は、主にイオン性界面活性剤に関係する温度である。温度上昇により界面活性剤の溶解度が増え、臨界ミセル濃度を超えてミセルを形成できるようになる最低温度として理解する。クラフト点より低い温度では、界面活性剤の溶解度が不足し、ミセルを十分に形成できない。したがって、可溶化を利用する製剤では、低温環境での析出リスクを評価する必要がある。
曇点は、主にポリオキシエチレン鎖を持つ非イオン性界面活性剤水溶液で問題になる。温度が上がるとエチレンオキシド鎖と水との水和が弱まり、溶液が白濁して相分離に向かう温度をいう。非イオン性界面活性剤は電荷を持たないため塩の影響を受けにくいと理解されがちだが、実際には電解質の添加で水和状態が変わり、曇点が低下することがある。
この知識は、夏季の流通、加温溶解、凍結融解、他剤混合時の外観変化を考える際に役立つ。例えば、透明だった可溶化製剤が温度変化や添加剤の影響で白濁した場合、単なる沈殿だけではなく、ミセル構造の変化や相分離も候補に入る。ゴロを正答のためだけに使わず、「どの温度で、何が溶けなくなるのか」「その結果、外観と有効成分濃度はどう変わるか」と臨床・製剤管理の問いへ展開したい。
微粒子による乳剤・泡の安定化、ドライリキッド、リキッドマーブルの解説は、分散系の独自視点として有用である。